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上島町で初の学校司書誕生「読み聞かせは一番のごちそう」

ひとり岩城島、弓削島、生名島、魚島で
  • 2023年12月01日

みなさんが通っていた学校の図書室は、どんな場所でしたか?「あまり行ったことないなぁ」という人もいれば、「お気に入りの場所だった」という人もいるかもしれません。「学校図書館」と呼ばれる学校の図書室。その業務を専門的に担うのが、「学校司書」という存在です。離島で構成される町・上島町では、去年6月、初めて学校司書が赴任しました。子どもたちに少しでも本に親しんでもらえるよう、奮闘する女性を取材しました。

(松山放送局ディレクター 田村夢夏)

町でひとりの学校司書

上島町で唯一の学校司書、塩見裕子さんです。

岩城島、弓削島、生名島、魚島、4つの島にある、町内7つの小中学校をすべて1人で担当しています。

この日の勤務は、岩城小学校。
昼休みになったとたん、子どもたちが次々と図書室を訪れます。

貸し出し作業を行うカウンターには、長蛇の列。
子どもたちは、何やら紙を手に、次から次へと本を借りていました。

紙の正体は「スタンプラリー」。
本を借りることでハンコを押してもらい、ビンゴをめざすというものです。
さまざまなジャンルの本に触れてほしいと、塩見さんが提案しました。
 

塩見さんは、借りる本が決まっていない子どもの相談にものります。
本を1冊1冊手に取り、時には冒頭を読み聞かせながら、一緒に見つけていきます。

塩見さんと本を探し、スイーツの本を借りた子は、「一緒に探してくれて楽しい」と話していました。

「子どもたちが行きたい図書室」に

学校の図書室は正式には「学校図書館」といいます。
学校図書館の業務を専門的に担うのが学校司書。12学級以上の学校に配置が義務づけられている「司書教諭」とは異なり、その配置は努力義務です。

3年前に行われた調査では、公立小学校における学校司書の配置率は、全国でおよそ7割なのに対し、
愛媛県は26.6%という結果に。普及しているとは言いがたいのが現状です(文部科学省調べ)。

司書教諭がいる学校でも、学校図書館の業務は、教員としてのほかの業務と兼任するのが一般的で、後回しになってしまうことも。
上島町でも、塩見さんが赴任するまで、本が分類されていなかったり、古い本が手入れされていない状態だったり、整備は行き届いていない状況でした。

公立図書館がなく、書店も数少ない上島町。
子どもたちにとっては、学校図書館が一番身近な「本」との接点です。
読書環境を改善し、子どもたちにもっと本に親しんでもらおうと、町は去年、初めて学校司書を配置することにしました。

上島町での学校司書第1号となった塩見さん。
夏休みなどを利用して、本を分類して整理するところから始めました。

「いつも通っている学校に図書室がある、そこが行きたい場所になってくれれば」と話す塩見さん。さまざまな工夫をしています。

そのひとつが「ポップ」。
どの学校にも、塩見さん手作りのポップや工作が、本と一緒に飾られています。

塩見さん
「並んでいるだけでは、なかなか手に取ってもらえない。本も旬があると思うんです。『勤労感謝の日』というポップも、お仕事関係の本を、この時期に見てもらいたいということから。見やすいところに出すだけでは、子どもが手に取ってもらえないかもしれないので、ポップを使うことで気にとめてもらえたら、と思っています」

離島でかなった学校司書の夢

塩見さんは長年、今治市内の小学校で図書ボランティアや学校支援員として活動していました。
最初は読み聞かせの活動が主でしたが、やがて学校図書館の環境整備にも関わるようになりました。

当時のボランティア仲間との集合写真。前列右が塩見さん

ほかの学校のボランティアとも交流する機会を設けるなど、積極的に活動していた塩見さん。
しだいに、本格的に司書の勉強をしたいと考えるようになりました。

塩見さん
「学校で図書室にいるのに、『たぶんこうだと思うよ』というあいまいな言い方では、子どもたちに無責任だと思ったんです。ちゃんと勉強して、ちゃんと資格を取って、図書室できちんとした情報を伝えられるようにならないと、子どもが私の『たぶん』で覚えてしまったら、もう申し訳ないと思ったんです」

 

司書資格の勉強のためのノート・テキスト

50歳の時に、大学の通信教育を受講。
仕事や家事のかたわら、1年半かけて司書の資格を取得しました。

そんな塩見さんにおととし声をかけたのが、当時、上島町の教育長だった髙橋典子さんです。

髙橋典子さん(右)

塩見さんがボランティアをしていた今治市の小学校で、教頭を務めていた髙橋さん。それ以来、20年近くにわたって交流が続き、今では2人で読み聞かせ会をすることもあります。

髙橋典子さん
「町としてこれまでにもいろいろ、幼児期から読書に親しめるような働きかけを各部署で熱心に取り組んでいたんですが、学校でそういう機会があれば一番いいなと思って。学校司書がいて、子どもたちと本との出会いをいざなうような方がいてくれたら、絶対に違うなと。私の頭には塩見さんがイメージとしてあって、塩見さんみたいな方がいてくださったら、子どもにとってはすごく幸せだなと思っていました」


