おもわく。
おもわく。

「人間にとって知的好奇心とは何か?」「人類にとって進化とは何か?」「科学技術だけでユートピアを作れるのか?」「科学と自然は共存できるのか?」……人間にとって根源的な問題をSFという手法による思考実験を通して、大胆に問い続けてきた作家・アーサー・C・クラーク(1917-2008)。「100分de名著」では、卓越した未来論、文明論としても読み解けるクラーク作品を通して、「未来社会のあり方」「科学技術のあり方」といった普遍的な問題をあらためて見つめなおします。

科学者でもあったクラークは、来るべき人類社会の未来図ともいうべきものを膨大なデータや科学的知識をもとに精緻に予測してきました。まだ人工衛星がこの世に存在していなかった1945年、衛星通信の可能性を論文で発表し、全世界にテレビ中継ができるというヴィジョンを示しました。彼は、こうした知識を総動員して物語を紡ぎあげます。そこで示される未来図は、現代社会を逆方向から照らし出し、私たちが未来に向かって何を備えなければならないかを教えてくれます。クラーク作品は「人類が目指す未来はどうあるべきか」を考えるための大きなヒントを私達に与えてくれるのです。

 クラークは、人類の未来を予見するだけにとどまりません。当時は、時あたかも、科学の急速な発展が社会問題や環境問題などに暗い影を落とし始めていた時期。「人間以上の判断力をもったAIなどが誕生した時、人類はそれとどう向き合うべきか」「人間の生命をもコントロールし始めた科学は果たしてユートピアをもたらすのか」といった人類が直面し始めた問題を先取りし、思考実験によって浮かび上がらせることで、問い直そうとしたのです。

番組では瀬名秀明さん(作家)を指南役として招き、クラークが追い求めた世界観・科学観を分り易く解説。「太陽系最後の日」「幼年期の終わり」「都市と星」「楽園の泉」等の作品に現代の視点から光を当てなおし、そこにこめられた【科学論】や【未来論】【文明論】など、現代の私達にも通じるメッセージを読み解いていきます。

【お詫びと訂正】

〈NHKテキスト〉100分de名著「アーサー・C・クラーク スペシャル」(2020年3月号)において、以下の誤りがありました。
お詫びして訂正いたします。

P.116 3行目
《誤》
「ほんのわずかですが地球の引力があるのです。」
《正》
「遠心力と相殺され、わずかな重力【*】があるのです。」

※遠心力と相殺され、わずかな重力
地球の引力は高度400キロメートル地点でも9割ほど残っているが、ISSは秒速8キロメートルほどで飛行するため、遠心力が働き、ISS船内は微重力状態となる。

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第1回 知的好奇心が未来をつくる ~「太陽系最後の日」~

【放送時間】
2020年3月2日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2020年3月4日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2020年3月4日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
瀬名秀明…「パラサイト・イヴ」「BRAIN VALLEY」等の作品で知られる作家。
【朗読】
銀河万丈(俳優・声優)
【語り】
墨屋那津子

太陽は七時間後に新星爆発し太陽系全体の壊滅は避けられない運命だった。たまたま通りかかった異星文明の銀河調査船がその危機をキャッチし人類を救うべく行動を開始。しかし、地球上にはすでに生命の気配すらない。人類はすでに滅び去ったのか? 救出をあきらめたとき異星人たちは驚くべき光景を目の当たりにした。この物語を通してクラークは人類の旺盛な知的好奇心や未知なるものへの探求心が技術水準や知的能力よりもはるかに大切なものだと訴えている。第一回は、「人間にとって知的探求心とは何か?」「それがなぜ大切なのか?」を考え、人間の中にある限りない可能性に光を当てる。

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第2回 人類にとって「進化」とは何か ~「幼年期の終わり」~

【放送時間】
2020年3月9日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2020年3月11日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2020年3月11日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
瀬名秀明…「パラサイト・イヴ」「BRAIN VALLEY」等の作品で知られる作家。
【朗読】
銀河万丈(俳優・声優)
【語り】
墨屋那津子

