“なぜ避妊しないのか” 男性が『射精責任』を読んでみたら・・・
「ものすごい勢いで“男性はこれを知るべきだ”ってたたき込まれた気分」
「男性だけが責められるのはおかしい。女性も責任は半々なのでは」
この夏、話題になった書籍『射精責任』を読んだ男性たちの声です。
「望まない妊娠のすべての原因が男性にある」という本のメッセージをどう読んだのか。
20代から60代の“一般男性”の本音トークから見えてきたのは。
中絶をめぐる議論 出発点を「射精責任」に
『射精責任』は「望まない妊娠のすべての原因が男性にある」という一文から始まります。
人工妊娠中絶の是非をめぐって分断が深まるアメリカで去年(2022年)出版され、大きな話題を呼びました。
原題“Ejaculate Responsibly”は「責任をもって射精せよ」という意味。
本は28の提言と学説・統計を駆使して「男性が責任ある射精をすれば望まない妊娠を防ぐことができる」ことを指摘します。
例えば・・・
・男性の生殖能力は女性の50倍
・女性の排卵時期は予測が難しくコントロールできないが、射精は違う
・女性は妊娠から途中退場できない
・無責任な射精をする男性のリスクはゼロ
・男性は自分の肉体や性欲を管理できる
「プロライフ(胎児の命)かプロチョイス(女性の選択権)か」で対立する中絶論争の出発点を、望まない妊娠をする“前”に引き戻しています。
日本でも7月に翻訳本が出版されると、発売前からSNSで共感や批判などさまざまな書き込みが広がり話題を呼びました。読んだ人に話を聞くと、男女で受け止め方に温度差があることも見えてきました。
ブックイベントなどで参加者の多くを占めていたのは女性。もともと、中絶や予期せぬ妊娠の話題になると男性の姿が見えなくなることに問題意識を持っていたといいます。
「本当に至極まっとうなことで、何で今まであまり言われなかったのかなって。よく言ってくれたなと思いました」
「ニュースでトイレに赤ちゃん遺棄のニュースが出るたびに責められるのは女性ですよね。だけど1人では妊娠しない、絶対相手の男がいるわけだから」
「男性の考えるセックスと女性の考えるセックスって範囲が全然違う気がする」
一方、男性からは戸惑いの声も。
「そういう視点で語られたことって確かに今まで聞いたこともなかった。目を見開かされた気がしました」
「言っていることは正しいと思うんですけど、全部男の責任と言われると・・・女性も関与しているから責任は半々なのでは」
「男性をひとくくりにされると違和感がありますよね」
【ショート動画①】『射精責任』を読んで
なぜ僕たちは避妊しないのか
男性たちは避妊についてどんなことを考えているのか。
本を読んだ20~60代の男性に集まってもらい、率直に話してもらうことにしました。ファシリテーターは恋愛やジェンダーをテーマに発信する、文筆家の清田隆之さん(43歳)です。
清田さんはまず自身の反省もふまえて「男性はなぜ避妊しないのか」問いかけました。
自分自身も避妊をしないで挿入行為をしたことがあったので、なんであんなことをしてしまったのかなぁと。SNS上では「男性の征服欲とか支配欲みたいなものが、コンドームをつけることを邪魔しているんだ」みたいな言説をよく目にしたんですけど、そんなことよりも、もうちょっとなんか、受け入れてほしいとか、許されたいとか、弱々しい感情や感覚のほうがむしろリアルにあるんじゃないのかなと。
「入れる前にコンドームをしなさい」といったときの、この時間差。もしかすると男の中に変な威厳みたいなものがあって、この時間差で萎えちゃヤバイなっていう気持ちがあるんじゃないか。
そもそも射精に関して「責任」って考えたことがなかった。清田さんと同じで、僕も避妊せずに挿入したという経験があって。そのときパートナーから「いいよ」と言われたんですけど、その合意の度合いがどれぐらいなのかって厳密に突きつめると結構微妙で、そこで妊娠してしまったらパートナーにとっても想定外の出来事になって、たぶんもめたと思うんですよね。
対等な男女関係だったら、やっぱり相手のことも思うし、避妊すると思うんですけど、でも現実問題、対等ではない男女関係がそもそもあって、そこが望まない妊娠が起こる一番のケースになっている。その対等ではない男女関係における望まない妊娠を防ぐためにはどうすればいいのかなって。
“射精は本能”“制御できない”ってホント!?
