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長崎発「太陽光由来水素」 実用化への挑戦

  • 2022年08月17日

長崎発「太陽光由来水素」 実用化への挑戦

燃やしても二酸化炭素が出ない水素。脱炭素社会へ向けた鍵になると、国内外で大きな期待を集めています。特に、太陽光などの再生可能エネルギーで発電した電気を使って、水から水素を生成すれば、地球環境に極めてやさしいエネルギー源となります。
その「太陽光由来の水素」を実用化し、エネルギーの地産地消に生かそうと奮闘している企業が長崎市にあります。現場を取材して実感したのは、「“実用化の神”は細部に宿る」ということでした。

 NHK長崎放送局 アナウンサー 野村優夫

 

「机上の理論」と「実用化」の間にある高い壁

 

長崎市の中心部から北へ車で1時間ほどの所にある長崎市琴海形上町。ここに、再生可能エネルギー事業を手掛けるイワテックという会社が建設した「再エネ水素実証プラント」があります。

 

再エネ水素実証プラント

水素の製造には、「化石燃料から作る方法」と「水を電気分解して作る方法」があります。このプラントでは、160枚の太陽光パネルを並べて発電。その電力を使って水を電気分解して水素を生成し、ボンベに詰めて貯蔵します。太陽光発電の出力は、最大49.6kW。天気の良い日には、水素7000リットルが入るボンベ3本分の水素を作ることができます。

ここでは、「太陽光による発電、水素の生産、貯蔵、運搬、販売」という一連の流れをどうしたらビジネスに繋げられるのか、試行錯誤を行っています。

 

プロジェクトリーダー 鶴丸将太朗さん

鶴丸将太朗さん
『机上の理論』と、実際のビジネスとして使える『実用化』の間には、とても高い壁があるんですよ

このプロジェクトのリーダーを務める鶴丸将太朗さんが、私に向かって最初に発したのが、この言葉でした。

ここで使用している水素発生装置は、アメリカのメーカーのもの。太陽光発電は、日射の変動に大きな影響を受けます。この装置は、日射が弱い状態から強くなった時に、素早く応答して水素発生量を増やすことができるのが特徴です。30年前から生産されている信頼性の高い製品です。

水素発生装置

「この装置を使えば水素ができるというのに、どこにご苦労があるのでしょうか?」
私の素人料簡の質問に対し、鶴丸さんは丁寧に答えてくれました。
 

鶴丸将太朗さん
「このプラントには、水素を発生させる装置だけでなく、機械を冷やす冷却装置、水素を圧縮してボンベに詰める装置、センサーなど様々な周辺機器があります。それを上手に統合しながら
トータルとして問題なく動かせるようにならないと、ビジネスとして成立しません。でも、これが、結構難題でして・・・」

 

主なプラント設備

 

特に難しいのが、「太陽光発電から送られてくる電力量」と「プラントで消費する電力量」をそろえることだといいます。この二つがそろわないと、プラントは止まってしまいます。例えば、家庭でエアコンやTV、照明、ドライヤーなどを一気に使って、ブレーカーが落ちてしまうことがありますよね。消費電力量があまりに大きくなって、送られてくる電気が足りなくなり、バランスが崩れてしまうためです。これと同じようなことが、水素発生プラントでも起こりうるのです。

先ほども言及したように、太陽光の発電量は、晴れた日であっても、ちょっとした日射の変化で細かく変動しています。

一方、水素を作るプラントの側も、同じ量の水素を作る場合でも、必要となる電力は常に変動しているといいます。例えば、プラントでは、装置を冷やすために冷却水を循環させています。気温が上昇すれば、水を冷やすのに必要な電力も多くかかります。

 

冷却水パイプ

太陽光で発電される電力量は刻々と変わる。水素発生に必要な電力量も変化する。その中で、「発電量」と「消費量」を合致させることは、至難の業です。

 

では、どう対応するのか。

「冷却水循環装置」や「水素を圧縮する装置」などは、動かすか・止めるかの操作しかできません。出力を少しだけ落とす、というわけにはいかないので、電力消費量をコントロールすることはできません。

