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手術先送りも?地域の医療どう守る?求められる“意識改革” 

  • 2024年04月05日

夜だろうが休日だろうが、医師は患者を診るのが当たり前だと教えられてきた
ある医師の言葉です。そんな“当たり前”が支えてきた日本の医療現場は、大きく変わろうとしています。
この4月から休日や時間外労働時間の上限規制が適用され、「働き方改革」が本格的に始まったのです。
その一方で、私たちが“当たり前”のように思っていた病院での診察や手術がこれまでのようには受けられなくなる可能性もあります。このため、いわゆる「2024年問題」とも指摘されているのです。
地域医療はどう変わっていくのか、そして持続可能な医療体制のため、必要なこととは。

(NHK松山放送局 清水瑶平)

特集の内容はNHKプラスで配信中の4月2日(火)放送の「ひめポン!」(NHKGTV午後6時10分~)でご覧いただけます。

画像をクリックすると見逃し配信が見られます!見逃し配信は4/9(火) 午後6:59 まで

外科医に密着!緊急手術が・・・

「働き方改革」の開始が目前に迫った3月。松山市にある愛媛県立中央病院を訪れました。高度救命救急センターが設置されていて、昼夜を問わず患者が搬送されてきます。

この日、取材したのは心臓血管外科医の石戸谷浩さん。午前8時前に出勤し、9時すぎから手術の予定が入っていました。ところが9時前、石戸谷さんのPHSが鳴りました。

「本当?ICUにいる患者さんの血圧が下がっているって。どうしよう、さすがに(手術の)同時進行はきついもんね。じゃあちょっとICU見てくるね」

深刻な口ぶりと表情で、私も状況を察知しました。別の入院患者の容態が急変したのです。

ICUから戻ってきた石戸谷さんは、別の医師と言葉を交わします。

(石戸谷さん)
「明らかにあっちの方が急ぐ。手術を差し替えます。今からやる」

石戸谷さんは急きょ、予定外の緊急手術を行うことになりました。昼食もとることができず、手術室を出られたのは夕方。当初予定していた手術は、祝日だった次の日に差し替えとなり、石戸谷さんは休日出勤をせざるをえませんでした。
こうした緊急の対応に医師が振り回されるのは珍しいことではなく、時には勤務が深夜に及ぶことも。定時内でおさまるように仕事をするのは難しいのです。

(石戸谷さん)
「心臓血管外科はすぐ治療しなければいけない人が多いので、特に時間的な調整がつけられない事は往々にしてあります。働き方改革はかなり難しいというのが正直なところで、少なくとも今までの感覚では無理でしょうね」

「960時間」の制限超え 10人以上

4月1日から始まった「医師の働き方改革」では休日や時間外労働時間の上限規制が適用され、いわゆる「過労死ライン」にあたる、原則「年間960時間」となりました。
しかし2023年4月からことし2月までの期間で11人がこの上限を超えていて25人が900時間前後(ともに管理職除く)という状況。どのように労働時間を削減するかが喫緊の課題となっていました。

働き方改革推進室の会議

病院はこの4月の時間外労働規制の開始を見据えて、2年前に「働き方改革推進室」を設置。各職種の責任者が集まって週に1回、対策を打ち出してきました。

負担を分担へ

例えばこれまでは1人の患者を1人の主治医が担当するのが普通でしたが、複数の医師が担当する制度を導入。手術後の経過観察や病状の説明などの役割を分担するようにしました。

さらに、医師だけに業務を集中させず、ほかの医療スタッフが担う「タスクシフト」も進めてきました。

シフトはなんとか“やりくり”

手術の組み方も変わってきています。麻酔科医のシフトを組む担当の医師は、どの医師がどの手術を担当するのか、前の週におおむね決めていきます。

その際、気にするのは1人1人がどれだけの時間外労働をしているか。
「年間960時間」を超えないよう1か月ごとの時間外労働を80時間を上限の目安にしてどの医師がどれくらい働けるのか、残り時間を参照しながら「やりくり」していくのだといいます。

麻酔科医のシフト

この日は、A医師の手術が午後5時までに終わらず、超過勤務が発生すると判断し、C医師に担当を変えて定時内におさまるようにしました。それでも、毎月のように何人かは目安の時間を超えてしまうのが現状だと言います。

