いつもの「いってらっしゃい」から半年 戻らない夫を探して
いつものように散歩に出かけた夫は、そのまま行方が分からなくなりました。
認知症と診断されていたものの、名前も住所も言えた夫は今、どこにいるのか。
家族の切実な声です。
(「クローズアップ現代」取材班)
NHKでは「認知症行方不明者」についての取材を続けています。情報提供は窓口「スクープリンク」よりお寄せください。
名前も住所も言えたのに… 帰ってこなかった認知症の夫
長崎市の坂本秀夫さん、73歳。地元の洋食店で腕をふるい、評判のシェフでした。
11年前に認知機能の低下がみとめられ、「若年性アルツハイマー型認知症」と診断。徐々に症状は進行したものの、自分や家族の名前、家の住所ははっきり分かり、医師からは「ひとりで出歩いて家に帰れなくなるレベルではない」と言われ、症状は「軽度」だと家族は考えていたといいます。
ことし4月16日の夕方4時ころ、散歩のために家を出た秀夫さん。妻の悦子さんは、いつものように見送りました。玄関を出ていく秀夫さんに特に変わった様子はなかったといいます。
普段なら夕方5時の夕食には戻ってくるはずですが、この日は帰ってきませんでした。心配になった悦子さんが、秀夫さんの携帯電話に電話をかけると、「いま帰りよる」と慌てた様子の声が聞こえ、何も聞けないまま電話は切れました。
その後、携帯電話は電源が切れたのか、不通に。いくら待っても帰宅しなかったため、警察に通報。翌日朝からは警察犬が出動して家の近くでの捜索が始まりましたが、自宅から20分ほど坂道を上った公園の広場から先を追うことはできませんでした。
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妻・悦子さん
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「もう本当に「普通に散歩行ってくる」だけでした。いってらっしゃいっていう感じで。今まで迷子になるとか、1回もそういうことはなかったので突然のことに呆然としています」
認知症の診断後も仕事を続け、退職後は家族と長崎や佐賀の温泉を巡るなど、穏やかに暮らしてきた夫婦。
実は、悦子さんは秀夫さんが認知症を患っていることを地域の民生委員や自治会長、近くの商店街の人たちにだけは伝えていました。認知症であることをまわりに言うことは抵抗があったものの、もしもの時に助けになるかもしれないと思ったからです。しかし、それでも行方不明になることを防げませんでした。
秀夫さんの行方が分からなくなってから悦子さんは昼も夜も、部屋の電気をつけたままにしてきました。夫がいつ家の近くに戻ってきても、明かりを頼りに帰って来られるようにと思ったからです。リビングの壁にかけられた秀夫さんの薬入れは、行方不明になった4月16日のままになっています。
しかし、行方不明から半年たった今、悦子さんは寝るときは電気を消すようになりました。
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妻・悦子さん
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「もっと多くの近所の人に伝えるとか、できることはあったのではないかと。あきらめたくはないけれど時間がたち過ぎてしまった」
父はどこに… 探し続ける娘の思い
秀夫さんの娘の愛子さんも父を探し続けています。
長崎市内を中心に、秀夫さんの写真付きのチラシを2600枚配ったり、SNSで情報提供を呼び掛けたりしてきました。
すると8月には、自宅から100キロ離れた福岡市で「似た人が座り込んでいた」という情報が寄せられたため、探しに行きましたが、手掛かりはありませんでした。
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長女・愛子さん
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「何か月も長崎を一生懸命探したから見つかってもおかしくないと思います。もし何かの事故で亡くなったとしたら、どこかのタイミングで見つかると思うが、それもない。どこを探せばいいかもう分からないけれど、探し続けるしかないです」
10年で2倍になった「認知症行方不明者」 どうすれば
認知症やその疑いがあり、行方が分からなくなった人は、去年、全国でのべ1万8700人余り。10年で2倍に増え、過去最多になっています。
すぐに見つかる人が大半ですが、認知症の高齢者の生活支援を研究している京都府立医科大学の成本迅教授は、認知症患者数の増加とともに行方不明になる人も今後さらに増えていくと指摘しています。さらに「軽度の認知症」や「診断がついていない状態」のひとに注意が必要だといいます。
たとえば、外出中に曲がる角を間違えてしまっただけでもパニックになってどこにいるか分からなくなると、そのまま疲れて倒れるまで歩き続け、行方不明になってしまうリスクがあるというのです。
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京都府立医科大学 成本 迅 教授
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「地域の認知症の方で診断がついている方は3割程度という調査もあり、多くの方は認知症であることを本人も周囲も認識せずに過ごしておられます。自分の名前はもちろん、落ち着いている時は人に尋ねたりすることができる能力があっても、普段と違うことが起きてパニックになると普段の能力が発揮できなくなるためです」
行方不明になるのを防ぐにはどうすればよいのか。
早期診断で「認知症であること」を本人と周りが認識することや、地域で道に迷っている様子の人を見かけたら、積極的に声をかけることなどをしていくことが重要だと成本教授は指摘しています。
金婚式を迎えた日 夫を探し続けて
夫が行方不明になったまま迎えた9月29日は、秀夫さんと悦子さんにとって「金婚式」の日でした。
この日、悦子さんは捜索する場所の新しい手がかりにならないかと昔の写真を探し、娘の愛子さんは情報提供のあった場所を探して過ごしました。
「1日でも早く帰ってきて欲しい」。家族はそう願い続けています。
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妻・悦子さん
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「50年たったねっていうのを2人で一緒に食事したかったですね。金婚式という きどったものではなくて、2人でここまで来れたねっていう、お互いにそう言えるのを考えていました。帰ってきたら、2人でささやかなお祝いをしたい。それだけです」