地球上空に突如飛来した巨大宇宙船。オーバーロードと呼ばれる異星人たちは、高度な技術と管理能力で、人類を統治し、平和で理想的な社会をもたらす。しかし、彼らの目的はそんなことではなかった。彼らは実は、オーバーマインドという更なる上位者の命を受け、人類を全く想像もできない新たなステージへ進ませるための産婆役だった。人類という存在を超える進化とは何か? それは人類にとって本当に必要なのか? そして産婆役たるオーバーロードの存在に果たして意味はあったのか? 第二回は、人類にとって進化や進歩とは何かという普遍的な問題を考える。

名著、げすとこらむ。ゲスト講師:瀬名秀明
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第3回 科学はユートピアをつくれるか ~「都市と星」~

【放送時間】
2020年3月16日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2020年3月18日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2020年3月18日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
瀬名秀明…「パラサイト・イヴ」「BRAIN VALLEY」等の作品で知られる作家。
【朗読】
銀河万丈(俳優・声優)
【語り】
墨屋那津子

人類の誕生や死までを完璧にコントロールする人工都市「ダイアスパー」。それは銀河帝国崩壊によって地球に帰還することを余儀なくされた人類が創りあげたユートピアだった。人間の感情すら完全に管理され安全と平和が保たれているかにみえたこの都市は、しかし、人間の知的好奇心や冒険心といったものまで蝕んでしまっている。ユートピアの極限が実はディストピアだったのだ。この「ダイアスパー」に風穴を開けようと立ち上がった主人公アルヴィンの運命は? 第三回は、果たして科学技術の進歩だけでユートピアを作ることができるのかという、現代社会にも通じる問題を考える。

安部みちこのみちこ's EYE
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第4回 技術者への讃歌 ~「楽園の泉」~

【放送時間】
2020年3月23日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
【再放送】
2020年3月25日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2020年3月25日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
2020年3月30日(月)午後10時25分~10時50分/Eテレ
2020年4月1日(水)午前5時30分~5時55分/Eテレ
2020年4月1日(水)午後0時00分~0時25分/Eテレ
※放送時間は変更される場合があります
【指南役】
瀬名秀明…「パラサイト・イヴ」「BRAIN VALLEY」等の作品で知られる作家。
【朗読】
銀河万丈(俳優・声優)
【語り】
墨屋那津子

地上3万6000kmという壮大な「宇宙エレベーター」建設に挑む天才技術者・モーガン。しかし彼の前に大きな壁が立ちはだかる。安全に「宇宙エレベーター」を建設できる候補地は地上でただ一つ、聖なる山スリカンダ。しかし、そこには深い歴史と文化を秘めた寺院があった。宗教者たちの理解を得て建設は可能なのか? そして技術的なハードルや自然環境がもたらす厳しい条件はクリアできるのか? 第四回は、技術者たちの夢や絶えざる努力が人類に何をもたらすかを考えるとともに、豊かな土着文化や自然と共存しようとするクラーク晩年の成熟した思想に迫っていく。

アニメ職人たちの凄技

  • 第62回
  • 第63回
NHKテレビテキスト「100分 de 名著」はこちら
○NHKテレビテキスト「100分 de 名著」
『アーサー・C・クラーク スペシャル』 2020年3月
2020年2月25日発売
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こぼれ話。

