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岩大生がつなぐ、県産ビール麦作りへの挑戦

  • 2023年03月23日

2023年1月、岩手県産のビール麦を使って作られた、初めての県産原料100%のクラフトビールが完成しました。
その名も「つなぐビール」。
地元の農家や醸造所をつないで、この新たなビールに欠かせない麦を育てたのは、岩手大学に通う1人の学生でした。彼がビール麦作りにかけた思いとは。 (盛岡放送局 記者 渡邊貴大)

※3月23日おばんですいわて内で放送。動画リンクはページ下部に。


農地復興の起爆剤となるか、ビール麦!

佐藤稜さん

 岩手大学農学部に通う、長野県出身の佐藤さん。中学生のころから福島や宮城にボランティアに通う中で、被災地で復興に関わりたいという想いを強くしていったといいます。大学に入学すると、被災地の復興の課題を探るため、毎週のように沿岸部に通ったといいます。その中で佐藤さんの目についたのは、農業の衰退でした。

岩手大学農学部4年 佐藤稜さん
岩手県の沿岸部というと水産業が盛んなイメージがあるんですが、実は農業も震災と津波のダメージに加えて、高齢化や人口減少の影響で深刻な問題を抱えていました。年を取って離農するという人が増え、担い手も不足している中で、耕作放棄地の活用が課題になると感じました。

ビール用の大麦

 被災地の農地を活性化する起爆剤となる農作物はないか。様々な候補を考える中で、佐藤さんは岩手の特産、ホップにも深くかかわるある農作物を候補にあげました。それが、ビール用の大麦です。

岩手大学農学部4年 佐藤稜さん
岩手はビールに使われるホップの生産量が日本一です。しかし、同じくビールに使われる大麦はそもそも国産割合が低く9割を海外からの輸入に頼っている状況なんです。県産のビール麦ができてそれを買ってもらえれば収入の流出も止められると考えました。

麦を収穫する佐藤さん

 アイデアを思いついてからの佐藤さんの行動はとにかく迅速でした。3年生の春に自ら学内に「クラフトビール部」を立ち上げ、陸前高田市の農家と、県内最大手のビール醸造所と直接交渉。大麦を育てる土地を確保し、育てた大麦を買い取ってもらう契約を取り付けると、初めての大麦づくりに取り掛かりました。秋には、使われていなかった畑を耕して大麦の種をまき、冬場は麦を強く育てるための麦踏みを雪の積もる中、部員総出で行いました。そして、麦が立派に実った夏には、手作業で刈り取り、初めての大麦が出来上がりました。

岩手県産の大麦で作ったビールの出来は?

 この冬、収穫した大麦を使って盛岡市内の醸造所で作られたのは、岩手県産の大麦とホップを使って作られた、初めての県産原料100%ビール。佐藤さんはこのビールを「つなぐビール」と名付けました。

 1月に盛岡市内で開かれたこのビールのお披露目会には、生産に関わった農家や醸造所の社長、それにクラフトビール部の部員など30人が集まりました。ビールを醸造したベアレン醸造所の嶌田社長の「乾杯!」の発声とともに、一斉にビールを味わいました。

 参加者からは「すごく飲みやすい味でいろんな方に楽しんでもらえるビールだと思う」とか、「こんなに美味しいビールが岩手県産の材料だけできるんだったら、友達が遊びに来た時に出したら喜ばれそう」といった声が聞かれました。私もお披露目会の取材の後に1口飲ませてもらいましたが、大麦(モルト)の風味とホップの苦みのバランスが絶妙で、すっきりしたのど越しでとても美味しかったです。

ベアレン醸造所 嶌田洋一社長

ベアレン醸造所 嶌田洋一社長
まずは無事にできて本当に良かったです。こうしたビールを作れたのは地元の会社として非常に誇らしい。1年余り前に佐藤さんから話を聞いて、本当に素晴らしい取り組みだと共感しました。これでゴールではなく、地域の方々に応援してもらえるよう、ぜひ多くの方を巻き込んで、地域で回して経済を元気にしていくという形を作っていきたいという気持ちを新たにしています。

岩手大学農学部 佐藤稜さん
手前味噌になりますが、評価としては300点くらいつけたい気持ちです。最初は何から始めようというところから、ビール麦を作り始めてからは醸造まで1年間足らずでたどり着くことができて、協力してくださった人たちに感謝の気持ちでいっぱいです。実際にビールが出来上がってみると、飲んでいただく方に喜んでいただくビールが目指すものだと実感します。

ビール麦で広がっていく「つながり」

 クラフトビール部を立ち上げてから1年半ほどと、最短で結果を出した佐藤さん。いま、その取り組みへの関心が高まり、つながりが広がり始めています。陸前高田市だけでなく、内陸の紫波町でも耕作放棄地を活用した麦栽培に着手。こちらは役場の協力も得ながら複数年単位で栽培面積を拡大していく計画です。さらに、陸前高田市でも佐藤さんの取り組みに関心を持つ農家や団体が出てきています。

つなぐビールプロジェクト

こうしたつながりの拡大を生かそうと、佐藤さんは地元の醸造所などと連携し、ビール麦を沿岸や内陸の県内各地で生産していくプロジェクト、「つなぐビールプロジェクト」を立ち上げました。2030年までにビール麦の生産面積を、現在の0.2ヘクタールから140ヘクタール(なんと700倍!)に増やし、県内にシリコンバレーならぬ、「モルトバレー」を作ろうというのです。

 1人の学生が思いついて育て始めたビール麦がこれから多くの人をつないでいって、岩手の農業に新たな風を吹かせてくれる。そんな期待を抱かせてくれる佐藤さんの挑戦はまだ始まったばかりです。

岩手大学農学部 佐藤稜さん
ビールの完成がゴールではなく、ようやくスタートを切れたかなというところです。地元で原料から作られて、地元の方が加工して地元で飲まれるというビールを通したつながりみたいなものが生まれたら、岩手県内の農地を保全して今後の世代に渡っての資源を繋いでいくということにもなります。長く、そしてより多くの人たちをつないでいけるプロジェクトにしていきたいです。

 
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