働き方改革のかげで ~増え続ける精神疾患~
過労死防止法の成立からまもなく10年。この間、日本では長時間労働の抑制など、働き方の改革が進められ、月あたりの平均労働時間は減少しています。その一方で、過重労働などが原因による、精神障害の労災認定は増加しています。働き方改革のかげで何が起きているのか。精神科で出会った30代、40代の働き手の悲痛な声です。
「うつは気持ちの問題だと言われた」 ~中小企業の働き手~
愛知県のクリニックで取材に応じてくれた40代の川口さん(仮名)。従業員およそ70人、工作機械のメンテナンスを行う中小企業に勤めています。勤続20年以上で機器修理・開発に従事していた川口さんは、社長の一言で新しい機器の開発を命じられました。開発のため、新しいソフトを習熟する必要があるほか、並行して自身の業務を行うことになり、残業時間が月60時間以上といった日々が続いたと言います。
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40代 川口さん(仮名)
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「周りに相談しても『時間は自身でつくるしかない』、『私はそのソフトの使い方が分からない』と言われ、休日も勤怠をつけず触れたことのないソフトを勉強する日々が続き、不眠に悩まされ、うつ状態になりました」
約5か月にわたる苦闘の末、開発自体は納期に間に合ったという川口さん。しかし、ストレスチェックを行ったところレッドゾーンに入っていたことから限界を感じ、退職願を提出しました。すると、上司からは思いとどまって欲しいと諭され、総務部にまずは産業医の診断を受けるようすすめられました。そして、産業医のもとをたずねると「私に何がして欲しい?」と言われた上に、その後、社長からかけられた言葉にがく然としたと言います。
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40代 川口さん(仮名)
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「産業医と面談したことで私は社長から個室に呼ばれ、机をガンっと叩かれて産業医のところになぜ行ったんだと叱責されました。そしてうつは病気ではなく、気持ちの問題だと暴言を浴びせられました」
さらに、周りの上司たちは誰も社長に逆らわず川口さんの窮状を見て見ぬふりをしたと感じ、孤立感を深めたという川口さん。現在、うつ病と診断され、休職しています。ところが週に1度は会社に呼ばれ、いつごろ復帰できるかを聞かれ続けていると言います。
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40代 川口さん(仮名)
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「部品ですね。我々は・・・」
取材の最後にぽつりと話した川口さんは無表情でした。
「部下が限られる中でのプレッシャー」 ~管理職の公務員~
企業だけでなく公務員も過重労働などで悩む人がいます。栃木の精神科病院で出会った30代の公務員、林さん(仮名)は、部下を持つ管理職になったことで、慣れない仕事と仕事量の増大が引き金となり、現在、休職しています。
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30代 公務員 林さん(仮名)
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「公務員の仕事は正確であることが当たり前で、たとえうっかりミスであっても間違えてしまうと大きな問題になるなど世間から常に厳しい目を向けられています。また、年々、住民のニーズが多様化する傾向にあり、よりわかりやすく丁寧な説明を要求されることが多く、その分、仕事量も増えていることは確かです。わたしは不安や焦燥感が強く、強いプレッシャーを感じると胃腸にも痛みがでてしまい、出勤前に3、4回トイレに行くこともありました」
さらに管理職になったことで責任の重さをより感じるようになったという林さん。それまでは、異動後は、わからない業務は毎日のように前任者に細かく教えてもらっていましたが、次第に聞くことすら申し訳ないという思いにかられ、他の人と同じようにできないことをとても怖れるようになっていったと言います。自ら几帳面だという林さんは、新たな部署で必要な分野の制度や法律などの専門知識を独学で勉強し、次第に抱え込むように。また部下への指導だけでなく、部下の仕事も引き受けるようになり、就業時間が長くなってでもやらざるを得ないというプレッシャーが増していきました。
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30代 公務員 林さん(仮名)
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「家に帰っても仕事のことが頭から離れず、休日も仕事をしなければと思ってもやる気が出ず、仕事は片付かない状況で追い詰められていく一方でした。仕事から解放されてくつろぐことがほとんど無く、今思えば、うまく休むことができていなかったのだと思います」
現在、林さんは、病院で同じ精神疾患の人たちとリハビリのプログラムを受けています。農園で野菜や花を植えたり、好きな絵を描いたり、音楽を聴いたり、自由に時間を過ごすことで自分の今までの働き方を見つめ直すことにつながっていると話していました。
精神科医「職場の環境が健全か確認を」
診療に当たっている精神科医は「職場での叱責や長時間労働で疲弊し、抑うつ状態に陥り、意欲の減退が出現してきます。希望がもてる社会の再構築が肝心で医療だけでは限界があり、雇用側も今一度、職場が健全かどうか再確認してほしい」と指摘しています。
誰もが安心して働ける職場をどうやって実現するのか。働き方改革が進む中で、改めて問われています。
悩んだら相談を
不安や悩みを抱える人の相談窓口です。SNSなどでの相談窓口は、厚生労働省のホームページで紹介していて、インターネットで「まもろうよこころ」で検索することもできます。
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