一方で、水素発生装置は、発生量を抑えるように指示すれば電力の消費量は減りますし、逆に発生量を増やせば消費量は増えます。

そこで、水素を発生させる量を上下させ、「太陽光発電から送られてくる電力量」と「プラント全体で使う電力量」を一致させるのです。

 

 

「太陽光の発電量」も「水素発生装置以外の消費電力量」も秒単位で変化します。その値から、自動的に、発生させる水素量を指示するよう、プログラムを組まないといけません。

そこで、鶴丸さんたちは、日々プラントを動かしながら、「太陽光の発電量」と「各機械の消費電力量」を秒単位で記録しています。そこに気候条件などの要素も加味して、「発電量と各機械の消費量がこの数値なら、水素をこのくらい発生させればバランスが取れる」という関係性を把握しようとしているのです。

鶴丸将太朗さん
「水素発生装置のメーカーさんからも、さすがにそこまでのデータはいただけないんですね。自分たちでデータを蓄積していくしかないんです」

 

ここで、ふと疑問がわきました。

「太陽光で発電する電力」をすべて使おうとするから、合わせるのが難しいのではないか。例えば、水素の発生量を、あらかじめ低めに設定しておく。その量に合わせた電力だけを使い、余った電力は蓄電池に溜めておく。蓄電池に溜めた電気は、夜や雨の日などに水素を作るときに利用する、という方法はとれないのか・・・。

 

電力使用量が低いときこうすれば?

 

そんな私の疑問に対しても、鶴丸さんは、明確に答えてくれました。

鶴丸将太朗さん
「その方法ですと、蓄電池をたくさん用意しないといけなくなるので、設備投資のコストがかさむんですよね。あと、蓄電池を通すと、入る時・出る時にそれぞれ電気のロスが発生するんです。ですから、できるだけ発電された電気を使い切って、最大量の水素を作り出すことがコストの削減につながるんです。実際の販売につなげるには、コストは非常に大きな要素ですから」

 

多岐に渡る専門技術が必要

 

このプロジェクトには、6人の技術者が携わっています。それぞれ、電気や機械、化学、材料、再エネなど、専門分野の異なる人たちが集まってチームを作っています。これも、実用化を目指す上で欠かせないといいます。

 

技術者のみなさん

 

例えば、装置には、できた水素をボンベに詰める前に、気体の成分を計測するためのセンサーが取り付けられています。

できた水素には、ごく微量の水分や酸素が含まれているのですが、例えば、水分が異常に多いという値が出たとします。その場合、センサーに問題があるのか、できた水素に問題があるのか、探らなくてはいけません。センサーの不具合であれば、電気工学の専門知識が必要です。もし気体の方に問題があるのなら、どこで問題が起きたのか、一つ一つ丁寧に検証しなくてはいけません。配線関係であれば電気、装置の部品の欠損が原因であれば機械、装置に使われている特殊な膜に問題が発生していれば化学や素材の知識が役立ちます。

 

会社では、水素を作り販売するだけでなく、プラント自体を販売することも想定しています。その場合、これだけの人材を、すべてのプラントに配置するというのは、現実的ではありません。

そこで、鶴丸さんたちのチームでは、様々なトラブルケースを、実証プラントを動かす中で洗い出し、なるべくそれが起こらないようなプラントを作ること。そして、プラントを購入した企業自身でトラブルに対処できるよう、マニュアルのような文書を作ることを目指しています。

鶴丸将太朗さん
「将来的には、それぞれ技術者が自身の狭い専門分野に留まるのではなく、このプラントの稼働を通じて、他の分野にも強くなり、『水素エネルギーの専門家』に各人がなっていく、ということも大事だと考えています」

 

エネルギーの「地産地消」を目指して

 

経済産業省は、5月にまとめた「クリーンエネルギー戦略 中間整理」の中で、火力発電所のLNG燃料の代わりに水素を利用していくことを明記しています。現在、1N㎥(0℃・1気圧下での気体1㎥)あたりの水素の価格は約100円ですが、2030年に30円、2050年には20円以下にすることを目指すとしています。20円以下が実現できれば、LNGを発電燃料として使う場合の想定価格とほぼ同じ水準になります。

