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生かされない“いじめ報告書” いじめ防止対策推進法10年

  • 2023年07月07日


「この報告書は亡くなった娘と同じ価値があると思っています」

2018年1月、名古屋市で中学1年の女子生徒が自ら命を絶ちました。
のちに、女子生徒は部活動でいじめを受けていたことが明らかになります。

その事実が明らかになった103ページにわたる報告書。
女子生徒の父親は報告書を手に訴えます。

「二度と娘と同じようなことは起きてほしくない」

報告書には、いじめによって重大な被害が出ないための再発防止の提言も書かれています。
いじめの早期発見や再発防止などをうたった「いじめ防止対策推進法」ができて10年。

その間、各地で再発防止策などが書かれた報告書が作られてきました。
しかし、報告書が学校現場では読まれず、教訓が生かされていないことが明らかになってきました。

(NHK名古屋 吉川裕基)

※文末に相談先や報告書を確認できるリンクを掲載しています。

死の真相を明らかにしたい

名古屋市内の中学校に通っていた齋藤華子さん(13)
3人きょうだいの長女、"しっかりもので、小さなお母さんのような存在だった”といいます。

通っていた名古屋市の中学校ではソフトテニス部に所属。努力家で負けず嫌い。練習は一日も休んだことがなかったそうです。

華子さんは2018年1月、中学1年の冬に自ら命を絶ちました。
亡くなった日は、ソフトテニス部の合宿が予定されていました。

取材に伺ったのは6月。華子さんの19歳の誕生日を迎えたばかりの時でした。
仏壇の前には、支援者から届いたぬいぐるみや花束が並んでいました。

父親の齋藤信太郎さんは、華子さんの遺影を見ながら当時を振り返りました。 

父親 齋藤信太郎さん

なんでいないの。どうしていないの。娘が亡くなった瞬間からそのことばかり考えています。
 
街行く女性を見るたびに、華子もこんな子になっていたのかなとかついつい考えてしまいます。

娘がいなくて年齢だけが加算されていってる状況で親としては何とも言えない複雑な心情です。

娘が亡くなったあとは、死の真実を追求して今6年経過してますけど、怒濤のごとく日が過ぎていく状態でした。最初は支援者もいない中、一人で教育委員会や学校とやりとりをする日々でした

父親の信太郎さんは、真相を知るために頼りにしたのが「いじめ防止対策推進法」でした。

法律では、学校や教育委員会などにいじめを防止する責務を定め、適切かつ迅速に対処することを求めています。

華子さんが亡くなった直後に学校が実施したアンケートには、「本人から無視をされたりしていたと聞いたことがある」などと、いじめがあったことをうかがわせる記述が見つかりました。

信太郎さんは、法律に基づいて速やかに調査が行われると考えていました。

しかし、調査委員会が設置されたのは華子さんが亡くなった4か月後。
調査の結果、「いじめは認められない」結論づけられました。

「娘の死の原因について理解できることが何一つなく、到底納得できない」
信太郎さんは調査が不十分だとして再調査を要望。

再調査の結果「いじめがあった」とする報告書がまとめられました。

生かされなかった教訓

再調査報告書

103ページにわたる再調査の報告書。まとめられたのは華子さんが亡くなった3年半後でした。

この中では、「いじめの早期発見、早期対応などに努めようという姿勢がないと言わざるをえない」
「教育委員会は、速やかに第三者調査委員会に諮問して調査を行う義務があったといえ、これ(いじめ防止対策推進法)に明らかに違反していたといえる」と指摘されています。

さらに、再調査の中では、華子さんが亡くなる前に、いじめが関係して自ら命を絶った中学生の問題についても言及。2014年と2016年に2人の中学生の自殺の原因や再発防止をまとめた報告書が生かされているかも調べられました。

その結果、「学校や教育委員会が2つの報告書を共有して実践されている状況にはなく、全く生かされていないと評価せざるをえない」「教育委員会、学校、教員は2人の生徒の自死という重大な事態を真摯に受け止めていないと言わざるをえない」などと指摘されたのです。

華子さんが亡くなる前には、いじめの早期発見につながる兆候もありました。

担任教員とやりとりするノートがその1つです。
いじめの早期発見などを目的として導入されていました。

担任とやりとりしていた生活ノート

華子さんが亡くなる前のコメント欄には、落書きや「寒いです」と一言だけ書く日が3日続いたこともありました。その変化に気づいて学校から家族への連絡はなかったといいます。

