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橘湾岸スーパーマラニック 長崎を舞台に320kmを踏破!

  • 2022年12月13日

320kmもの距離を3日間ほとんど眠らずに踏破するマラニック大会が長崎にあります。総距離は320km! 累積標高は7000m以上! 3日間ほとんど眠らない! 
頭の中はびっくりだらけです。出場するのはどんな人たちで、いったい何を目標に挑戦しているのだろう?その世界を垣間見たいと取材しましたが、それはまったく想像を超える世界でした。

NHK長崎放送局アナウンサー 池田耕一郎

橘湾岸スーパーマラニックのコース

まずは「橘湾岸スーパーマラニック」の概要から紹介しましょう。毎年、春と秋に開催されていて、いくつかの部門に分かれています。今年の秋はハイパー(H320km)、ダブル(W273km)、ペニンシュラ(P103km)の3つの部門で開催されました。

受付に来ていた参加者にお話を聞きました。はるばる北海道と三重県から来た女性ランナー、高橋尚美さんと宇佐美展子さんです。それぞれダブル部門(W273km)とハイパー部門(H320km)に参加するそうです。

北海道と三重県からの参加者

高橋さん 「ずっと動きっぱなし」
宇佐美さん「寝られないと思います」
高橋さん 「あきらめないでゴールまで行きます」
宇佐美さん「やめろって言われるまで行く。自分からはやめない」
高橋さん 「やめない!」

「動きっぱなし?」「寝ない?」いきなり、すごいワードが飛び出しました。いったいどんな道のりなのでしょうか…。最も長いハイパー部門(H320km)のコースを紹介します。

長崎市の出島表門橋をスタート。まずは稲佐山に登り、北上して時津町へ向かいます。

 

そこから南下して再び山に入ってから長崎半島の西海岸に出ます。女神大橋を渡って南下を続けます。伊王島に寄り道をして、長崎半島の最南端にある野母崎の樺島へ到達。

 

樺島の山を登って灯台に到達したらUターン。今度は長崎半島の東海岸でひたすらアップダウンを繰り返しながら北上します。そして、橘湾沿いにぐるっと回って島原半島の雲仙小浜へ。

 

雲仙小浜で選手たちはいったん集合。再スタートをして、半時計回りに島原半島をまわります。島原市から雲仙岳の急坂を登って雲仙地獄に到達。そこから急坂を降りて再び雲仙小浜でフィニッシュです。

地図を見れば分かりますが、道がグネグネしていますよね。つまり坂道ばかりだということです。長崎に住んでいる人からすれば、車でもなかなか行かないコースです。

DAY1  5:00「81歳の挑戦者現れる」

夜明け前の真っ暗な中、長崎市の江戸町公園に設置された選手受付に一人の男性が現れました。

北九州市から参加の西田和美さん。御年はなんと81歳です!西田さんは今回はダブル部門(W273km)に出場します。これまでに何度か挑戦したものの完走を果たしておらず、「今年こそは!」のチャレンジになります。

西田和美さん
「坐骨神経痛があって絶好調な状態ではありませんが、頑張ります」

朝5時にスタート。街灯の中、静かに一歩を踏み出していきました。この大会はレベル別にスタート時間を選ぶことができるのも特徴です。一人でも多くの選手が完走できるようにという大会側の配慮です。

次のスタート時刻は7時です。この間に大会を運営するNPO法人ナガサキドラゴンロードジャパンの阿部明彦さんにインタビューしました。阿部さんは「人生観が変わる」という、この大会の趣旨を教えてくれました。

Q どうしてこの大会を始めたのでしょうか?

阿部明彦さん
「国内の超ウルトラ(100km以上)の大会はハイレベルなエリート選手の大会が多いんです。一方で、橘湾岸スーパーマラニックの参加者はフルマラソンを5~6時間くらいで走るレベルの選手が多く、決して速くはない。そうした選手でも走り切れるような制限時間を設けています。
200km、300kmと超ウルトラの距離を走った達成感をみんなに味わってほしいんです」

橘湾岸スーパーマラニックは阿部さんたち、ランニング愛好家によって2006年に始まり、手作りの運営で規模を広げてきました。今ではその風光明媚なロケーションとホスピタリティが人気を呼び、全国各地から選手が集まる大会になりました。今回は北海道や沖縄からエントリーがあり、長崎県外が9割近くを占めています。

DAY1  7:00「夫婦で320km挑戦」

朝7時のスタートに向けて参加者が集まってきました。もっとも多くの選手が出走する時間です。このなかで、夫婦で最長距離の320kmに挑戦する方を発見しました。

福岡市から参加の永野広幸さんと奈美さんです。橘湾岸スーパーマラニックにはともに9回目の出場で、じょじょに距離を伸ばし、今年、満を持してハイパー部門(H320km)に初めて挑戦することになりました。