上島町までは今治港から船で通勤する必要があります。
初めての長距離通勤に不安はあったものの、「学校司書になれる!」と、長年の夢が叶う喜びが大きかったという塩見さん。家族の理解も得て、引き受けることにしました。

毎朝、今治港から高速船に乗って通勤している塩見さん。
一番近い岩城島までで約1時間、一番遠い魚島までは3時間かかります。
勤務時間より、通勤時間の方が長い日もあります。

塩見さん
「しんどいと思うときもありますけど、でも学校にいるときはすごくいきいきと活動できています。船に乗るとほっとして、うとうとしちゃったりすることもありますけど。船通勤、やってみるとなかなかおもしろいです」

読み聞かせは「一番のごちそう」

塩見さんが学校司書として大切にしている活動の一つが「読み聞かせ」です。
それぞれの学校で形式や頻度は異なりますが、司書として赴任した当初から続けてきました。
取材をした日は、弓削小学校で昼休みの時間を利用して「おはなし会」が開催されました。

塩見さん
「ボランティアをしていた今治の小学校では、読み聞かせやおはなし会の活動を中心にしていたので、自分の中ではこれなしには考えられない。こういう楽しいことがあるから、ふだんの活動ができる、自分にとってはご褒美のような(時間)。子どもたちと一緒に楽しみたいというのが大きいです。図書室で一番のごちそうだと思っています」

給食を終えた子どもたちが、続々と図書室を訪れます。
30席あまり用意した座席はあっという間に満席になりました。

そして始まったおはなし会。
塩見さんが読み聞かせで大切にしているのは、「みんなで一緒に楽しむ」こと。
時には子どもたちにも、声を出して一緒に読んでもらうこともあります。
この日は、しりとりをテーマにした絵本。子どもたちも実際に声を出しながら楽しんでいました。
塩見さんの語り口に、子どもたちもどんどん物語の世界に夢中になっていきます。

塩見さん
「1人で読書すると、自分とその本との間だけだけど、みんなで一緒に楽しんでいると、みんなで物語の中に入っていける。近くに座っている子の息づかいを感じながら、修学旅行みたいに、みんなでお話の世界にお出かけできるっていうのが、おはなし会の醍醐味だなと思います。1人旅もいいんですけど、みんなで行くと楽しいですもんね」

豊かな人生になるように 司書の願い

大盛況のうちに終わった、秋のおはなし会。
塩見さんは子どもたちに、「遊びたいときは遊んでいいけど、雨が降ったりした日は、図書室に来てゆっくり本を読んだり、調べ物したりしてね」と呼びかけていました。

勉強も娯楽も、インターネットに接続すればたくさんの情報が得られる現代。
子どもたちに読書体験をしてほしいと思う理由は何か、聞いてみました。

塩見さん
「五感を使って欲しいと思っています。本を開くとまず、触れるという触覚があり、それから匂いもあって、めくるっていう動作もある。本だからイメージの世界なんだけど、やっぱり何か体感していると思うんです。私が本を紹介できるときには、そこに書いてあった植物の本物を持ってきたりとか、本と本物をつなげて紹介したりしながら、子どもたちに本を提供していきたいと思っています。いざ、実社会に出たときに、いろんなイメージを覚えていて考えを広げられるように、五感を使った読書をしてもらいたいなと思います」

実は塩見さんも、分厚い本を読むのは苦手だと言います。
「そんな私が司書やってていいのかな、と思うこともあるんですけど」と話しながらも、司書としての思いを聞かせてくれました。

塩見さん
「その本と出会ったことで何かのきっかけになったり、そこからまた違う世界が広がったりっていうことがきっとあると思うんです。人生を変えるほどの本を紹介できないかもしれないけど、気持ちがしんどいときに励ましてもらえたり、その本を読むことで救われたりするようなことがあると思うので、子どもたちそれぞれに合う本がわかるような司書になりたいです。まだまだできていないので、そこに向かって頑張りたいなと思います」

取材を終えて

塩見さんを初めて取材したのは、岩城小学校の図書室でした。
手作りのポップや飾りつけで彩られている空間で、塩見さんの優しく穏やかな語り口を聞きながら、きっとここがお気に入りになっている子どもも多いだろうと思いましたが、
子どもたちが図書室に押し寄せる光景を見たときは、「ここまでか!」と正直驚きました。

「読書離れ」や「活字離れ」が叫ばれて久しいですが、少しのきっかけで、子どもたちは本を手に取ってくれること、そしてそのきっかけとして、学校司書の存在の大きさを実感しました。
ある絵本の一節を引用しながら、「本は宝物」と話していた塩見さん。子どもたちと一緒に宝探しをしてくれる学校司書の活躍の場が広がるよう、期待したいです。

  • 田村夢夏

    田村夢夏

    2023年8月に松山に赴任。小学校の時に読んだ絵本で印象に残っているのは「100万回生きたねこ」。 
    愛媛の魅力をお伝えできるように頑張ります!

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