「センスのよい好奇心」と「響き合い」

番組制作という作業は、たとえていうとオーケストラのようなものだと感じることがよくあります。非常に大勢の力が合わさって初めて一つのハーモニーを形作ることができる。どんな小さなパートでも、その人が欠けてしまうと美しい響きは生まれない。類まれなる共同作業です。メインの講師や司会者たちの役割は、プレイヤーの中でも要の役割をするコンサートマスターでしょうか? 名著は楽譜、ディレクターは指揮者、そしてその指揮のもとに、朗読俳優、アニメーター、技術スタッフ、美術スタッフ、メイク、スタイリスト、ポストプロダクションに関わるスタッフ、音響効果、PRのために制作しているホームページ制作スタッフ、全体に関わる細やかな補助をしてくれるADたちに至るまでが交響楽団の各パートや劇場スタッフとしての役割を果たします。「100分de名著」の場合は、それに番組テキストに関わる編集、ライティングチームまで加わりますので、相当な規模のチームということになります。

プロデューサーはその中のささやかな機能の一つにすぎません。コンサートでいえば、今の時期に相応しい音楽や編成を考え企画を練る。その上でどのような楽団に頼むか、予算をどうするかなどを入念に考えて、コンサートを実現にもっていく。そしてコンサートが無事終了するまで、スタッフ全員のために環境を整え続ける。いわば裏方中の裏方。実際のプレイヤーたちがいなければ番組はそもそも成立しないのです。シリーズ全体の責任者ではありますので、こうして「こぼれ話」などを私が書かせてもらっていますが、いわば「広告塔」として皆さんの前で番組に関する文章を披露しているだけで、決して偉い立場でもなんでもないのです。いわば、番組は、関わったすべての人の共同作品といえるでしょう。

そんなわけですから、共同作業の中の、各人の「響き合い」の中から、新たなアイデアや予想もしなかった展開が生まれてきます。今回、講師を担当してくださった瀬名秀明さんは、その意味で、単に講師の枠を超えて、スタッフ間の「響き合い」の中で新しいアイデアを次々にもたらしてくれる、最高の触媒の役割を果たしてくださいました。

そもそも企画の発端は、年に1回はSF作品を取り上げてみたいという私の思いからでした。名著というと、世界文学全集などに収録されている定番名著を思い浮かべがちですが、SF作品の中にも「世界文学」の名前にふさわしいような、人間洞察に優れた哲学的な作品が数多くあるというのが私の実感です。高校時代「世界SF全集」を読み漁る中で、クラークの「幼年期の終わり」に出会った私は、この作品が、スタニスワフ・レム「ソラリス」と並んで、古典の名著にふさわしい、人類にとっての貴重な遺産だと思っていました。

ただこの一冊だけでは、バラエティに富んだ作品を生み出し続けたクラークを語ったことにならないだろうという思いもありました。クラーク作品を複数冊解説してもらうには誰が適任か? 当時たまたま読んだ瀬名秀明さんの「科学の栞」という本にクラークの本がたくさん紹介されているのを読んで非常に感銘を受け、「小松左京スペシャル」でゲストにいらした際、収録の合間に少しだけ相談してみたところ、瀬名さんもやはりクラークの大ファンとのこと。この瞬間から、企画が動き出したのです。

当初の案では、「2001年宇宙の旅」も候補にあがっていました。クラーク作品の中でも最も有名な作品だったからです。瀬名さんとも、取り上げるかどうか議論になりました。このときに「楽園の泉」という案を出してくれたのが瀬名さんでした。とにかく二人でもう一度読み直してみましょう、ということで一か月近くかけて精読してみました。「2001年宇宙の旅」だけでなく「2010年宇宙の旅」「2061年宇宙の旅」「3001年終局の旅」というシリーズも。「楽園の泉」は読了したと思い込んでいましたが実は途中で挫折したことも読みながら思い出しました。久々に、合間をぬってSF作品にひたる日々は、至福の時間だったことをよく覚えています。

結論はとてもシンプルでした。ほぼ同時に「『楽園の泉』で決まりですね」との趣旨のメールが互いに交わされたのです。「2001年宇宙の旅」は4冊のセレクトにはいれないが、どこかで少し触れるといった案もあったのですが、最終的に消えました。それほどまでに「楽園の泉」の読後感が圧倒的だったのです。逆に「2001年宇宙の旅」は残念ながらシリーズ後半で、当初のスケール感が著しくしぼんでしまった感がありました。

