長崎から世界!車いすバスケ界スター・鳥海連志“楽しい”挑戦
- 2022年12月14日
いざ決勝トーナメントへ!
長崎市出身で東京パラリンピック 銀メダリスト の鳥海選手が挑んだU23世界選手権。日本代表は予選リーグ(前編の記事はこちら)でスペインに敗れて4勝1敗、決勝トーナメントに進みました。
今回、大会の日程表を見たときに驚いたことがあります。初戦の翌日は試合がないものの、第2戦から決勝・3位決定戦まで「7連戦」というハードスケジュールなのです。
選手の体はもちろんですが、心配なのは競技用車いす。“コート上の格闘技”とも呼ばれる車いすバスケは衝突や転倒が頻繁に起こるため、フレームが曲がったり、時にはタイヤが外れたりすることもあるのです。
日本代表を支える“縁の下の力持ち”
そんな車いすを修理・調整するスペシャリストに出会いました。
日本代表・男子の専属メカニックをつとめる上野正雄さんです。上野さんは、選手の障害のレベルやプレースタイル、好みに応じてきめ細かく車いすを調整します。
例えば鳥海選手の車いすは、座面を前に傾ける特別な設計になっています。高低差は15センチ。「重心を感じられるように」という要望に応えたものです。
さらに車輪は安定性や小回りの利きを高めるため「ハの字」に開いていますが、鳥海選手の車いすは通常より1度広い19度。動き回る上で、最適な角度を追求した結果なんだとか。
こうした微妙な調整を行うのが、上野さんの役割なのです。
僕の調整ミスは負けにつながったりするので、それは絶対にあってはいけないことだと思ってます。
そんな上野さんは、選手から絶大な信頼を寄せられています。
上野さんは戦う上で欠かせない存在です。僕はフィーリングで対応することが多いので、そこをうまく感じ取って調整してくれるんです。
ベスト4をかけた準々決勝
決勝トーナメント、最初の対戦相手はイスラエルです。日程の都合で5連戦となる日本代表に対して、イスラエルは中一日空いての試合。
鳥海選手たちの体調は大丈夫かなと心配しましたが…
予選でスペインに負けた試合とは見違えるようなプレー。日本が64対43で勝ち、鳥海選手は19得点、13アシスト、16リバウンドのトリプルダブルを達成しました。
カメラマンは見た!選手の「手」の謎
今回、現地で撮影を担当したカメラマンが“ファインダー越し”に気づいたことがあります。それは…
手で車輪を回したり止まったりするのは、すごい摩擦のはず。なのに、誰も手が痛そうじゃないのはなぜ?
想像してみて下さい。自転車に例えれば、ペダルとブレーキを使わずに「手」で車輪をつかんで急発進や急ブレーキを繰り返しているようなものです。
試合後、塩田理史選手に手を見せてもらうと、手のひら全体が分厚くてカチカチ。まるで、職人さんのようでした。塩田選手が言うには…
車いすバスケをはじめた頃は皮がズルズルとむけて、毎日風呂に入るのが嫌でした。
選手たちの一つ一つのプレーは、こうした痛みを乗り越えた上で成り立っていたのです。
雪辱を果たせるか 準決勝・スペイン戦
ベスト4まで勝ち進んだ日本。そこに立ちふさがったのは、予選で唯一敗北を喫したスペインでした。体の大きな選手が多く、攻守ともに高さを生かしたプレーで圧倒的な強さを見せつけてきたチームです。
試合前、鳥海選手がSNSにあるメッセージを投稿しました。
日本が1番応援されているチーム。期待に応えたい。
世界の4強なんて喜べない。
4強なんて喜べない― この言葉からは「こんなところでは絶対に負けられない」という強い意志が伝わってきます。
東京パラリンピックで 銀メダル だった鳥海選手は、今大会で「金メダル」を目標としているのです。
そして始まった準決勝。予選とは違い、日本がスペインの猛攻をことごとく抑えます。その理由は、フォーメーションにありました。スペイン戦には、日本の強みである「守備力」をいかしたフォーメーションで臨んだのです。結果、今大会で60%を超えることもあったスペインのシュート(フィールドゴール)成功率を、この試合では30%台に抑えます。
大接戦の末、日本は53対51でスペインを打ち破り決勝進出を決めました。
カメラマンは見た!その2「爆笑」のワケ
試合の前、カメラマンが気になったことがあります。
選手入場の時、毎回のように鳥海選手と髙柗選手が爆笑している。なんで、そんなに笑ってるんだろう?
