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  • 2023年12月1日

「射精責任」を性加害者向けの包括的性教育で利用 斉藤章佳さんの狙いは

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“望まない妊娠のすべての原因が男性にある”

こんな言葉から始まる書籍「射精責任」が7月に販売され、大きな反響を呼んでいます。
刺激的なタイトルや内容に賛否が集まるなか、性犯罪加害者を対象とした性教育プログラムにこの書籍を利用しているという専門家がいます。
活用しはじめた理由や、本から読み解いたことについて聞きました。(全2回の後編/前編はこちら
(首都圏局/ディレクター 田中かな)

「射精責任」で性的同意を学び 対話のきっかけに

「射精責任」はアメリカの人気ブロガー、ガブリエル・ブレアさんが執筆し、アメリカでベストセラーに。7月に日本でも翻訳本が発売されました。

望まない妊娠の原因は男性にあること、また男性にとって望まない妊娠を避けるのは難しくないことを主張し、その理由についてさまざまなデータを用いて語っています。

書籍の内容や、書籍を使った大学での授業を取材した記事はこちら。
前編記事:「射精責任」が話題 望まない妊娠の原因は男性に? 授業で使う大学も

この書籍を性犯罪加害者の臨床に活用しているのが、精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さん(44)です。

長年、性犯罪加害者の治療や研究をしてきた斉藤さん。自身が勤める精神科のクリニックで、包括的性教育プログラムをおこなっています。

参加者は、痴漢、盗撮、不同意性交などの加害経験者。全員が、逮捕され、刑事事件になったあと、弁護士や家族の相談から治療につながった人たちです。

斉藤章佳さん
「『射精責任』は心に刺さるところがたくさんありました。この本は性的同意がベースの話だと思います。性的同意は、性行為をするときにアクションを起こす側は積極的な同意を取るということが基本です。

でもこの本ではもう少し踏み込んでいて、その性的同意は性行為には同意しているけど、膣内射精や妊娠に同意しているわけじゃないと言っている。性的同意を深く学ぶ上で、大事な一冊だと感じました」

包括的性教育では、体の機能や構造について学ぶ従来の “性教育”の枠を超え、人権や性的同意、避妊や性感染症などセクシャリティーについて幅広く学びます。

プログラムに「射精責任」を取り入れたのは11月。1回目は13章「望まない妊娠は、すべて男性に責任がある」を性加害経験者と読み合わせし、感想を話し合いました。

ガブリエル・ブレア「射精責任」より

私が本章で議論したいのは、すべての望まない妊娠の原因は無責任な射精にあるということ。簡単に言えば、すべての望まない妊娠の原因は、すべて男性にあるということです。

確かに精子が受精するためには卵子が必要不可欠ですが、卵子と精子の役割は根本的に違います。どこで精子を放出するのか、いつ放出するのかを管理するのは男性であり、女性は卵子をコントロールすることは一切できないのです。(中略)

もしかしたら、こう考えているのではないでしょうか。でも、同意の上のセックスなんだから、望まない妊娠の責任は二人にあるじゃないか!

そうかなあ。同意の上のセックスとはいえ、最終決定権は男性にあります。例えばこんなふうに。

ステップ1 女性がセックスに同意する。
ステップ2 男性が責任ある射精をするかどうかを決定する。

女性がセックスに同意することが、ヴァギナのなかに射精することを男性に強制するわけではありません。

参加者の中には、本の内容に反発する人も、当たり前のことが書かれていてしっくりきたと納得する人もいたといいます。このプログラムではさまざまな意見を交わすことを重要視しました。

斉藤さん
「この本から、相手をどう大切にするかということを学ぶという形でやっています。

読んでいると、この中で引っかかってくる部分があるはずなんです。実はその引っかかりがすごく大事で、その引っかかりについてちゃんと言語化してもらう。本の中で丁寧に説明されているので、納得がいくまで対話をし、理解を深めていきます」

こうした書籍に対し反発する参加者も多いのではと尋ねたところ、斉藤さんはむしろそうした反応が起こることが重要だといいます。

斉藤さん
「反発や抵抗をするということは、自分の価値観とか自分の中の信念の何か大切なところに触れたからなんですよ。なぜその反発が生まれているのか、その背景にある感情が実は大事なのであって、反発が生まれた方がいいんです。

反発は、ほとんどがタイトルの『責任』という言葉に対して起こっていますよね。責任を引き受けてしまうと、これまで他人のせいにできていたのに、自分で引き受けなきゃいけないというのをどこかで分かっていて、その恐怖から、責任に向き合いたくないという心理が働いているんじゃないかと思いますね」

自分が行った加害行為の責任を書籍によって突きつけられ、それに向き合うことは、加害者が行動変容を起こすための重要なプロセスになるのではないかと斉藤さんは考えています。

「性教育はアダルトビデオ」からの脱却を

こうした包括的性教育プログラムを始めた理由は、性に関する正しい知識を得る機会が少なかった世代の男性に対し、学びの機会を提供するためだといいます。

斉藤さん
「プログラムに参加している男性に限らず、今の40代から60代以上、30代もそうかもしれませんが、我々男性の性教育の教科書ってやっぱりAV(アダルトビデオ)だったんですよね。性を実践的に学ぶものは、ほとんどそれしかなかったんです。

