
「性被害に遭った娘の “本当の気持ち” を教えてください…」見守る父の問いかけ
「今も『死にたい』と話す娘にどう接していけばいいのか…」
性被害に遭った娘に父親として何ができるのかと悩む、ある男性からの問いかけです。
性暴力の被害の記憶や後遺症を抱えながら、どう生きてきたのか。一人ひとりの経験や思いを共有しあう『#誰かが誰かの道しるべ』、今回のテーマは「家族」です。大切な人が被害に遭ったとき、「どう支えたらいいのだろう…」と悩む家族。一方、被害に遭った方も「本当はこうしてほしい。ここを理解してほしい」などの気持ちを抱えているのではないでしょうか。
みなさんの経験や思いを聞かせてください。
※この記事では性暴力被害の実態を広く伝えるため、被害の詳細について触れています。フラッシュバック等 症状のある方はご留意ください。
(「性暴力を考える」取材班)
「怖かった、嫌だった…」 娘が事件後に語ったわずかなことば

話を聞かせてくれたのは、関西地方に住む誠さん(仮名・40代)です。誠さんの中学生の娘は、小学校低学年のとき性被害に遭いました。被害が発覚したきっかけは、加害者である男性の常勤講師の逮捕でした。講師は2年間にわたり、多数の児童に対し校内で服を脱がせたり下半身を触ったりするなどし、さらにはその様子を動画で撮影していました。
しかし娘は事件について検察にも家族にも多くを語らず、特に父親である誠さんがその気持ちを知ることは難しかったといいます。
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誠さん
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「妻には、嫌だったことを思い出したくないので被害に遭っていた場所には極力近づかないよう生活していたなどと話していたようですが、男親である自分には話しにくいのでしょう。私が聞いた唯一のことばは『嫌だった、怖かった』だけでした。今何が苦しいのか、家族に何を求めているのか。娘の本当の気持ちはわかりませんでした」
専門知識を持っていても困惑だらけ

実は誠さんは、精神保健福祉士の資格を持っています。性暴力の被害に遭うとどんな症状があらわれるのか、どんなサポートが必要かなどの専門的な知識はありました。しかし被害者である娘が低年齢であることや、親として客観的になれないなど困惑だらけだったといいます。
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誠さん
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「被害を思い出すことでPTSDを発症してしまうのではないかと考えると事件について触れられず、突発的に自殺行動に走る恐れもあると理解していたので常に緊張感を持っていました。
包丁などの危険物を隠したい気持ちもありましたが、そういった親の行動が自殺の誘発要因にもなりかねないと考え、恐れつつも家の中の環境に手を加えることはしないようにしていました」
周囲の対応も、頼りにはならなかったといいます。学校は「捜査上の理由」で警察から事件の詳細を知らされておらず、何が起きたかわかっていないようでした。教頭を中心に被害児童の様子を観察するだけで、「被害者保護」という理由で担任やスクールカウンセラーには被害に遭った子どもや事件の内容などは共有されませんでした。
娘を専門的な心理ケアにつなげることも、はばかられました。警察から案内された犯罪被害者支援センターで無料のカウンセリングを受けることもできましたが、本人に行く理由を説明しづらくすぐには連れて行くことができなかったのです。
家族だけで娘を見守る日々が続くなか、誠さんは警察の助言のとおり妻や子どもたちと “これまでと変わりなく” 過ごすことに努めます。捜査への対応などは娘のいない時間に進め、休日は家族で娘が行きたい場所に出かけるなどして過ごしました。

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誠さん
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「とにかく、娘が楽しいと思えることをし、会いたい人に会えるよう日々を過ごすことに必死でした。それが功を奏したのか、娘には特段目立つ症状や学校を嫌がるそぶりはみられませんでしたが、学校の先生が威圧的な態度をとることには敏感に反応していて油断できませんでした」
被害後、何年もたってからPTSDを発症することもあると知っていた誠さんは、娘が小学校高学年になるころ、専門的な心理ケアを受けさせたいと考えます。
そこで学校と相談し、月に1度、娘に負担がかからないよう放課後に校内でカウンセリングを受けられるようにしてもらいました。娘は当初面談を拒みましたが、誠さんは「今後のためにまず一回会ってみて、どんな人かを知っておいてほしい。困ったときに話ができるもう一人の誰かを持っておいてほしい」と伝え説得しました。
本人が安心して話せるよう内容は家族にもオープンにされないという環境で、娘はカウンセラーを信頼し安定しているように見えたといいます。相変わらず本音はわかりませんでしたが、このまま落ち着いた状態が続いてほしいと誠さんは祈るような気持ちでいました。
小さな体に埋め込まれていた“地雷”

