水路から土砂崩れに? "身近な災害リスク"
田淵 慎輔(記者)
2022年11月10日 (木)
水害といえば、降水量や河川の増水には多くの人が警戒すると思いますが、生活に身近な水路も“氾濫”することを想像したことはありますか? ことしの台風14号、県内ではひとごととは思えないことが起きていたんです。
思い出の家が全壊… 台風14号の土砂崩れ
「本当に残念です。帰ってくる家がなくなってしまった。兄弟2人で育った家なので、家がないというのは考えられないです…。」
落ち込んだ様子で語るのは、渡邉幸次さん。
ことし9月、子どもの頃から家族で暮らしていた思い入れのある家が全壊しました。台風14号の接近で、豊後大野市に所有する住宅の裏山の斜面が崩れたためです。
要因と考えられているのが、斜面のすぐ上を流れる、あるものでした。
「まさか…」 農業用の水路が土砂崩れに影響
その要因とは、青い線に沿って流れる農業用の水路。土砂崩れが発生した斜面のすぐ近くを流れています。
田畑に水を引くために欠かせないもので、農地にはどこにでもあります。
横幅は数十センチと、何十メートルもある河川に比べれば、ごく小規模。ふだんの水の流れは穏やかですが、土砂崩れが起きたその日、渡邊さんは裏山の上で水路に異変が起きているのを目の当たりにしていました。
(渡邉幸次さん)
「こういう木切れが、水路にいっぱい詰まっているような状態でした。しかも、水があふれたような形跡があったんですよね。」
別の住民が撮影した当時の写真にも、渡邉さんの証言どおりの様子が収められていました。写真の左手前にある水路が見えなくなるほど、草や木の枝が詰まっています。さらにこうした枝などが、水路から崩れた斜面に向かって流された跡も写っています。
水路と斜面を真上から見た画像です。あふれた水は矢印で示したようにまっすぐ斜面に注ぎ、赤い部分の土砂崩れを引き起こしたと考えられているのです。
自身も使っていた身近な水路と土砂崩れ。2つが関係していたことは、生まれた頃からこの場所で暮らす渡邉さんにとっても想定外でした。
(渡邉幸次さん)
「こんなことは考えられなかったですよね。初めての経験で、水路から水があふれることも、それで裏山が崩れるなんてことも、全然考えていませんでした。」
身近なリスク 専門家“早めの避難を”
調査を行った大分大学の鶴成教授は「今回の土砂崩れは決して特殊な事例ではない」と指摘します。台風14号ではこのほかにも豊後大野市と由布市の少なくとも2か所で、農業用の水路からあふれた水が土砂災害につながったとみられています。
(大分大学 減災・復興デザイン教育研究センター 鶴成悦久教授)
「農水路はあくまで農業用で、大雨が降ったときの雨水を運ぶものではないので、水路があふれてしまうことは頻繁にあると思います。今回の台風では、農村部で水路があふれて、その水が集中してしまって斜面が崩れるという現象が各地で見られています。」
では、どうすればいいのでしょうか。
鶴成教授は水路から水があふれないようにするのは難しく、より早く避難することが大切だと話します。
(大分大学 減災・復興デザイン教育研究センター 鶴成悦久教授)
「自宅周辺、あるいは裏山などの斜面の上にどのような水路が流れているのか。水路が過去にあふれたことがあるかどうか。そういったことを事前にチェックして『水路があふれたときには斜面が崩れるかもしれない』という“潜在的なリスク”を把握しておくとともに、早めの避難を心がけていく。そのことが、水路の災害リスクへの一番の対策だと思います。」
「大雨が降ったら斜面が崩れやすくなる」、そのことはよく分かっているつもりでも、「水路があふれて近くの斜面が崩れる」というのは意外にも感じられます。取材を進めていく中で、こうした土砂崩れの多くは局地的であることも分かってきました。
しかし、鶴成教授は「局地的な災害であっても命を奪う危険性に変わりはない」と話していて、今回のような土砂災害を「身近な、けれど最大のリスクが潜んでいる災害」だと表現していました。
災害に結びつくとは思いもしなかった水路が要因となる土砂災害。今後、こうした場所の住民がいかに早く、安全に避難するかが課題となってきます。鶴成教授は、事前に避難した人など当時の住民の行動を聞き取るなどして、こうした課題にどう向き合っていけばいいのか検証したいとしています。