射精責任をめぐる議論の途中で飛び出したのが「射精はコントロールできるのか?」という疑問。男性たちの間でも意見が分かれました。
(本の内容は)知識として知れて良かったし、みんなに知ってほしいと思ったんですけど、とはいえですよ、射精という行為って、そんな理性的にできるんでしたっけ?というのもあるんですよ。ある意味、野生の感情が出たときに、果たしてどう止めるのか。ここがすごく難しいなって。当然、野生を縛ることは99.9999%やったほうがいいとは思いますけど、0.0001%、制御できないものがあるかもしれない
私も、インサートしていたら射精をコントロールできるかなって思うと、本当はその前から、きちんと理性を持って考えていかなきゃいけないということになるのかな。
射精は本能でコントロールできないという見解に、真っ向から反対する声も上がりました。
少なくとも私の経験上、射精はコントロールできます。(性行為は)双方的に幸せになれる行為だと思っているので、そこを前提に考えるのであれば、避妊するっていうのは至極当然なことだと思っています。
男の中にも多様性がすごくあって、それを今、男ひとくくりに話をしてしまうと非常に恐い。膣内に射精するかどうかなんてコントロールできるに決まっているんですから。そもそも、そういう空気感みたいなものがつくられているということが、ある意味、今までの培われた男性観の現れかなって。
清田さんは「射精は本能」説の背景にあるものに目を向けるべきだと指摘します。
「男としての本能が」とか「止められないじゃん、そういうときって」とか、ふわっとした言葉でくるまれちゃって、なんとなくそれが流通して、社会的に共通認識になっている。意地悪な言い方をすれば、すごく男性にとって都合のいい状況が続いていると思うんですね。その「本能」というパッケージでくるまれたものにメスを入れて、避妊しない時に男性の中で何が起きているのかを言語化できたらと思います。責めるとか責任を追及するのではなく。
“ナマ自慢”へのモヤモヤ 男性にも
なぜ避妊しないことが許容される状況が生まれるのか?それぞれの記憶をたどると、“男性同士のノリ” の存在が見えてきました。
中高生ぐらいになってくると初体験の話をやっぱりするわけですよ。だんだん徐々に、男の沽券(こけん)に関わるみたいな感じというか、「ナマでするのがいいよね」というような漠然とした価値観みたいなものが僕の周囲ではあったので。そういうものがそうさせている部分もあるんだろうなと思いますね。
僕の周りでも「俺、ナマでやった」とか自慢げに語る人はいます。ちょっとヤバいよねという空気感にはなるんですけど、「あいつヤバいよね、おもしれえわ」みたいな感じで、本当にふわっと流されちゃうんですね。ちょっとル-ルに対して反抗的、悪ぶっているのは格好いい、みたいなのはあると思います。
こうした男性同士のノリに違和感を持ってきたという人も。
いや意味がわからない(一同笑)。
年齢の近い、ほぼ男だけの飲み会で「ナマでやった」みたいな話を聞いて、私は真っ先に「キモっ」て思った。それ(そういう会話)を受け入れるのすら私は意味がわからない。でも、(その場で「意味が分からない」と)言えなかったのをすごく後悔していて。
「俺、タバコ吸ったことあるよ」とか「俺、酒飲んだことあるよ」と言っているのと同じレベルな部分もあるのかなって。
(性行為は)相手があるのにそれを言っているのは超絶ダサいよねっていうのが、なぜか共有されない。
【ショート動画②】『なぜ避妊しない?』
避妊と男性 社会をどう変える?
こうした「避妊しない男性」を個人の問題にせず、社会としてどう考えていけばいいのでしょうか。
これはヤバイ男たちだけが気をつけるべき話なのか?自己責任で学んでアップデートしてね、ヤバイ男にならないでね、という話ではないと思うんですよね。社会として『射精責任』を担えるだけの知識や判断力をみんなが持ちたい、というのが目標だとすれば、どうしたらいいんだろうか。
この本ですごくいいなと思った例えが、シートベルトみたいに交通マナーみたいにしたらいいんじゃないか。ずっとやっていけば、それが普通になってきて、コンドームつけることも同じように意識的というよりは無意識で刷り込むレベルで教育していけば、もしかしたら抑えられるんじゃないかな。
女性がセックスの時に性について男性と平等に話し合える状況、やっぱり女性から言いにくいっていう部分って絶対あると思うんですけど、その時に女性からもちゃんと言えるような空気感、そういう文化を作っていくことは1つ重要なんじゃないか。
男社会って言われているこの日本の中で、そういうバイアス自体をこれはなんとかして壊さないとまずはダメだ。それは男も女もそうだと思ったんですね。男性だけが議論するんじゃなくて、間違いなく半分は女性が入って議論しなきゃいけない。
【ショート動画③】『避妊を当たり前にするには』
性や生殖について男性も含んだ議論を
「妊娠出産周辺のことが女性中心で語られる現状を、変えていかないといけない」
「なぜ女性が主体的に避妊する選択肢しか取り上げないのか不思議」
これまで、予期せぬ妊娠や女性の避妊法について取材した際に寄せられた声です。確かに“男性”という存在が抜け落ちていたことにハッとさせられました。
その反省をふまえて開催した今回の男性たちの本音トーク。
「無責任な射精」という言葉でひとくくりにしがちですが、その中には避妊をめぐって男性側が抱える複雑な心情があり、取り巻く文化・価値観の捉え方も様々あることが見えてきました。
「男女どちらに責任があるか」という対立ではなく、特に男性についてあまり言語化されてこなかった、もしくは無意識に受け入れてきた“当たり前”を、男性も女性も一緒に対話しながら解きほぐしていくことが大切なのだと感じています。
参加者の1人からは後日、こんな感想も届きました。
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松浦さん(20代)
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性について勉強し、ある程度は理解していたつもりでしたが、集団から切り離された個人としてだけでなく、「男性社会の一部としての自分」に対しても、自ら積極的、客観的に評価する必要があることに気づけたのは大きな収穫でした。自分が無意識的にマッチョイズムに寄与していないか、そしてそれによって周りの人を傷つけていないか、気をつけていきたいです。
男性の”性”に関するアンケート (nhk.or.jp)
【関連番組】
取材した内容は、2023年12月6日 (火)に「Nらじ」(ラジオ第1)で放送しました。