瀬名さんがこのアイデアを出してくれなかったら、「楽園の泉」を再読することはなかったでしょう。これは間違いなく、クラークの集大成に近い作品であり、この作品なくしてクラークの全体像には迫れなかっただろうと、今では思います。この出来事は、先に述べた「響き合い」の醍醐味です。私一人では決して出てこなかったアイデアでした。

テキスト編集のスタッフも合わせた打ち合わせでも、非常によい「響き合い」を感じました。瀬名さんが私たちのために、机の上に大きな壁が出来上がるような形で、クラークのほぼ全著作やDVDを並べてくださって、まず圧倒されました。クラークの広範な活動が一目で実感できました。更に、打合せの中で、瀬名さんのクラーク愛がほとばしる瞬間が何度あり、瀬名さんを通して、クラークの奥深さにスタッフ全員が触れることができました。

実は、私を除いて、ディレクターも編集者もあまりSF作品に触れたことがないメンバーでした。そのことがかえってよい効果をもたらした面もあるかと思います。私の目論見として、「まだSFに興味をもっていない人」「SFに入門したいと思っている人」「そこまでディープではないライトなSFファン」に、この番組を通してSFの魅力に開眼してほしいという思いがありました。その意味で、科学ジャーナリストとして一般の人に平易に科学の最前線の情報を伝え続けてくれている瀬名さんの能力は絶妙でした。SFに疎い人たちにも、噛んで含めるようにその魅力を語ってくださり、徐々に深いところへ誘ってくれる瀬名さんへのインタビュー取材は、SF初心者であるスタッフ全員を確実に巻き込んでいきました。終了後、みんなが口々に「面白い」と語り合っているのをみて、私自身、大きな手応えを感じました。実際に、放送終了後のSNSでは、そうした人たちからの感想が数多く寄せられて、「これは本当に素晴らしいことだ」と思ったものです。

「センスのよい好奇心」というキーワードで、クラーク作品をつないでいく瀬名さんの番組での解説も、本当に新鮮でした。さらに、これは企画当初は私自身も全く予想していなかったのですが、「太陽系最後の日」「幼年期の終わり」「都市と星」「楽園の泉」という瀬名さんがセレクトした著作群が、クラークの人生の各ターニングポイントに重ねられる形で縦横に語られ、全体が「アーサー・C・クラーク評伝」の呈をなしていったことです。これは今までのクラーク論にはない画期的なことで、私自身、見終わって、一クラーク・ファンとして大きな感銘を受けました。

とともに、第四回の番組内でも大きな「響き合い」が起こっていました。それは、瀬名さんと伊集院光さんの「響き合い」です。「楽園の泉」のラスト、主人公モーガンが宇宙遊泳をするシーン。瀬名さんはここで「クラークとモーガンが一体になる」と語ってくれました。解説を聞きながら、宇宙に出ることを夢見続けてきたクラークが作品の中でモーガンとともに宇宙遊泳する姿が鮮やかに私の目に浮かびました。それを受けて、伊集院さんは「地球からの光を受けて、とっても小柄のモーガンの影が3万6000km先の宇宙ステーションまでのびた」ように読めたという感慨を語りながら、クラークもここで、本当に宇宙に到達するという夢を実現したんだと語ってくれました。

この「響き合い」のトークを私は一生忘れないでしょう。地上にあるちっぽけな人間の頭の中にある想像力が、時に大気圏をはるかに超えて宇宙大に広がっていくことがある。これは人間の大きな可能性です。クラークは、そのことをまさに作品の中に結晶化してくれた作家であり、今後も、未来を構想する時に私たちの導き手となってくれることでしょう。「センスのよい好奇心」……偏狭さを超えて、瀬名さんのいうように、科学と文学と哲学をバランスよく統合しながら、今後も「人間の未来」を名著を通して考え続けていきたいと切に願っています。

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