そんな中で、それを模倣して女性と性行為をして相手を傷つけたりとか、中にはかなり倒錯的なアダルトコンテンツをまねして、性犯罪に至ってしまったりした人もいました。

そもそもどの辺りで性に関して誤学習をしてしまったんだろうと振り返ってみると、みんな行き着くところは、『僕たちの性教育の教科書って AV だったよね』と。

包括的性教育のプログラムを始めて、どういう声があがってくるかというと、『これもっと早く知りたかったです』という言葉が必ず上がるんです。みんな学びたいんですよ」

ユネスコ(国連教育科学文化機関)の「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」でも、性教育を受けることで「寝た子を起こす」のではなく、性的な行動が慎重になるというデータが示されていると斉藤さんは指摘します。

現在は正しい性の知識を得るためのさまざまなコンテンツもある一方で、SNSなどで容易に性的なコンテンツにアクセスできるようになっています。そうした時代だからこそ、より性教育が重要になっているといいます。

斉藤さん
「実は性犯罪加害を繰り返してきた人の中には、育った家庭で、『性は汚いもので隠すべきもの』と性的な嫌悪を埋め込まれている人が多いんです。

例えば、食卓で性的なシーンが流れたらパッとチャンネルを変えて沈黙してしまうとか、『これはいけないことなのかな』『隠さないといけないことなのかな』と、自然と性的嫌悪を学んできている人がいるんですよね。

そういう性にまつわるいろんな嫌悪感、ネガティブな感情を抱く前の段階で、この本のように理路整然と数字をもとに説明しているようなもので知識をちゃんと学んで、その上で、自分で性に関するコンテンツを選択できる力をつけていくのが大事だと思います」

男性は“性欲がコントロールできない”は本当か?

「射精責任」では最後に、望まない妊娠を防ぐためにコンドーム着用などの行動を起こすよう呼びかけています。

今いる場所から始めるのです。男性は、責任ある射精をすることを誓い、すべての男性が責任ある射精をする行動様式を作り上げるのです。セックスの度に、コンドームの着用を徹底します。(中略)

責任ある行動について会話したり、実践したりすることを通じて、コンドームの使用を一気に当たり前にすることができます。「コンドームは着けるべき?」という質問は、馬鹿らしいことだと誰もが知っています。「シートベルトはすべき?」という質問が馬鹿らしいことと同じです。

ガブリエル・ブレア「射精責任」より

こうした主張に対して、「先進国と比較するとコンドームの使用率が高い日本は、『射精責任』が書かれたアメリカとは社会的な背景が異なるのではないか」という声もあります。

しかし、実際にはおよそ3人に1人が「妊娠が目的ではなく、避妊をせずに性交渉したことがあるか」というアンケート調査で「ある」と答えています。

避妊をしなかった理由で一番多かった回答は、男性では「コンドームをつけると快感が損なわれるから」で、女性で「相手に言いづらかったから」でした(国際協力NGOジョイセフ「性と恋愛 2023」より)。

斉藤さんは、望まぬ妊娠や性加害を引き起こす男性たちについて、社会が「男は性欲をコントロールできない」という問題でとらえてきたことが、男性の行為責任を隠蔽してきたのではないかと指摘します。

斉藤さん
「例えば痴漢の裁判では、夫が痴漢をした責任を、妻との間のセックスレスの問題にされることがあります。妻がもっとちゃんと夫をケアしてれば、彼は痴漢しなかったんじゃないかと思わせるような質問が裁判でもよく行われているんですよ。

これは完全に『男性が性欲をコントロールできない生き物だ』という誤った認識が根っこにあって、そのバイアスから質問されている内容です。でも実際はコントロールできる。

男性が社会の中にある価値観を学習していく中で身につけた、いわゆる認知のゆがみの一つだと思います」

性自認は男性で性対象は女性というマジョリティー男性として、同様の男性コミュニティーで生きてきた斉藤さん。自身も、こうした仕事に就くまでは、責任を持たない性行動を男らしいと感じていたことがあったといいます。

斉藤さん
「昔、30代前後で何人もの女性と並行して付き合っていたモテる友人がいて、彼に『結婚はどう考えているの?』と聞いたら、彼は『妊娠した人と結婚する』と答えたんです。

男友達のなかでは、避妊せずに性行為をして、その中で妊娠した人が運命の人だという彼の考えは男らしいということで、盛り上がったんですよね。

今考えると性暴力と変わらないなと思うんですが。でも多分、一般の男性も日本の社会の中で生きている中で、思い当たる節があると思うんです」

望まない妊娠の問題に潜む“男らしさの呪い”

望まない妊娠や中絶の問題において、精神的にも肉体的にも常に矢面に立たされてきた女性たち。斉藤さんは、こうした場面で女性が“痛み”を引き受けることが当たり前とされてきた背景には、男性が“痛み”に鈍感であることが関係しているのではないかと分析します。

その理由として、男性は子どものころから「男らしくあれ」「男は泣くもんじゃない」などと周りの大人から言われ、自分の痛みに対してまひさせるような学習をせざるを得なかったことが原因ではないかといいます。

斉藤さん
「やっぱり自分の痛みに鈍感な人って、他人の痛みにも共感できないですよね。完全に『男らしさの呪い』だと思います。

シンク(Think・考える)とフィール(Feel・感じる)という言葉を臨床の中でよく使うんですけど、やっぱり自分自身のフィールがしっかり開発されてないと、そもそも相手のフィールがわからない。

自分が感じたことをちゃんと表現することはすごく大事だと思いますね。痛かったら痛いと表現する。自分が感じたことと行動が一致した状態で生活できるのが、一番健康だと思うんですよ」

前編記事:「射精責任」が話題 望まない妊娠の原因は男性に? 授業で使う大学も

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