(麻酔科のシフトを組む 中西和雄さん)
「最終的に超過勤務の時間を考慮できなくなることもありますが、なんとか年間通して960時間におさまるようにはしたい。ギリギリでも“やりくり”はしていかないといけないと思っています」

“患者との協力”大きな転換へ

そして、この病院ではさらに大きな転換に踏み出しました。それは「医師が負担を抱え込む」のではなく「患者と協力していく」こと。
言いかえると患者に「診療体制の変化を受け入れてもらうこと」です。

その一環で去年9月から始めたのがリモート診療です。これまで月2回、愛南町の病院に医師を派遣して地域の住民の診察にあたっていたのを、月に1回に減らして代わりにオンラインでつないで診察することにしたのです。
勤務時間にすると往復6時間分を削ることができます。ただ、患者にとっては対面で診察する機会が減ることになります。
診察にあたる医師は「画面を通して患者さんの様子がわかるので、電子機器を使った診察に抵抗がない方であれば大丈夫かと思うのですが」と話します。

(患者)
「悪くないですよ。対面と変わらないです」

(医師)
「なんでも不便な部分があったら言ってね」

(患者)
「今のところないですよ」

診療体制の縮小にも踏み切りました。去年10月からは、診察の開始時間を午前8時半から午前9時に変更し、診察時間を30分短縮。さらに、紹介状のない患者は緊急の場合を除いて診察をしないことにしたのです。

手術が“数か月待ち”のケースも

影響は、手術を控えている患者にも出始めています。この日は消化器外科で「胆石」を取る手術の日程について話し合っていました。

(医師)
「がんの人とか、急ぐ人がどうしてもいるので、今6月まで手術枠が埋まっていて」

病院で1日にできる手術の件数には限りがあるため、どうしても急を要する患者から優先になります。その分、「急を要しない」と判断した場合は、先送りにせざるをえません。
数か月待ちのケースも増えているといいます。
この患者は、経過を観察しながらおよそ4か月後に手術をすることになりました。
 

(医師)
「一応、7月3日が一番早い。これでいいですか?」

(患者)
「お願いします。7月ですね・・・」

(医師)
「待たせてしまっていますけど、待たせている間『知らんわ』ってわけにはいかないのでね」

働き方改革とは、意識の改革

県立中央病院で働き方改革を進めてきた副院長の椿雅光さんは、こうした変化について、理解を求めていくしかないと考えています。

県立中央病院 働き方改革推進室長 椿雅光 副院長

「高度急性期医療や周産期医療は当院の使命であり、そういった機能を守るためには皆さんの協力、ご理解が不可欠です。“働き方改革”は答えのあるものではないのでどういう形が適切なのかと模索している状況です」

一方でこう漏らしました。

(椿さん)
「正直言って、僕らが新人のころ受けていた教育とは矛盾していますよね。自分の患者は責任を持って最後まで診なさい、夜だろうが休日だろうがそれが当たり前なんだと教えられてきたので」

同じような言葉は取材の中で多くの医師から聞きました。
しかし、こうした「医師の使命感」に支えられ、頼り切ってきたのが日本の医療界の現状でもあるのです。それは人口減少と高齢化が進み、今後ますます医師不足が懸念される中で、決して持続可能な形とは言えません。
椿さんは、こう続けます。

「私たちが意識を変えていかなくてはならない。睡眠不足で疲労がたまった医師が手術を行うような医療は決して患者さんのためにはならないのだから、働き方改革を避けては通れないんです」。

意識を変えなくてはいけないのは、医師だけでなく、私たち医療を受ける側も同様です。
本当に必要な人たちに、医療を提供し続けるために。日本の医療はいま、大きな転換点を迎えています。


「2024年問題」についてはこちらの番組でも、働き方改革を進めながら影響を最小限に押さえようという取り組みを詳しくお伝えします。

医師の働き方特集の内容はNHKプラス配信終了後、下記の動画でご覧いただけます。

  • 清水瑶平

    清水瑶平

    2008年入局、初任地は熊本。その後社会部で災害報道、スポーツニュースで相撲・格闘技を中心に取材。2021年10月から松山局。学生時代はボクサーでした。

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