政府は、水素の価格を下げるためにも、国内に大規模な供給拠点を整備し、それを支援していくことを考えています。

 

鶴丸さんたちの取り組みは、こうした「一括大量供給」の方式とは、違った方向であるように見えます。その狙いはどこにあるのでしょうか。

鶴丸将太朗さん
「私たちは、大きな拠点で大量に水素を調達したり、生産したりすることを否定していません。一方で、別の選択肢があってもいいのではないかと考えています。それが、私たちの提唱する
「エネルギーの地産地消」なんです」

 

鶴丸さんたちの考えるエネルギーの地産地消のメリットは、大きく分けて2つあります。

一つが、地域内で水素の生産・消費のサイクルが生まれ、お金が地域で回ること。大量生産したものを各地に配る方が、効率はいいのですが、地域で支払うお金は、他の地域の大資本に向かうという構図が生まれます。地産地消すれば、それとは違うお金の流れが生まれ、地域経済が活性化するという期待があります。

もう一つが、災害などの非常時に役立つのではないかという点です。例えば、大地震が起きて、拠点の電源が失われ大規模停電の危機が襲うということが、過去にありました。地域で自分たちのエネルギー源を持つということは、災害時の停電のリスクを限定的にすることに繋がるのです。

 

 

さらに、このプロジェクトでは、長崎市の中心部から琴海形上町まで1時間で行き来できるという位置関係に意味があると、鶴丸さんたちは考えています。

九州では、太陽光発電の数が増え、日照時間の多い時には電力が過剰になり、太陽光の発電を止める「出力制御」がしばしば行われています。

鶴丸将太朗さん
「今でも、発電できるのに止めざるを得ない事態が起きています。でも、この琴海では、太陽光発電が無理なく行えるエリアが残っていると私たちは見ているんです。発電できる能力がまだまだあるのに、それが使えないのは、もったいないですよね」

 

ここに、自分たちの手掛けるシステムが活躍する余地があると、鶴丸さんたちは考えています。

リアルタイムで使い切れない太陽光による電気を使って、水素を作る。それをボンベに溜めて、長崎市内の中心部に運び、必要な時に使うことができるのです。

鶴丸将太朗さん
「私たちは、これまでも再エネ事業をしてきたので、長崎市内をくまなく回っているんですが、市の中心部のビル屋上などには、エアコンの室外機などがあって、太陽光パネルを設置するのが難しい場所も多いと感じています。一方で、車で1時間の場所に、太陽光発電のできる土地が広がっている。この距離であれば、水素を媒介して、送電網を使わずに、エネルギーの生産地と消費地を結ぶことができると考えたんです」

 

天気の良い日に作った電気を水素の形でためておき、天気の悪いときや夜に使うことは、天気に左右される太陽光発電の弱点を補うことにもなります。さらに、春や秋に作った水素を、需要の多くなる夏や冬に使うという、季節をまたいだ調整を担うこともできるかもしれません。

今、会社が熱心に取り組んでいるのが、地域の事業者への売り込みです。十分に市場ができていない今は、自分たちが積極的に営業をし、このプロジェクトの意義を伝えることが大事だと考えています。

鶴丸将太朗さん
「各企業さんも、脱炭素に対して敏感になってきているのを感じますし、地産地消の価値についても、丁寧に説明すると理解してくださることが少なくありません。実際に採用してもらうには、きちんと採算のとれる、ビジネスとして無理のないシステムを提供することが大事です。そのために、一歩一歩努力を重ねたいと思っています」

※この取材内容の一部は、9月上旬の「イブニング長崎」で放送する予定です。

  • 野村優夫

    NHK長崎放送局アナウンサー

    野村優夫

    1992年、長崎局に初任地として赴任。26年ぶりの長崎です。
    社会課題解決のため努力している方々を取材し報道することで、同じ問題に向き合っている人たちへの参考になればと考えています。

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