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【第28回】2021.4.19 「論語と算盤」
小さな歯車なりに
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渋沢栄一の名を初めて知ったのは、一万円札の顔になるというニュースでした。
「日本資本主義の父」とか、「多くの企業を設立した」と紹介されていましたので、ビジネスで手腕を発揮した人だと思い込んでいました。
それも間違いではありませんが、それだけではなく、もっと懐深く、もっと幅広い功績を残した偉人だとわかりました。
心に残ったのは、渋沢が武士を志すきっかけとなったエピソードです。
豪農ではあるが百姓だった渋沢家に、中身はうすっぺらだが立場は武士の領主が、大金を納めるよう要求します。
渋沢は疑問を感じ、理不尽だと怒りを覚え、今の世のあり方はまちがっていると強く思いました。そして、百姓でいてはだめだ、武士になりたいと志すようになったのです。しかも、ただ武士になるだけでなく、為政者になることも含んでいました。しっかり学び、自らを磨いて、よい国をつくりたいとはっきり思い描いたのです。これが16歳の時です。
だいたいその年齢のころ、私が中学生のとき、れんげが咲くあぜ道を歩いて下校していると、ある考えが浮かんで立ち止まったことがありました。
それは、「人は誰でも、使命をもって生まれてくるのではないだろうか。私は一体何をするために生まれたんだろうか?」という疑問です。
過去でも未来でもなく、今この時代に生まれたのはなぜか、元気に動ける体と心があって、考えたり話したり学んだりできているのは、何をするためなのかという、大きな問題を自分に問いかけた最初のときでした。この問いは、その日から今に至るまでずっと追い続けています。
渋沢がすごいと心底尊敬するのは、この年齢で感じた疑問に対する自分なりの解にたどり着き、ではどうするか考えて行動に移していったことです。私は疑問にぶつかりながらも、なんとなく流されて過ごしてきてしまいました。
その後渋沢は、「よい国をつくる」という大きな志は揺るがなかった一方で、小さな志はその都度変えていったそうです。紆余曲折あったと知って、励まされるような気持ちになりました。
私は、中学生の頃浮かんだ「使命を果たしたい」という思いを忘れることはなかったものの、それが何かはわからないまま就職を考える時期になり、さてどうしようか考えたところ、「より豊かな社会を創りたい」という思いに行きつきました。これがその頃立てた志です。弱い立場の人、困っている人の声を伝え、まっすぐ生きている人が不利益を被ることがなくなるよう尽力したい、生き生きと輝いて生きられる人が一人でも増えてほしいと願って公共放送の職員になりました。大きな歯車になって活躍しようという意欲を持って飛び込んだはずですが、思ったほどの働きはできないうちに結婚出産し、働ける時間も内容も限られていくばかり。私の志は達成に近づくことなく、宙ぶらりんのままです。家事や育児だけしていると、何か役に立ってるのかなあと暗い気持ちになることもあります。でも時々、「一人の人間を育てて世に送り出すこと、これも豊かな社会への一歩かな」と自分に言い聞かせ、奮い立たせます。20歳の頃描いた志とはかけ離れた小さな志ですが、いま経験していることもこの先何かの肥やしになるかもしれないと期待しています。子育てが一段落し、自分の時間が増えたとき、また「より豊かな社会を創る」ため働けたらいいな、どんなことができるだろうと想像することしかできていませんが、渋沢が言う「気長にチャンスが来るのを待つということも、決して忘れてはならない」「忍耐もなければならない」という言葉を胸に、今与えられている役割を楽しみながら修養したいです。小さな歯車であっても、志を忘れず、人としてまっとうで、後世の役に立つよう生きていきたいなと思います。
今月も名著からの学びに感謝。
守屋先生、ありがとうございました。
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