しかし娘が6年生のとき、誠さんの不安は現実となりました。
「小学校での6年間をふりかえりましょう」という課題が出されたのを機に、被害を思い出してしまったのです。小さな体に“地雷”のように埋め込まれていた性暴力被害の影響が、“爆発” した瞬間でした。
娘は、さまざまな症状を発症。感情が不安定になって物を投げたり、家族に暴力をふるったりするようになりました。学校へ行くのも嫌がり「死にたい」とまで口にするようになったのです。一緒に過ごす時間が長い妻はどう接していいかわからず、自殺できそうな場所へ行こうとするわが子を守ることに精一杯だったといいます。
こうした状況が数か月続くなか追い打ちをかけるように、娘が信頼していたカウンセラーの異動などで専門的なケアを受けることができなくなりました。心のよりどころを失い、娘も家族も完全に取り残されたような感覚に陥ったといいます。
中学にあがり環境が変わってからも症状はよくならず、しばらくして不登校になりました。
「家族が支えるしかない…」誠さんは精神保健福祉士の知識を生かしながら、娘の話にとにかく耳を傾けることに努めました。しかし性被害の後遺症に加え思春期も重なり、娘自身も感情の起伏に振り回されて自分の気持ちがわからなくなっているようでした。誠さんにできることは、強い希死観念や自己否定の言動が出たときに叱ってでも自殺につながる行動を止めることだけ。無力感にさいなまれたといいます。
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誠さん
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「不安で、しんどくて、イライラして、死にたくて、学校に行きたいのに行けない。そうした感情が生活のなかでバラバラに出てきて、本当はどうしたいのか、おそらく娘自身にもわからない。娘の意思をいちばんに尊重してあげたいのですが、それがわからないのでどうしようもありませんでした」
誠さんは妻とともに、自力で不登校の支援団体や精神科を探しました。なんとか医師の診断を受け体調不良に「起立性調節障害」という診断がついたことで、娘も気持ちが軽くなったようでした。症状は少しずつ改善しているように見えますが、心のつらさについてはまだ手が付けられる状況ではありません。
性被害に遭った方たちの声を “道しるべ” に

そんななか、誠さんが娘の症状や気持ちを理解するうえで “道しるべ” にしてきたのが、「性被害に遭った人たちの声」だったといいます。
そのひとつが 「性暴力を考える」のサイトに載っていた、尊敬していた教員から性暴力の被害に遭い退学後もPTSDの症状に苦しんでいるという10代の女性の経験談でした。
「エスカレートしていく行為を不快に思いながらもどこかで教員を信じている複雑な感情が、ご本人のことばでつづられているところに揺るぎない現実を見ました。
被害についてまったく語らない私の娘も、おそらく被害を受けるまでか受けてからしばらくは先生を信じていたでしょうし楽しいことのように思わされていて、エスカレートするにつれて恐怖と罪悪感で逃げられなくなってしまったのだと思います。
女性がそのことを振り返って今もつらい思いをされて体調を崩していらっしゃる様子が娘と重なり、娘が今どうしてつらいのかをある意味正しく理解できたのだと思います」
さらに、ほとんど登校できていない娘の進路を考えるうえで「通信制の学校に進んだ」という20代女性の経験談が参考になったと話します。
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誠さん
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「それまでは普通科の学校に進んだほうがいいのではないかという考えがあり、通信制には抵抗もありました。しかし実際に経験された方の記事を読んでこだわりや抵抗感がスパッと取り除かれ、体調に合わせやすい通学の負担が無いなどのメリット面に素直に向き合って検討できるようになりました。被害に遭われた当事者の生の声や思いをうかがえることは、娘のことを考えるうえで大きな判断材料になっています」
あなたの家族への思いやご経験 教えてください

被害に遭った方たちの経験や感情をひとつひとつ参考にしながら、わが子との生き方を模索してきた誠さん。
少しずつ外出ができるようになった娘の姿に回復を感じつつも、不安はいつまでも尽きないといいます。
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誠さん
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「これから先どのようなことがトリガーになってPTSDの症状が出るのか、進学や就職、恋愛、結婚といったライフステージでどのようなことが起こるのか。娘のさきざきが心配でなりません。
自分のように途方もない不安を感じて苦悩している家族がいる一方で、家族の対応に傷ついてきた被害者もいるのではないかと考えています」
誠さんはこのサイトに被害者やその家族に役立つ情報が集まり、ひとりで悩む人たちがつながるきっかけになればと問いを投げかけてくれました。
性暴力の被害に遭った方へ
▼家族には、どのようなことを理解してほしいですか?
▼家族には、どんな接し方や対応をしてほしいですか?
家族が性暴力の被害に遭った方へ
▼被害に遭った家族のどのような点が理解できずに困りましたか?
▼被害に遭った家族にどんなふうに接するよう心がけていますか?
▼行政、医療、学校などの相談窓口や支援でよかった点や困った点を教えてください
あなたの経験や思い、具体的に行っていることなどを教えてください。
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性被害のつらさを抱えている方はもちろん、ご家族、支援者の方など、ここの情報を必要と感じてくださるすべての人に参加してもらえたらうれしいです。
取材を通して
娘の意思を最大限に尊重し、できるかぎりのことをしながら被害発覚後の日々を生きてこられた誠さん。それでも「もっと早くカウンセリングにつなげるべきだったのではないか」といった後悔も抱いていると打ち明けてくれました。支援体制が不十分な地域もあるなか、こうした後悔や苦悩を家族だけで抱え込むことは非常に多いのではないでしょうか。この「#誰かが誰かの道しるべ」が、被害に遭った方だけでなく 孤独を感じているご家族の方たちがつながり思いや経験を共有できる場になればと思います。