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高知県室戸市 水揚げゼロでもお給料!? すごいぜサラリーマン漁師

  • 2023年10月11日

ブリやカツオ、マグロが捕れる豊かな漁場、高知県室戸市。大漁なのは魚だけではありません。県外から移住してくる若手漁師が5年間35人誕生しています。そこには不規則で不安定という漁師のイメージを覆した「サラリーマン漁師」の導入がありました。サラリーマン漁師では、天候や水揚げに関係なく給料は毎月固定給、年2回のボーナスも支給されます。さらに有休や各種手当もあり、大企業にもひけをとりません。全国で漁師の数が減少し、人手不足が叫ばれる中、打開するヒントを探ります。

(松山放送局ディレクター 中元健介)

大企業にも引けを取らない!?“サラリーマン漁師”の給料

漁師といえばその日の水揚げで給料が変動する不規則不安定な職場。ところが室戸にある定置網漁業を行う会社では“サラリーマン漁師”をウリに、長年の慣習を打ち破る改革を行ってきました。その仕掛け人が三津大敷で人事・労務を担当する山本幸生さん(67)。以前は天候やしけなど水揚げによって収入が上下する給料形態でしたが、水揚げに関係なく毎月固定の基本給を支払うように変えました。その額は25歳までは「年齢=基本給」。つまり22歳なら22万円が基本給となります。それだけではありません。住宅・通勤・家族・食費・休日出勤など数々の手当に加え、漁師ならでは、水揚げが多い日の臨時の“大漁手当”もつきます。大企業にも引けを取らない給料が、若者にとって大きな魅力となって県外から続々と移住してくる、というわけです。

“サラリーマン漁師”導入の理由

“サラリーマン漁師”導入の背景には、深刻な担い手不足がありました。高知県では20年間で漁業就業者の数がおよそ7000人から3300人へと半減。室戸市でも漁師のなり手がいないのが長年の課題でした。三津大敷では30年以上新卒の漁師が入ってきませんでした。そんな状況を打開しようと長い慣習を打ち破る改革を仕掛けたのが、山本幸生さんでした。
「長年漁師は地元の人しか雇わないという縄張り意識があった。だが地元には少子高齢化の影響で漁師のなり手がいない。このままでは途絶える」

危機感を感じた山本さんが目をつけたのは県外の若者。関西で開かれる就職セミナーや専門学校に足を運び、勧誘を行いました。口説き文句は「室戸には新しい漁師の働き方がある。きみもサラリーマン漁師にならないか」。その結果、山本さんの会社には県外から移住した若い漁師が次々と誕生することになったのです。「漁師の不規則不安定のマイナスイメージを払拭することで効果大。古い考え方のままでは生き残れない」。

規則正しい勤務で“転職漁師”も

山本さんは、不規則だった漁師の勤務時間をタイムカードを使って管理するようにしました。午前5時に出勤し、午後2時に仕事が終わります。毎週土曜日が休みで有休も年に10日確保されています。高収入に加え規則正しい勤務に魅力を感じ転職してきたひともいます。地元の食品会社から転職してきた河野清隆さん(32)。月給は40万円を超え前職の倍以上になりました。毎日昼過ぎには仕事を終え保育園に子供を迎えにいき、共働きの妻とは夕食作りや子供の面倒も分担しています。河野さんは子供が出来たことをきっかけに転職を決意。当初「より収入が高く子育てのために時間の融通がきく会社は県外にしかない」と考えていました。そんな中、知り合いを通じて見つけた“地元のサラリーマン漁師”の待遇に衝撃を受けました。
「用事がありこの日は休みたいというと休ませてもらえるから、不測の事態や子どもの体調悪いときなども結構融通が利く。地元で仕事や生活する環境として今の待遇はすごくいい。このままずっと漁師一本で自分は行く」

