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アインシュタインも予言!?ブラックホール自転の証拠を発見!

  • 2023年09月30日

「天才物理学者・アインシュタインの一般相対性理論でもブラックホールの自転は予言されていた」。奥州市で開かれた研究結果の報告会でこの言葉を聞いた、生粋の文系出身である私の頭の中では、光の速さでクエスチョンマークが飛び交いました。しかし、この発見が世界的に非常に重要なものであることは、報告した研究者たちの丁寧で、熱意ある伝え方で理解できました。ブラックホールの自転を示す新たな証拠が発見された意義を、文系の私が全力でお伝えします。                        (盛岡放送局 記者 渡邊貴大)


5500万光年先の銀河をとらえる電波望遠鏡

国立天文台水沢VLBI観測所

極めて高密度で強い重力のために物質だけではなく、光さえも抜け出すことのできない特殊な天体「ブラックホール」。その自転を示す新たな証拠の発見に貢献したのが、奥州市の「国立天文台水沢VLBI観測所」です。直径20メートルの大きなアンテナを持つ電波望遠鏡で、地球から5500万光年離れたおとめ座の「M87」と呼ばれる銀河の中心にあるブラックホールを観測しています。

光の速さでも地球に届くまで5500万年かかる程、はるかかなたにある銀河ですが、2019年には世界で初めてこの銀河の中心部にあるブラックホールを撮影した画像が発表されました。今回、そこからさらに宇宙の謎に踏み込んだ研究結果が発見されたのです。

皆さんは地球や太陽をはじめ、多くの星が自転していることはイメージできると思います。星の表面の凹凸や模様の違いもあるため、実際の観測でも自転を確認することは可能です。しかし、宇宙のはるかかなたにあり、物質が抜け出せない真っ暗なブラックホールは、それ自体を観測しても自転を確認することができません。そこで、注目したのが、ブラックホールから光に近い速度で噴き出す高温のガス「ジェット」です。

ブラックホールとジェットは「回るコマと軸」の関係

奥州市水沢の観測所に勤める、秦 和弘 助教。ブラックホールジェット研究の世界的な第一人者です。

国立天文台水沢VLBI 秦和弘 助教
今回、我々が取ったアプローチはブラックホールから噴出しているジェットに着目する方法です。そこから根元にあるブラックホールの自転の有無を確かめようとしました

ジェットの向きが変化する様子をとらえた画像
画像提供:Cui et al.(2023),animation by Kazuhiro Hada

ブラックホールとその周辺にある降着円盤に対し、ほぼ垂直に噴き出しているジェット。23年間にわたる観測の結果得られた170枚あまりの画像を解析したところ、このジェットが約11年という一定の周期で円を描いて元の位置に戻っていることが分かりました。 

(ブラックホールと降着円盤、ジェットのCG 
 映像提供:Cui et al.(2023),Intouchable Lab@Openverse,Zhejiang Lab)

これは、傾いても倒れず周り続けるコマを想像すると分かりやすいかもしれません。コマの軸が円を描くような軌道で回り続けている様子がイメージできると思います。コマの軸にあたるのが「ジェット」。コマそのものが「ブラックホール」と置き換えてみると。ジェットは円を描くように動き、元の位置に11年かけて戻ることがわかったのです。この「一定の周期でジェットが噴き出す方向が向きを変える」現象はブラックホール自体が自転をしていないと起きないとされているのです。(ちなみに、秦さんを始めとした研究グループによると、この現象こそが「アインシュタインの一般相対性理論を基に提唱されていたレンズ‐シリング歳差運動」とのことです…)

100年以上前に提唱されていたこの現象が確認されたことで「ブラックホールの自転を示す新たな証拠」が得られたとして、国立天文台を含む世界45の研究機関の国際共同研究の成果が、イギリスの科学雑誌「ネイチャー」に掲載されました。

研究を支えた観測所の施設

水沢の観測所にある電波望遠鏡

観測の中心を担ったのは水沢の電波望遠鏡を含む日本、韓国、中国にある13局の電波望遠鏡です。日本はこのうち7か所。水沢は日本で最も北にある電波望遠鏡です。
2013年から10年に渡り「M87」ブラックホールを100回以上観測してきました。一見すると十分に大きなアンテナを持っているように見える電波望遠鏡ですが、5500万光年も離れた銀河から届く電波を観測するには、より大きいアンテナで電波をとらえる必要があります。

画像提供:国立天文台

そこで、世界各地にある電波望遠鏡で同時に同じ銀河を観測することで、あたかも地球規模の1つの大きなアンテナで観測しているような性能を引き出したのです。その性能は最大で直径5100キロのアンテナを持つ電波望遠鏡に相当するそうです。
 

世界規模での正確な観測にはわずかなタイミングのズレも許されません。そのため、水沢の観測所には1億年で1秒しかズレないほど精密な原子時計が設置されています。この原子時計で、国内はもちろん海外の望遠鏡とも観測のタイミングを緻密に合わせるのです。

天文学専用スーパーコンピューター アテルイⅡ

こうして撮影してきた画像に加え、海外の研究機関の観測で得られた画像もあわせた170枚あまりの画像を分析・解析したのが、観測所内に設置されている天文学専用のスーパーコンピューター「アテルイⅡ」です。 

国立天文台水沢VLBI 秦和弘 助教
アテルイⅡは通常のコンピューターの1万倍の性能があり、疑似的に宇宙やブラックホールの周りの様子を再現できる。

アテルイⅡによるシミュレーション結果
画像提供:川島朋尚、高橋博之、大須賀健

これまでの観測で得られたデータとスーパーコンピューターを使い、ブラックホールが自転しているときにジェットの噴き出す向きがどう変化するかシミュレーションをしたところ、実際に観測された11年という周期に近い運動となることが確認され、観測結果の正しさを裏付けることになりました。

更なる謎の解明へ 観測は終わらない

ブラックホールの自転を示す世紀の発見となった今回の結果。長年の研究の成果について秦さんは。

世界中の研究者が追い求めてきたブラックホールについての1つの大きな隠された謎を、自分たちが最初に解き明かしたということで非常に感慨深いものがありました

しかし、ブラックホールの自転を示せたことは終わりではなく、次のさらなる謎を解明するステップだと言います。秦さんたちの研究グループは、次はブラックホールの動画も作成して、ジェットの噴き出す向きが変わる動画と比べることで、ブラックホールの自転速度やジェットが噴き出す理由などを解明していきたいとしています。

これでブラックホールやジェットに関してすべてが解決したわけではありません。今回の経験、発見が、さらに大きな謎の解明につながる、次の大きなステップになったと思います。宇宙の仕組みを解明するために、これからも観測を続けていきます

  • 渡邊貴大

    NHK盛岡放送局

    渡邊貴大

    平成25年入局
    災害、医療、経済を中心に取材。
    宇宙へのあこがれは好きなアニメにも影響。機動戦士ガンダムや天元突破グレンラガンなどの大ファン。

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