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SL銀河 支えた検修員の“愛”と“情熱”

  • 2023年06月05日

JR釜石線を走るSL銀河。その存在は知ってはいましたが、私はことし2月、ラストシーズンに向けた火入れ式の取材に行きました。もともと路面電車やSLの取材をしたことはあったものの、SL銀河は間近で見たその重厚感が圧巻で、1発でやられてしまいました。なぜ沿線の人や鉄道ファンを魅了するのか、わかった気がしました。SLって格好いい!その現場で、安全運行のためにさまざまな点検などを行っている「検修員」という人たちの存在を知りました。少し話をさせてもらい、お聞きしたSL銀河への思い。そして高いプロ意識。老朽化のため6月11日での引退が迫る中、ベテラン、そして若手の検修員にラストシーズンへの思いを取材しました。                          (盛岡放送局 記者 渡邊貴大)

“運命の出会い”に導かれ・・・

5月10日に盛岡市にあるJR東日本盛岡支社のSL検修庫で行われた、SL銀河の点検。
8人の検修員が蒸気の出方や配管の状態などを入念に調べていました。

阿部美月さん

この日、蒸気機関の圧力点検のため運転席に座ったのはSL銀河担当4年目の阿部美月さん(28)。
阿部さんが圧力を操作するハンドルを動かすと、車体の下部から勢いよく蒸気が噴き出していました。
阿部さんがなぜ検修員となったのか。運命の出会いが8年ほど前に地元の遠野市でありました。

検修員
阿部美月さん

帰省のために地元で車を運転していたとき、踏切で止まっていたら、いきなり目の前をSL銀河が通っていって、「ワオっ!」って感動しました。今まで見たことない、黒光りする古い車両への驚きがあったのが一番で、SLに関わる仕事をしてみたいと、最初の人生の分岐点がそこでした。

物作りに興味があり、岩手大学で機械科学を学んでいた阿部さんにとって、動く仕組みが目に見えて走っている姿はとても魅力的に映り、どんどんとSLの魅力に引き込まれていったと言います。就職先にJR東日本を選び、検修員となった阿部さん。まずは在来線の整備を担当し、3年前からは念願かなってSL銀河の担当となることができました。

阿部美月さん

会社に入ってからもずっとSL銀河に関わる仕事をやりたいやりたいと言い続けていたので、やれることになってうれしかったですね。目標でもあったので、決まったときはヨッシャー!って感じですごく喜びました。

しかし、それまで行ってきた在来線の点検との違いに戸惑うことも多くありました。

戦前の1940年(昭和15年)に製造された蒸気機関車。総重量は100トンにもなり、時には100キロを超える部品を手作業で運ぶなどしなければならないこともあります。
さらにマニュアルが少なく、検修員の感覚や経験が頼りの点検も多くあります。蒸気漏れの音や走行中の車輪の連結部分の熱さなど、積み上げてきた経験をもとにした、わずかな違和感を頼りに異変を見つけていかなければなりませんでした。

阿部美月さん

実際にやってみると、前まで担当してきた列車などとの知識とは全く別のもので、今まで学んできた常識とは違う車両を扱っているのだというプレッシャーがすごかったです。先輩が見つけてくれた不具合も私が聞くと全然わからなかったりすることもあって、すごく苦労しました。

支えてくれた“大先生”

まだまだ経験が浅いSL銀河担当の若手検修員のとって頼れるリーダーがいます。

ベテラン検修員 藤村信彦さん

検修員として25年のキャリアを持つ、藤村信彦さん(44)です。
多くの経験と豊富な知識を持つベテラン研修員として、2012年(平成24年)に復活が決まったSL銀河の復元作業から携わってきました。

SL銀河に使われている蒸気機関車は1973年(昭和48年)に廃車となった後、40年近く盛岡市の公園に展示されていました。SL銀河として復活させ走行させるために、盛岡の公園から車体を運び出し大阪や埼玉で復元作業が行われたのです。さびがひどく痛んだボイラーなどを1つ1つ直していくなどの一連の修復作業にも携わり、1年あまりかけて復元しました。展示されていた車体に再び魂を吹き込んだ検修員の藤村さんが重きを置いているのは“SLへの愛”です。