年功序列廃止 実力主義でやる気アップ

さらに年功序列を廃止し、やる気と実力のある若者を積極的に重要な役職に抜擢するようにしました。山本さんは「以前は地元の人間しか役職につけなかった。古い体質を変え会社の活性化につながれば水揚げもあがる」とねらいを語ります。大阪から来た田中友吾さん(24)は今年から船の舵取りを行う重責の“船頭”に抜擢されました。入社3年目では異例の早さです。船頭の役職手当も加わり田中さんの月給は30万円を超えています。
「船頭抜擢で自分が評価されていると感じ励みになる。おまけに給料も高くなれば頑張らないわけにはいかない」と田中さん。一人暮らしのアパートで飼うペットのカメやイモリやウナギに餌をやる瞬間が至福のひとときです。

ミスマッチを防ぐ漁業体験も

行政も県外から移住してくる漁師の支援に乗り出しています。高知県では県外から移住して漁師になりたいという希望者に対し、就職する前に「漁業体験」制度を設けその宿泊費や長靴・合羽などの装備費を負担しています。高知県水産振興部の大河俊之さんは「いざ漁師になった時に自分の想像していたものと違う、こんなはずじゃなかったというミスマッチを防ぐのがねらい。就職を決める前に仕事を体験し現場の人の話を聞くことが大事」。この体験制度を使って奈良からやってきた高校3年生の池田一聖さん(18)。大阪で開かれた就職セミナーでサラリーマン漁師と漁業体験があることを知りやってきました。池田さんは「漁師になろうと思った理由は海と魚が好きで、何よりも“漁船”が好きでスマホの待ち受け画面にしています。今回の体験で漁船に乗れるだけで興奮します」と満面の笑顔。

ところがいざ漁が始まると池田さんの表情が一変します。網を引っ張りますが、足がすくみ動けなくなります。「憧れだけでなれるほど漁師は甘くない。テレビやYouTubeで見ていた時はいけると思っていたけど、実際に現場を体験してみると全然違う。網も魚も想像以上に重いし身体が持って行かれそうになった。命と隣り合わせの現場。仕事として覚悟を持ってやれるのか、じっくり考えてから決めたい」。

“サラリーマン漁師”が漁業を救う!?

3泊4日の漁業体験を終えた池田さんを先輩達が食事会に誘いました。関西地区からの移住してくる漁師が多いため、皆が集まる時は手作りの「たこ焼きパーティー」が恒例。先輩たちもまた同じように漁業体験を経て入社しています。県外からきて自分たちが漁師になって感じたことや経験したことを率直に池田さんに伝えることが、就職を決める上で役に立てばと考えました。

田中友吾さん
「最初は土佐弁がけんかしているみたいに聞こえて戸惑った。でもお父さん世代の先輩漁師が僕ら若い世代の意見をはねつけるのではなく取り入れてくれたりするのは結局仕事を早く覚えてほしいから。県外からきて漁師も素人、言葉も分からん、そんな僕たちの意見を聞いて育ててくれようとするのは本当にありがたい、大切にされていると感じる」

池田一聖さん
「生で見て漁師の厳しさは想像以上だった。海の上で戦う先輩たちの姿もかっこよかった。こんな言葉をかけてくれて温かさも感じた。この会社に入っても後悔はしない」

担い手不足の漁業を支える若いサラリーマン漁師。長きにわたる漁師の慣習を打ち破り、仕事がしやすい職場環境を生み出した働き方改革が呼び水となっていました。

取材を終えて

漁師の“シン時代”の幕開け。Adoの「新時代」を聴きながら原稿を書いています。
「♪新時代はこの未来だ 世界中全部 変えてしまえば」。
漁師の世界に限らず、これまでのやり方を打ち破っていけば、案外いろんなことがうまくいくんじゃないか、そんな気がする今日この頃です。

  • 中元健介

    ディレクター

    中元健介

    スポーツ番組、ドキュメンタリーのディレクター。スノーボード・平野歩夢選手やソフトボール・上野由岐子選手などの番組を制作。オリンピック、サッカーワールドカップ、MLBなど海外の現地取材も担当。現在は震災や豪雨、戦争がテーマ。

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