過去の教訓が生かされていれば、娘は命を落とさなかったのではないか。信太郎さんは報告書を読み返しながら強く拳を握っていました。

父親 齋藤信太郎さん

救える命だったと言われる報告書は出てほしくない。

救えるなら救ってよ、救ってくれよとこれ(報告書)を読んだ時に思った。

じゃあ、なぜ救えなかったのですかと問いたい。

全国で繰り返される再発防止策

「いじめ防止対策推進法」ができて10年。過去の教訓はどれだけ生かされているのか。

その手がかりを求めて、横浜市にある住宅を訪ねました。

木造二階建ての一室。所狭しとプラスチック製の箱が並んでいました。その中には、「いじめ不登校」「いじめ自殺未遂」などと書かれたファイルがすきま無く詰められています。

全国から集められた”いじめ報告書”

30年以上前からいじめ問題を調査している教育評論家の武田さち子さん。報告書の内容を調べ、いじめの防止に役立てようと全国から300を超える報告書を集めています。

武田さんは、報告書を読む中で、同じような再発防止策が繰り返されていることに気がついたそうです。

例えば、「教師個人でいじめを抱え込まない」「心理テストやアンケートの結果から子どもの変化に気づく」など。

武田さんは、こうした貴重な教訓を現場で生かすためには、国が詳しい分析を行って、具体的な教育政策に落とし込むとともに、教員が報告書を読むための仕組みが必要だと指摘します。

教育評論家 武田さち子さん

文部科学省が報告書の分析を行い、次の教育政策にきちんと生かすというところまでやらないと本当の再発防止にはならない。

報告書を読みなさいと言っても学校の先生は忙しい。

教員の研修に使うとか、管理職のテストに入れるとか、教員募集のときのテストに入れるといった読ませる工夫も大事だと思います。

文部科学省は、今後、こども家庭庁とともに全国から報告書を集めて事例の分析を検討するとしています。

娘と同じ価値の報告書

齋藤華子さんの再調査報告書には、「いじめがあることを前提にした学校にする」「早期発見のために心理テストや生徒とのやりとりの記録から子どもの変化に気づく」といった再発防止策が記載されています。

どちらも、華子さんが亡くなる前の“いじめ報告書”でも指摘されている内容です。
父親の信太郎さんは、二度と同じことを繰り返さないためにも、華子さんの報告書を教育現場でいかしてほしいと思っています。

齋藤信太郎さん

父親 齋藤信太郎さん

何も知らない人からすれば、この報告書はただの紙切れと思われるかもしれない。

でも、私たちからすれば、これ(報告書)は娘の命と同じ価値があるものだという認識があります。

だからこの1ページ1ページ、1文字1文字がどれほど重いのかっていうのは分かってほしい。

報告書を読んだ時に、ご自身だったらどう対応するのかというのもあわせて考えてほしい。

【相談窓口はこちら】
厚生労働省ではホームページでSNSや電話などの相談窓口を紹介しています。

SNSやチャットでの相談窓口です。
▽NPO法人「自殺対策支援センターライフリンク」が行う「生きづらびっと」LINE @yorisoi-chat
▽NPO法人「東京メンタルヘルス・スクエア」が行う「こころのほっとチャット」LINE @kokorohotchat
▽NPO法人「あなたのいばしょ」チャット https://talkme.jp/ ※NHKのサイトを離れます
▽NPO法人「BONDプロジェクト」LINE @bondproject
▽NPO法人「チャイルドライン支援センター」が行う「チャイルドライン」https://childline.or.jp/index.html ※NHKのサイトを離れます

主な電話での相談窓口です。
▽NPO法人「自殺対策支援センターライフリンク」が行う「#いのちSOS」0120-061-338
▽一般社団法人「社会的包摂サポートセンター」が行う「よりそいホットライン」0120-279-338※岩手・宮城・福島からは0120-279-226
▽一般社団法人「日本いのちの電話連盟」が行う「いのちの電話」0120-783-556
▽都道府県が実施している電話相談などに接続される「こころの健康相談統一ダイヤル」0570-064-556

このほか以下の子ども向けの相談窓口も紹介しています。
▽NPO法人「チャイルドライン支援センター」が行う「チャイルドライン」0120-99-7777
▽文部科学省が行う「24時間子供SOSダイヤル」0120-0‐78310
▽法務省が行う「子どもの人権110番」0120-007-110

【齋藤華子さんの再調査結果はこちら】
名古屋市いじめ問題再調査委員会 https://www.city.nagoya.jp/kodomoseishonen/page/0000129720.html
※NHKのサイトを離れます

  • 吉川裕基

    NHK名古屋放送局

    吉川裕基

    盛岡局、岐阜局を経て2022年から名古屋局 教育分野を担当 教員の長時間労働、部活動改革、校則問題などを取材

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