検修員
藤村信彦さん

汚れることも多い大変な仕事なので、好きじゃないとやっていられないと思います。戦前につくられたSLでも、すばらしいところはいっぱいある。点検作業自体もマニュアル化できる部分が少ないので、どうしてもやって覚えるしかない。そうなると自分で考えるしかないんですが、好きにさえなれれば一生懸命に考えると思うので、まずはSLを好きになることだと伝えています。

SLへの愛や点検への情熱。さらには自分で考えながら作業する重要性。銀河担当の若手の検修員たちにも、その思いは浸透しています。
SL銀河担当4年目を迎えた高坂仁さん。初めて煙室内の配管を点検する作業に臨みました。
炎の揺らめきを頼りに配管に異常がないかを確認すると言いますが…。

検修員
高坂 仁さん

先輩から話を聞いて、悪いときは大きく揺らめくと言葉では聞いているんですが、これまで実際に見たことはないので、実際に作業やってみて自分のイメージと少しずつすり合わせていくような感覚です。藤村さんは初めての作業でもまずやらせて自分で考えさせてくれるので、責任感が非常に強くなりました。

積み上げた経験、さらには身につけた感覚が重要な点検作業。検修員に支えられSL銀河は運行開始以来、車両の不具合が原因となる運休はほとんどありません。若手検修員2人に、藤村さんへの印象を聞いてみました。

阿部美月さん

知識の量もすごいですし経験も頼れる先輩で、ひと言でいうなら大先生です!

高坂 仁さん

初めての作業でも、はいやってみて、と任せられる優しさと厳しさもあって、自分にとってはすごい新しい経験をさせてくれる先輩です!

後輩2人からの感想に、藤村さんは…?

藤村信彦さん

見ていると、2人ともニコニコ楽しく仕事しているのでいいと思います。楽しいっていうことはSLのことが好きなのかなと思う。任せられる部分がかなり多くなってきている。1つでも多く仕事を覚えてもらえれば。

笑顔で話す3人

照れ隠しもあってか、少しはにかむように笑いながら2人に言葉をかけていました。

SL銀河“ラストシーズンは私たちに”

SL銀河は客車の老朽化や部品の調達が難しくなり、6月11日で引退することが決まっています。検修員も今後は別の車両の点検に従事することになります。

自分の将来を決めるきっかけとなってくれたSL銀河がラストシーズンを迎えることは、一抹のさみしさもあるという阿部さん。

阿部美月さん

故郷を走っているSLというだけでなく、自分がやりたいことが固まったその瞬間に出会わせてくれた存在なのでちょっとさみしいですね。

それでも、残り数回の運行をすべて走り切れるように引き続き整備していこうという強い責任感を持って仕事に臨んでいます。こうした思いを持つようになったのは、検修員としてSL銀河に同乗した際に見た乗客などの姿でした。

阿部美月さん

沿線の住民の方や乗車するお客様から笑顔でSLが楽しかったと言ってもらったり、笑顔で手を振ってくれたりするのを見て、これまでやってきて良かったなという思いが強いです。

検修員を率いてきた藤村さん。特別な思い入れがあるSL銀河の引退を惜しみながらも、若手の検修員は今後につながる経験を得たのではないかと感じています。

藤村信彦さん

復元から携わってきたので運行が終わってしまうのは残念です。それでも、マニュアルがない中で考える力というのを養ってもらった経験は、いろんな業務に役立つと思うので、乗ってくれるお客さんのために普段からメンテナンスをしていくということは、今後、鉄道人生が終わるまでその気持ちを忘れずに業務に励んでもらいたいと思っています。

 

  • 渡邊貴大

    NHK盛岡放送局

    渡邊貴大

    平成25年入局
    災害、医療、経済を中心に取材。

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