住まい選びで後悔しないポイントは 再開発地域の思わぬ“落とし穴”?
子育てをしやすい街に住みたかった。新しくてきれいな町並みが気に入った。こうした声が駅前に高層マンションが建ち並ぶ再開発地域で数多く聞かれる一方、思いも寄らないリスクに直面したとの声も相次いでいます。
人口が急増する再開発地域では何が起きているのか。再開発地域への移住を検討する人やすでに暮らしている人は、何に注意すればいいのか。街づくりや医療の観点で再開発と向き合う専門家にそのポイントを聞きました。
再開発地域の“思わぬ声”とは
駅前の再開発によって、人口が増加したり、税収アップにつながったりしている自治体も多く、暮らしに満足している住民が数多くいるのも事実です。
しかし今回番組で取材を進めていると、想定外のしわ寄せに見舞われていることも見えてきました。
「子どもが熱を出しても、小児科の予約が取れない。予約開始時間に携帯の前で待機していても、ほんの少し遅れるだけですぐ埋まる」
「グラウンドで遊べる日は週2回か3回。もっと走り回りたい」
「公立の学童もいっぱいで、放課後の時間を埋めるために習い事を掛け持ちしている家庭も多く、お金がかかるとの声をよく聞く」
「市民の増加に医療が追いついていない。新型コロナの感染が落ち着いても、ベッドが埋まり、患者を受け入れたくても受け入れられないことがある」
再開発地域は全国170か所以上 思わぬ“落とし穴”も
再開発はいま、高度経済成長期にできた建造物の更新や人口減少、まちづくりの課題を一気に解消しうる対策として、全国に波及しています。
2023年7月時点で、具体的に進行している再開発事業は全国で177件(公益社団法人 全国市街地再開発協会 調べ)。
高層ビルにすることで、床の面積も増えて売却益が見込めるほか、国や自治体からの補助金も入るため、実質、事業費の負担なしに、街並みを更新できるメリットがあるとされていました。
“人口増加でインフラが追いつかない?”
しかし、人口が毎年1万人のペースで増えているさいたま市では、小学校の児童数が急増し、教室が足りなくなりました。 そこで、校庭の一角に仮設の校舎を建てて教室を確保しました。
ところが、今度は校庭が狭くなり 、昼休みに外で安全に思いきり遊べるよう、曜日によっては、校庭で遊ぶ学年を分けているといいます。
人口10万人あたりの医師数が全国の政令指定都市のなかで最も少ないさいたま市。人口の急増が、地域の小児科や救命救急センターなどのひっ迫にさらなる負荷をかけているとみられています。
人口急増で“地域の象徴”が閉鎖に?なぜ
人口が急増するさいたま市の小学校や小児科、市民プールへの影響について詳しくまとめた記事はこちらからご覧いただけます。
タワマンは搬送が遅れがち?再開発地域の救急医が語る“2つの注意点”とは
今回の取材を通して、人口増加をふまえて医療体制を整備することの難しさも感じました。
再開発事業の多くは、市町村などの自治体が中心に行います。一方、医療体制の整備は都道府県の管轄となる部分が大きく、「自治体と都道府県が計画の段階で、医療的な観点ですり合わせることが少ない」という指摘もありました。
20年にわたり救急医療に携わるさいたま赤十字病院 高度救命救急センター長 田口茂正医師は、再開発地域で安心して暮らしていくために、住民と一緒に考えたい2つのポイントがあると言います。
② 再開発地域にこそコミュニティーが不可欠!
救急搬送は1分1秒を争うものですが、タワーマンションで救急車を呼ぶと、搬送に時間がかかることがよくあると言います。
特に、「入り口」と「エレベーター」の使い方を、地域の消防や救急医と住民との間ですり合わせておくことも大事ではないかと田口医師は言います。
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さいたま赤十字病院 高度救命救急センター長 田口茂正医師
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① タワマンは搬送が遅れがち! 救急車が来たときの訓練を
「大きなマンションになればなるほど『入り口』がたくさんあったり、棟が分かれていたりしていて、救急車がどこに車をとめたらいいか分からなくなることがあります。高いマンションだったら『エレベーター』で上がっていって救命処置をしますが、住民が使っている時間だと、下には到着しているのに現場への到着が遅れることもあります。道路であれば救急車が来たらよけますが、エレベーターには決まりはありません。有事の際はどのような対応をするのがいいか、近くにある救命救急センターとしては住民と一緒に考えたり、場合によっては何か助言できるかもしれないので、話し合いの場や訓練の場をつくることも検討してみてほしいと思います」
② 再開発地域にこそコミュニティーが不可欠!
