ページの本文へ

WEBニュース特集 愛媛インサイト

  1. NHK松山
  2. WEBニュース特集 愛媛インサイト
  3. ニホンカワウソもいた!懐かしの道後動物園を訪ねて

ニホンカワウソもいた!懐かしの道後動物園を訪ねて

まぼろしの獣を動画で
  • 2023年10月05日

NHK松山放送局に残る映像や、その映像ゆかりの人々を通して愛媛の魅力を再発見する「あの日めぐり」。今回はリクエストをいただいた「とべ動物園」の前身、「道後動物園」の懐かしい映像を探しました。

「父親の知り合いが道後動物園にいて、10歳のころ動物園でアシカにエサをあげたり、チンパンジーの赤ちゃんを散歩させたりしたことを覚えています。今ではカワウソと写真を撮っておけばよかったと後悔しています」(西条市 60代)

(NHK松山放送局 鈴村奈美)

カラー化でよみがえる道後動物園

子どもたちがライオンの赤ちゃんと触れ合っています。1957年(昭和32年)に放送された映像です。道後動物園は、今からちょうど70年前の1953年(昭和28年)、動物園が欲しいという子どもたちの声に応えて、現在の松山市の道後公園に誕生しました。ピーク時には、およそ170種類の動物を飼育。プールや遊具などもあって、大勢の子どもたちでにぎわいました。

道後動物園と言えば、忘れてはいけないのがニホンカワウソです。
今では国の絶滅種に指定され、その姿を見ることができない二ホンカワウソ。
全国で唯一、飼育したことで、園の名前が有名になりました。

とべ動物園に引っ越し

しかし、高度経済成長に伴って、周辺には住宅が建ち並ぶようになり、住民への配慮もあって、1987年(昭和62年)に閉園。たくさんの動物たちが砥部町へと引っ越しました。

その引っ越しに携わった道後動物園の元飼育員 田村千明さんです。引っ越しの2か月前に園に就職し、主に鳥類の飼育を担当していたといいます。

地図を見ながら、跡地を歩いてみました。

「道後動物園閉園のころの地図なんですけど、この辺にゲートがあって入り口になっていました。この右手に鳥の獣舎が続いていたんですけど、私はクジャク舎とか小鳥舎を担当していました。今思うと、動物園があったなんて信じられない感じです」

田村さんにとって、特に思い出深い出来事は、やはり動物の引っ越しだといいます。
わずか3日間で100種類以上の動物を移動させるという一大プロジェクトでした。
引っ越し作業では、記録係として写真や動画の撮影に奔走していたという田村さん。
当時のことを教えてもらいました。

「カンガルーは、まずしっぽを押さえないといかんのですよ。そうしないと前蹴りをされるんで。フラミンゴは一度捕まえたら足を骨折しないように、折り曲げてストッキングをかぶせるんです。熊も頭がいいので(当時の)園長が一生懸命“まーくんまーくん(名前)大丈夫”って説得して、やっと入ってきてくれました。これ(鳥)が捕獲する時にいちばん大変だった動物なんですけど、飛び越えるわ潜るわで本当に大変で、しまいにはやけくそになってお堀の中に入って捕まえたり・・・」

1987年10月28日 動物園の引っ越し

そして、捕獲された動物たちは、隣の砥部町まで運ばれました。

「沿道に幼稚園とか保育園のたくさんの子どもさんたちもみんな駆けつけて“さようなら”とか“いってらっしゃい”とか“ありがとう”とか、いろんな声をかけてくださったのがすごくうれしかった。地域の人たちに愛されていたんだなというか、そういう動物園なんだなというのを、今この映像を見て本当にしみじみ感じました」

道後から引っ越した動物たちも元気に

ことし、開園から35周年を迎えた、とべ動物園。
道後から引っ越した動物のうち4種類が、今も元気に暮らしているといいます。

園長の宮内敬介さんに案内してもらいました。
コロンビアクロクモザルの「クロ」です。

「もう40歳くらい。私の動物園人生より長く生きています」

ほかにも、フラミンゴにボウシテナガザル。

さらに、インコの仲間キバタンの「タロー」。
推定50歳です。

ニホンカワウソへの思い

道後動物園時代のレガシーともいえるニホンカワウソ。
道後動物園では12年余りにわたって、6頭を飼育していましたが、乱獲や環境の悪化によって数が激減し、2012年(平成24年)には国の絶滅種に指定されました。

現在、ニホンカワウソはとべ動物園のシンボルマークとなっています。

宮内園長
「ニホンカワウソっていうのは“自然環境が大事だ”というメッセージを持った動物なんですね。そういう意味もありましてシンボルマークになっています」

園内の展示室には、剥製などの貴重な資料が、今も残されています。

「道後動物園で実際に飼育していた個体の剥製になります。1メートルから1メートル30センチくらいの大きさがあります。この全身骨格もすごく珍しいです」

宮内さんに昔の二ホンカワウソの映像を見てもらいました。

「すごいですね。カワウソはこんな動きをしていたんですね!生きているニホンカワウソの姿を見るのは初めてです。こういう所で飼っていたんですか。これ、ドジョウをつかんでいるところなんですけど、手を器用に使って獲物を捕って口に運んでいますね。活発に動く動物なので子どもたちに人気だったんだと思います」

昭和40年に捕獲された二ホンカワウソの映像。名前を調べてもらいました。

「これは五郎ですね。男の子です。昭和40年4月20日が捕獲日となっています。多分間違いないですね。五郎に会えてうれしいです。ちゃんと本当に生きていたんだなって感じですね」

「五郎」は、現在の愛南町で捕獲され、およそ1年間、道後で飼育されていました。
園では、二ホンカワウソを通して、動物と共生する大切さを子どもたちに教える取り組みも行っています。

「みなさんニホンカワウソって聞いたことありますか?きょうこちらにコツメカワウソがいるんだけど、コツメカワウソよりちょっと大きいニホンカワウソのお話をします。良質な毛皮の目的のために、乱獲されたり河川の汚染や護岸工事で生息地が奪われたりして、今ではもう二ホンカワウソの姿は、野生では見られなくなりました。第二のニホンカワウソを出さないようにみなさんの力で環境保全に取り組みましょう」

「今は幻の獣になってしまった二ホンカワウソのような動物を二度と作らないという思いを私たちがつなげることは常に感じています。みなさんが動物園に来て、動物のよき理解者になってもらうことを心より望んでいます」

実はニホンカワウソについて、国が絶滅種としている一方で、愛媛県はまだ生存の可能性があるとして今も調査や目撃情報の収集を行っています。
とべ動物園の園長の宮内さんは、「いつかニホンカワウソが見つかったときには、一番に手を挙げて飼育に乗り出したい」と話していました。

 

NHK松山放送局では、もう一度見たい!懐かしい映像のリクエストや、映像にまつわる皆さんの思い出を募集しています。昔、この場所はどうだったのか? いまはなき思い出の場所を見てみたい、昔映像に出ていたあの人をもう一度見たい、など下記よりお送りください。

愛媛の懐かしい映像をカラー化
これまでの「あの日めぐり」

  • 鈴村奈美

    鈴村奈美

    2020年度から「ひめポン!」キャスターを隔週で担当。愛称は「すずむ~」。

ページトップに戻る