鳥海選手と髙柗選手は、ともに東京パラで戦った仲間。仲がいいのは分かりますが、緊張するはずの試合前に、なぜ爆笑しているのか?
そのワケを聞くと、驚きの答えが…
じゃんけんしてました。
ちなみに準決勝まで7回じゃんけんをして、髙柗選手は一度も勝ったことがないとのことでした。
以前、鳥海選手は「緊張せずに大会を楽しむ」と語りました。もしかして、このじゃんけんも「楽しむ」ための工夫なのでしょうか。
金メダルをかけた決勝・トルコ戦
スペインに雪辱を果たし、チームの一体感が最高潮に達していた日本。
決勝のトルコ戦は、第1クオーターから日本リードの展開が続きました。トルコはそれに焦ったのか、ファールを連発するという悪循環。
そして、ついに日本が52対47で勝利。U23世界選手権で初優勝を果たしました。
優勝が決まった瞬間、鳥海選手は髙柗選手と固く抱き合いました。東京パラで惜しくも銀メダルだった2人が手にした 金メダル 。万感の思いがつまった長い長い抱擁は、時間にして27秒続きました。
念願のネットカット
優勝したチームに許されるのが、ゴールネットを切る儀式。ここで驚いたのは、鳥海選手の身体能力です。
スタッフ数人がゴールリングに届くところまで持ち上げると、鳥海選手は両腕の力だけであっという間にリングの上に登ったのです。
このネットカットは鳥海選手の念願だったそうで、観客やチームメートから拍手喝采を浴びながら喜びを噛みしめていました。
リーダーの重責を果たして
今回、日本代表の最年長で“リーダー”としての役割を担っていた鳥海選手。閉会式のあと、ロッカールームで大会を振り返るインタビューを行いました。
最初は外国人選手の大きさや、海外でプレーするプレッシャーで気迫にやられそうになった瞬間もありました。でも、予選から一試合一試合噛みしめる中で、自分たちが自信を持ってプレーできるようになったと思うし、自分たち自身もそれに負けないくらい声を出して全員で戦い抜けたと思います。
リーダーシップについて聞くと…
リーダーシップをとれたか分からないですけど、僕のことを慕ってくれる後輩がたくさんいて、僕についてきてくれる仲間がいて、本当にみんなに支えられながら過ごした大会だったなとすごく感じます。
最後に、「日本に帰ったら何をしたいか?」と聞くと、鳥海選手はこう答えました。
帰って休みたいなと思っています。日本に帰って、とりあえず妻のご飯を食べていつも通り生活したいなと思います。
リーダーとして務め上げた鳥海選手は、肩の荷を下ろして安堵する「家族思いの若者」の笑顔を浮かべていました。
鳥海 vs 髙柗 最終結果は
ところで…試合前に繰り広げられていた鳥海選手と髙柗選手の「じゃんけん対決」。一度も勝ってなかった髙柗選手は、最終日どうだったのか…
きょうは勝ちました!絶対負けたくなかったんで、ほぼ後出ししました。
後出ししてでも勝つ。髙柗選手の勝利への執念は、ものすごいものを感じます(笑)
こうしたじゃんけんのエピソードからも、選手たちが大会を楽しんでいたことがうかがえました。
鳥海選手との「もうひとつの約束」
私たちが鳥海選手に初めて会った時の約束は「東京パラリンピックが終わっても鳥海選手を取材し続けること」。他メディアがほとんど取り上げなかったU23世界選手権を独自に取材することで、その約束は果たしました。
さらに、もうひとつ約束がありました。
それは「鳥海選手が、ふるさと・長崎を紹介する姿を撮影すること」。
世界選手権のあと、私たちは鳥海選手の実家や“自らの原点”と呼ぶこども園などで撮影を行いました。
その様子は、2022年11月に25分のドキュメンタリーとして放送され大きな反響を呼びました。
NHK長崎では、これからも鳥海選手に注目していきます。がんばれ鳥海連志選手!