永野広幸さん
「ぼくたち夫婦にとってはマラソンというより橘湾岸が趣味なんです。楽しみます」

永野奈美さん
「この日に向けて(コロナ禍の)3年間、練習してきたので後はスタートするだけです」

いよいよスタートです。朝7時にスタートして、ゴールの関門は2日後の夕方5時。実に58時間にわたるレースの始まりです。全部門で231人が出走、そのうち51人がハイパー部門に挑戦します。

スタートした選手たちはまずは稲佐山に向かいます。橘湾岸スーパーマラニックはその距離もさることながら、アップダウンの多さが特徴です。ハイパー部門320kmの累積標高は7000m以上!と言われています。もはやヒマラヤ級です。

ただ、坂道を登ればコースのあちこちですばらしい眺望に巡り会います。参加者は一つ目のチェックポイント、標高333mの稲佐山山頂に到着。長崎の街を一望しては、写真を撮っていました。

永野さん夫妻もすがすがしい表情でチェックポイントを通過していきました。

まだレースは始まったばかり。はるか先には3日目の到着地、雲仙岳がそびえているのでした。

DAY1  14:00「65km女神橋エイド」

3日間にわたって行われる橘湾岸スーパーマラニック。選手たちを支えるのはエイドステーションです。10km~20kmごとに設置され、ボランティアが食事を振る舞ってくれます。各エイドでは手作りの食事も多く出されます。

こちらはハイパー部門65km地点の女神橋エイド。細麺の長崎うどんと稲荷寿司が用意されていました。

みなさん、「これが楽しみ!」とばかりに美味しそうに補給食をほおばっていました。

3日間を通してかなりのカロリーを消費しますので、エイドではしっかり栄養補給することが必須です。さもないとハンガーノック(低血糖)になって倒れてしまいます。

DAY1  17:15「77km伊王島エイド」

ハイパー部門77km地点の伊王島エイドです。夕方5時を過ぎて1日目の日没が近づいてきました。日中は20度を超える汗ばむ陽気でしたが、日が暮れるにつれて気温が下がってきました。少し肌寒く感じるころ、永野さん夫妻がやってきました。

伊王島エイドでは手作りのキャロットゼリーが用意されました。喉ごしが良くて選手たちに大人気です。この大会ではエイドごとに違う補給食を用意するのがこだわりです。「次のエイドのご飯は何かな?」という期待感が選手たちを元気づけてくれます。

永野さん夫妻は順調なペースで、予定を大幅に上回っています。夜に備えてヘッドライトを頭に取り付け、二人は伊王島灯台へと向かうのでした。

DAY2  7:20「159km茂木エイド」

日付が代わって2日目の夜明け前、長崎半島の東海岸にある長崎市茂木エイドです。橘湾の東の空が明るくなり始めました。

茂木エイドでは風呂&仮眠可能

茂木エイドは伊王島エイドから80kmほどの距離があり、ハイパー部門の159km地点です。と、簡単に書いてしまいましたが、スタートから換算するとすでにフルマラソンを4回近く走った距離です。フルマラソン走った経験のある人は分かると思います。1回走ったら足が棒になりますよね。それを4回…。

午前7時20分、永野さん夫妻の姿が見えました。広幸さんは「しんどい、しんどい」と荒い息をしながらやってきました。

睡眠をとることなく、ずっと移動を続けてきた二人。ここで広幸さんにトラブルが発生していました。内臓が疲労して、途中のエイドではカレーライスを胃が受けつけず、食べることができませんでした。

広幸さん
「胃がやられて、めっちゃしんどかったです」

しかし、食べないとハンガーノックで倒れてしまいます。茂木のエイドステーションでは温かい牛すじの煮物が用意されていました。食べられるか心配された広幸さんですが、ご飯をかきこみながら「うまい!」という言葉を連発してお代わりしていました。胃袋が受け入れてくれて良かったです!

少しだけ休んだ永野さんたちは再び走り始めます。もちろん長く休む選択肢もあるのですが、後半はどうしてもペースが落ちて制限時間との闘いになるので、少しでも先に移動しておく必要があるんです。

この日のために毎月300~400kmの練習を積んできた永野さんたち。足取りはすでに重たくなっていますが、夫婦二人三脚で歩みはとめません。

DAY2  17:45「217km雲仙小浜エイド」

2日目の夕方。橘湾に今度は夕日が沈みます。

橘湾を西から東へぐるっと回ってきた選手たちが湯煙のなか次々と到着します。ダブル部門で173km、ハイパー部門は217kmを走ったランナーたち。みな精悍な顔つきになっていました。体力の限界を突破してきた証です。すでにフルマラソン5回分…。取材する方も距離感がおかしくなってきます…。

さて、雲仙小浜エイドでは午後8時に一斉スタートするルールになっています。そのため早めに到着したランナーは休むことができます。

永野さん夫妻は午後6時すぎに到着していました。探し出してお会いすると「おはようございます!」と元気の良い声をかけられました。30分ほど仮眠をとることができたそうです。スタートしてから36時間ぶりの睡眠、少し安心しました。

Q よく起きられましたね?