「マンションがたくさん建つと、核家族化も進むし、地域のつながりが希薄になることがありますが、コミュニティーがあるかないかで健康の度合いは変わってくると思っています。私自身もこれまで医師として、東日本大震災をはじめとした大規模災害や新型コロナウイルス感染症に対応してきましたが、もとのコミュニティーがなくなってしまい、病気になったり心身の不調が起こったりする方々をたくさん見てきました。今から少しずつでも、横のつながりをちゃんと作っていただけたら、いまの住民たちが、少し上の世代になった時でも、安心して、互いを守っていくことにつながります。病院や我々スタッフの体制・環境等を医療政策によって変えていくことも大事ですけど、地域の皆さんが自分たちの街だと思って、いつかお互い助け合わないといけなくなるということを意識してもらうことが大切です。なかなか干渉し合うのは難しい時代だとは思いますが、大規模マンションと周囲にそんなコミュニティーができあがっていったら、それが本当に再開発の成功と言えるのではないかと思っています」
後悔しない住まい選び まちづくりの専門家が語る2つのポイントとは
「住まい選びは、住まいのメリットばかりに目が行くが、広告するチラシやサイトに書かれていないことが重要」
そう指摘するのは、まちづくりについて研究する明治大学・野澤千絵教授です。
特に、再開発などで人口が急増する地域への移住を検討している方々には、2つのポイントについて考え、改めて家族で話し合ってみてほしいと言います。
② 「新しいもの」より「古い建物」のビジョンに注目!
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明治大学・野澤千絵教授
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① 「駐車場」や「古い建物」は多くない?
「家を探すとき、間取りや価格、職場への近さなど住宅としてのメリットばかりに目を向けがちですが、『将来この街はどう変わるのか』を見極めることが非常に大切です。なぜなら、近隣に高いマンションがたくさん建ち、人口が過密化することで、日当たりや眺望だけでなく、保育園・小学校・学童保育・遊び場の不足や、病院・救急医療などの受入れ困難化など、その地域での暮らしやすさにも影響が及ぶからです。
たとえば、住みたいと思った家の周辺に『駐車場がどれほどあるか』を見てみてください。駐車場は、暫定的に利用されていることが多く、将来のマンションやビル開発の種地になる可能性があります。また、利便性が高い地域で木造家屋やビルといった“古い建物”が密集したようなところは、建替えや再開発でまちの姿が大きく変わることもあります。
こうした変化の予兆は、広告するチラシやサイトには書かれていないことがよくあります。自治体のウェブサイトなどで都市計画に関するお知らせや都市計画マスタープランを見るなど、事前に“街の一歩先”の姿もチェックしてみることをオススメします」
① 「新しいもの」より「古い建物」のビジョンに注目!
「人口減少が深刻化し、各市町村が“人口の奪い合い”を繰り広げています。地域活性化のためにと、タワーマンションや商業施設といった『新しいものをつくる』ということばかりに力を入れる自治体も珍しくありません。
しかし、今、つくる建物は100年以上、その街にありつづけ、長期にわたって維持管理をしていかなければいけません。新規開発で一時的にそのエリアだけ人口が増加していても、自治体全体でみると、人口が減少していくところが大半です。“古い建物”に加えて“新しいもの”が増え続けるということは、その対応コストは、将来、一人当たりの税負担として、私たちに返ってくることになります。
つまり、古くなってきた街や公共施設、インフラなどに自治体が今、どう対応しているのか、という視点も極めて重要です。新規開発への公共投資ばかりに終始せず、将来の人口減少にも適応する先を見据えた“都市経営”をきちんと進められているのかもチェックしてほしいと思います」