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長崎県雲仙市 在来種野菜を流通から支える

  • 2023年12月16日

「なんだ、この味は!」
長崎県雲仙市で育てられた在来種の五寸にんじん。最初に口にしたとき、あまりのおいしさに、私は衝撃を受けました。香りと甘みが口いっぱいにひろがり、コクもあります。よく噛むと、かすかに苦味も感じます。複雑な味が、まるでハーモニーを奏でているようです。
在来種野菜は、代々タネを採りながら育てられ、その土地になじんだ野菜です。しかし、これだけの味なのに、年々その姿を消していると言われています。
在来種野菜を流通の面から支え、守ろうという取り組みを取材しました。

NHK長崎放送局アナウンサー 野村優夫

在来種野菜に魅せられ移住した人たち

橘湾を見下ろす雲仙市千々石町の緩やかな丘に、宇治拓磨さん・望さん夫妻が営むイタリアンレストランがあります。

宇治拓磨さん・望さん夫妻

宇治さん夫妻は、イタリアで修行を積んだ後、去年3月にこの店をオープンしました。雲仙市は、妻・望さんの出身地です。ただ、この地を選んだのには、もう一つ大きな理由がありました。
地元で採れる在来種の野菜がふんだんに使えることです。

八媛かぼちゃ

この日調理していたのは、八媛かぼちゃ。農家が、代々タネをつないで育ててきた在来種の野菜で、宇治さんは、その味に魅了されています。

イタリアンレストラン オーナーシェフ 宇治拓磨さん
「すごくいい意味でクセがあります。本来の土からもらった栄養でそのまま育った地域の味ですね。使いがいがある、食べがいがある野菜です」

宇治さんは、野菜の個性を生かすため、あまり味を足しすぎない調理を心掛けています。

イタリアンレストラン オーナーシェフ 宇治拓磨さん
「せっかくある特徴なので そぎ落とし過ぎないようにしています。どこかで調理をやめて、野菜のいい所を残してあげる、伸ばしてあげるという気持ちで料理しています」

雲仙の在来種野菜に魅せられた料理人は、宇治さん夫妻だけではありません。
宮下裕之さんは、東京神楽坂で17年間続けていた日本料理店を閉めて、雲仙に移住。去年4月に新しい店を開きました。

日本料理店店主 宮下裕之さん

日本料理店店主 宮下裕之さん
「東京にいた時には、各地から野菜を取り寄せていましたが、雲仙の在来種の野菜は、段ボールの箱を開けた瞬間、色や香りが明らかに違うんです。力強いんですね。もう今は、ここの野菜がないと店はできません」

遺伝的な多様性がある在来種

ふだん私たちが食べているほとんどの野菜は、F1種と呼ばれる品種です。F1種は、遺伝子の配列が非常に均一で、形や色、収穫の時期がそろうという特徴があります。生産性が高いという利点があって、豊かな食卓には欠かせません。
ただ、こうした利点は、1世代に限られます。次の世代には受け継がれないため、タネを採って、次の野菜を作ることには適しません。農家は、毎回、タネ屋さんからタネを買って、野菜を育てます。

一方の在来種は、タネを植えて、育った野菜の全てを収穫しないで、一部を残しタネを採ります。そのタネをまた植える、ということを繰り返してきました。
在来種は、遺伝的に多様性があって、形や色、収穫時期はばらばらです。生産性が高いとは言えないので、その数をどんどん減らしていると見られています。

直場所で在来種野菜を支えたい

料理人たちが野菜を購入しているのが、雲仙市千々石町にある野菜の直売所・タネトです。

野菜直売所 タネト

在来種を中心に、半径20㎞以内で採れた農薬不使用の野菜だけを置いています。毎朝農家の人が運び込む新鮮な野菜を求めて、買い物客がひっきりなしに訪れ、夕方にはほとんどの野菜がなくなります。

直売所を運営しているのが、奥津爾さんです。奥津さんも、雲仙の在来種野菜の味に惹かれて、東京から移住してきた一人です。

奥津爾さん

形や色、収穫時期がそろわない在来種は、一般的な流通網に乗せるのは難しいとされています。これを安定的に売ることで、安心して農家の人が作り続けられるようにしようと、4年前に、この直売所を開きました。

野菜直売所タネト 奥津爾さん
「農家さんがいいものを作ったら、ちゃんと売れる場所、流れていく場所を作るのが僕らの役目、仕事の本質だと思っています」

価格は、一般のスーパーで売られているものと比べて、1割~3割ほど高いというイメージです。ただ、時期によっては、ここの野菜の方が安いものもあります。
価格設定は、農家の人が自ら行います。奥津さんは、お客さんの動向を見ながら、確実に売れる価格のラインを農家にアドバイスしています。

野菜直売所タネト 奥津爾さん
「オーガニックは高い、在来種は高い、と言われますが、ここは直売所なので、少なくとも都市部で売られるオーガニック野菜よりは安いはずです。しかも、とにかく味がすばらしいので、一度食べていただければ、その価値を絶対に分かっていただけると思います」

奥津さんは、積極的に、お客さんに話しかけるようにしています。在来種の野菜には、スーパーでは見かけないものも多いため、調理の仕方を教えたり、農家の工夫を伝えたりしています。