奈美さん
「アラームをかけたスマホを胸に抱いて寝てました(笑)」

午後8時。残りの103kmのレースが始まります。島原半島を半時計回りに進むルート。長崎市の出島表門橋のスタート以来、久しぶりに大勢でのランです。

こころなしか皆さんの足取りは軽やかです。そう言えば、スタート前にある参加者の方が言っていました。

参加者
「橘湾岸マラニックは"競走"ではなく"共走"。ライバルではなく、お互いの存在が支えになって走るんです」

その意味が良く分かりました。この時点ですでに半数近くのランナーがリタイアしています。残った者同士でより連帯感が増しているのが伝わります。星空の下、お互いに励まし合いながら、歩みを進める姿が見られました。

ところで、大変なのは選手たちだけではありません。雲仙小浜にある公民館の大会本部ではボランティアの皆さんが大忙しでした。

夜を通して各エイドステーションに運ぶ食事の準備に追われていました。250人もの参加者の食事を賄うため、2週間前から料理を作っては冷凍保存してきたんだそうです。

ボランティアの皆さんも3日間にわたり仮眠程度しかとれません。実はボランティアの皆さんは、橘湾岸スーパーマラニックに過去に出場した経験のある方が多くを占めています。

こちらの方は82歳の深堀百合子さん。6年前、76歳の時には何と103kmを完走したそうです。他のボランティア仲間の皆さんとお話をしながら、楽しく元気に作業していました。

ボランティアについて後で、興味深いお話を聞きました。実は当初27人だったボランティアは最終的に70人近くに増えたんだそうです。リタイアした人たちが次々とボランティアに加わってくれたということです。これも、“共走”ですね!

DAY3  15:00「312km小浜木場エイド」

日付は最終日、3日目になりました。多くのランナーが雲仙岳の急坂に苦しめられていました。制限時間が迫るなか、ゴールまで一歩、一歩、足を動かし続けます。

ゴールの関門時間は午後5時。フィニッシュ地点から逆走して永野さん夫妻を探しますが、なかなか巡り会いません。心配していたところ、遠くから二人の姿を確認できました。

広幸さんは途中で拾った棒をスティック替わりにしています。まっすぐ歩くことができず、棒に頼りながら進んでいます。

広幸さん
「もう、しんどいです。全身しんどくて棒を拾ってきました」

広幸さん
「筋肉が全部死んで、全然踏めない」

前に進むためには地面の反発力を受ける必要があります。しかし、筋肉が限界に達すると踏むことすらできなくなるそうです。

広幸さん
「関門ギリギリなんで、行かせて下さい」

1km進むのに想像以上に時間がかかります。時計をにらめっこをしながらゴールを目指します。

DAY3  16:54「帰ってきた二人」

ゴール近くで待ち構えていると永野さん夫妻が帰ってきました。「おかえりなさーい」という応援の声に、奈美さんは「ただいまー」と大きな声を返していました。その様子を見て、思わず身体が震えました。「おかえり」と「ただいま」という単純な言葉の向こう側にある、3日間にわたるそれぞれの思いを垣間見たからです。

ゴールテープを切る前に永野さんたちは立ち止まります。夫婦で支え合ってきた二人が作った形はハート。ゆっくりとゴールテープを通り過ぎて、見事320kmを踏破。57時間54分42秒の道のりでした。

広幸さんの日に焼けた笑顔を見ながら、橘湾岸スーパーマラニックの魅力が一つ分かりました。それは、“共走”という価値です。一人じゃできないことも、仲間がいれば達成できる。誰かの存在が、一声が、背中を押してくれる。親しい人同士、知らない人同士、いろいろな関係性の中で人と人はいつも支え合っていることに気づかされました。

 

さて、見事320kmを踏破した永野広幸さんと奈美さん。フィニッシュ後に次の目標を聞きました。その答えは?

今度は橘湾岸スーパーマラニックのボランティアとして選手たちを支える側に回り、“共走”したいということです。

橘湾岸スーパーマラニック2022秋 完走率
H320部門
出走者 51名 完走者 25名 完走率49.0%
W276部門
出走者 63名 完走者 26名 完走率41.2%
P103部門
出走者 117名 完走者 81名 完走率69.2%

NHK「イブニング長崎」で放送したマラニック動画はこちらから!

  • 池田耕一郎

    NHK長崎放送局アナウンサー

    池田耕一郎

    2000年入局
    静岡→沖縄→札幌→大阪→東京→長崎
    趣味はマラソン

    PBは2時間43分42秒
    (2020別大マラソン)

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