野菜直売所タネト 奥津爾さん
「ただ売れればいいのではなくて、野菜の背景や立ち上る気配も一緒に買ってもらわないと意味がないと思っています」

野菜が土地になじむ瞬間

奥津さん自身も、常に学ぶことを忘れません。週1回は、畑に足を運んで、農家に直接話を聞きます。

在来種野菜を育てる農家 岩﨑政利さん

この日訪れたのは、岩﨑政利さんの畑です。在来種の野菜を作り続けて、凡そ40年。この世界では、カリスマ的な存在です。

五寸にんじん

旬を迎えた五寸にんじん。大村で守られている黒田五寸にんじんとルーツは同じですが、岩﨑さんが40年かけて繰り返しタネを採り、育てる中で、この土地独特の味になっているといいます。

在来種野菜を育てる農家 岩﨑政利さん
「タネを採って繰り返し育てていくと、野菜が土地になじむ瞬間がどの野菜にもあって、だいたい10年サイクルで変わっていくんですね。その変わった瞬間が、一番野菜がおいしくなる気がします」
「地域の風土や気候を、野菜は、毎年生まれ変わりながら認識していて、それが20年30年たった時に地域に一番適応した姿を生み出すんです」

年ごとの天候の変動に耐え、この土地で代々タネをつないできた在来種。そのたくましさが、味として現れているのかもしれません。

種の多様性の重要性

岩﨑さんは、味以外にも、在来種の野菜を守る意義があると考えています。野菜の多様性を守るという視点です。

在来種野菜を育てる農家 岩﨑政利さん
「F1種のようなハイテクの種だけが世の中に残って、その影響で在来種が全部消えるのはよくないと思います。人類にとって在来種はとても大切で、存在しなくてはいけないものです」

多様性がなくなると、時に大きな危機が起こることがあります。
19世紀、アイルランドでは、主食のじゃがいもが、流行病によって、壊滅的な被害を受けました。大飢きんが発生し、人口のおよそ2割が亡くなったとも言われています。当時のアイルランドのじゃがいもの遺伝子が均一だったため、病気が一気に広がったと考えられています。
こうした事態に備えるためにも、在来種のような遺伝的多様性のある種を残すことは重要だと、岩﨑さんは考えているのです。

「ブーム」ではなく「食文化」に

岩﨑さんは、在来種の野菜が守り続けられるためには、その地域の食卓や飲食店で、常に食べられるようになることが大切だと考えています。

在来種野菜を育てる農家 岩﨑政利さん
「ブームはパッと終わってしまいます。そこが難しいですね。一回発掘した在来種も、地域の中で根付いていけるかどうか。食文化として定着しないと、ブームだと消えていってしまいます」

在来種の野菜を地域の食文化にしていく。奥津さんは、直売所を通じて、その一助になりたいと考えています。

そのため、奥津さんが決断したことがあります。当初検討していた通信販売を当面見合わせることにしたのです。都市部からの注文を受ければ、販路は広がります。しかし、地域の人たちに野菜を食べてもらわなければ、地元の食文化に繋がらないと考え、まずは地元の人を優先することにしました。

野菜直売所タネト 奥津爾さん
「一番いい野菜をここに置きたいというのが大きいです。通販をやり始めると、通販で出した後の残りを売り場に置くことになってしまいます」
「その土地のものをその土地に暮らす人が食べて、その土地の料理人が料理することが大事だと。暮らす人に届けるのが僕の使命です。八百屋なので。野菜は日常のものなので」

さらに、定期的にイベントも行っています。
11月中旬の日曜日に行われたのは、在来種の野菜を使った郷土料理を提供するイベントでした。

伝統料理と在来の野菜の魅力を見つめ直して欲しいという願いが込められています。

その思いは、参加者の皆さんに響いていました。

参加した女性
「実は地元にたくさんいいものがあったのを気づかせてもらえているのが、すごくいいです」
参加した男性
「ここに来ると、楽しいし、おいしいし、勉強にもなります。僕も島原半島を支える人間の一人になっている気持ちになります」

この他にも、奥津さんは、農家を招いて参加者と一緒に話を聞いたり、人類学者や解剖学者、作家などと農業について考えたりする場を設けるなど、幅広い情報発信の活動を行っています。

影響を受ける農家も

タネトという農薬不使用の野菜に特化した直売所ができたことで、農薬不使用の野菜作りに新たに挑戦したり、その規模を拡大したりする農家も出てきました。
荒木政勝さんも、農薬不使用の野菜や米作りを増やした一人です。

荒木政勝さん

農家 荒木政勝さん
「これまでの作り方の場合、農協が、肥料や農薬を与えるタイミングを色々指導してくれるんです。その通りにやれば、失敗はあまりありません」
「でも、農薬を使わない、となると、その指導がなくなります。自分でやらないといけない。できるだろうかと不安もあったんですけど、その不安があるから、よく野菜や米を観察するようになりました。野菜の一つ一つ、稲の一本一本に向き合うようになったんです。それが、今では面白いですね」

また、奥津さんや岩﨑さんに出会ったことで、在来種への関心も強まったといいます。

農家 荒木政勝さん
「岩﨑さんや奥津さんから色々話を聞いて、タネを採ってつないでいくことの大切さを知りました。今はまだできる準備が整っていないけれど、ゆくゆくは、タネ採り野菜に挑戦してみたいと思っています」

在来種の野菜を守り、繋いでいくために、地域に根付かせる。その目標に向かって奥津さんが4年前にまいたタネは、すでに芽吹き、今まさに実を付けようとしています。

  • 野村優夫

    NHK長崎放送局アナウンサー

    野村優夫

    1992年、長崎局に初任地として赴任。2022年に久しぶりに戻ってきました。
    社会課題解決のため努力している方々を取材し報道することで、同じ問題に向き合っている人たちへの参考になればと考えています。

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