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挑む私を見て欲しい 全国障害者スポーツ大会 愛媛県代表ランナー

  • 2023年08月28日

「もうこれ以上頑張れない…」
 そう諦めそうになった経験、皆さんはありませんか?

全国障害者スポーツ大会に愛媛県代表として出場するアスリートも、そんな壁に直面した一人でした。

壁をどう乗り越えて代表にまでなったのか―。
彼女の挑戦の軌跡を紹介します。

(NHK松山放送局 品川夏葵)

愛媛県松山市で活動する「だんだんパートナーズ」

取材を始めたきっかけは、職場でのささいな会話からでした。
同僚が「NHKの近くを視覚障害者が伴走者とランニングしているのをよく見かける」というのです。

日曜日も活動していると聞き、城山公園を訪ねました。

練習していたのは「だんだんパートナーズ」というランニングクラブです。
この日は、視覚障害者7人と、視覚障害者と共に走る“伴走者”10人が集まっていました。
代表の西野真由佳さんによると、クラブには100人以上が登録していて、週に1~2回ほど集まってランニングやウォーキングなどをしているそうです。

広い芝生の上で準備体操

視覚障害者と伴走者はペアになり、“きずな”と呼ばれるロープの端と端を持って走ります。
パラリンピックでそんな場面を見たことがある人もいるかもしれません。

視覚障害者と伴走者をつなぐ“きずな”

“きずな”でつながった伴走者は視覚障害者のペースに合わせながら、自転車などの障害物や曲がる方向、段差などを教えていきます。
小さな段差や少しの坂も視覚障害者にとっては危険がともないます。
絶妙なタイミングでの声掛けが肝心です。

メンバーの中に、“障害者の国体”といわれる「全国障害者スポーツ大会」に愛媛県代表として出場する選手がいると教えてもらいました。 
それが、今回紹介する米屋明歩さん(27)です。

米屋明歩さん

“挫折の連続”だった人生

明歩さんは、陸上800mとジャベリックスローという、やり投げに似た競技の2種目で出場します。
会ってみると、県を代表するアスリートという威圧感はなく、小柄で穏やか、そしてよく笑う女性でした。
私と年齢が近いこともあり、すぐに話が弾みました。

小さい頃から運動が得意だったんだろうな― というイメージを持っていましたが、意外にも語ったのは「挫折の連続だった」という苦難の人生でした。

明歩さんは生まれつき全盲で、目の前のものがぼんやり“何かがある”と分かる程度だそうです。
家族や親戚のなかで唯一目が見えなかったため、幼少期から自分だけができないことだらけだと感じてきました。

米屋さん
「洗濯や掃除などのちょっとした日常生活の中に、視覚障害のある自分だけできないことがあると感じていました。いとこと集まってカードゲームなどをしているとき、仲間に入れようと一生懸命説明はしてくれるものの、理解できずに一人だけ遊べないことも多かったです。“自分は頑張ってもできない”と子どものころから思っていました」

盲学校では、クラスに弱視の生徒もいました。
しかし、点字を使わなければならないほど視力が悪かったのは、明歩さんだけ。
1人だけ点字機でノートをとっていたため、時間がかかっても自分のためだけに待ってくれとも言い出せず、授業についていくのに苦労しました。

盲学校の卒業写真

卒業後は、専門学校に通って「あん摩マッサージ指圧師」の資格を頑張って取得。
無事マッサージ院に就職できましたが、長続きしませんでした。

「つらかったです。マッサージの練習はするのに指が痛くなっていって…。うまくいかないことの方が多かったです。頑張ろうっていう気持ちがなくなってましたね。(客から指名をもらうなど)なかなか結果に結びつかなくて、結果仕事を辞めてしまいました」

こう、時折言葉を詰まらせながら話してくれました。

仕事で結果の出ないつらさは、入局1年目の私(筆者)も共感するところです。
でも、そんなつらさを明歩さんのように20年以上経験し続けたら…。
挑戦することを諦めてしまったかもしれません。

でも、彼女は今は県を代表するランナーです。
私は思いきって話題を変えて“走り”について聞くことにしました。
すると… 明歩さんの表情がガラッと変わったのです。

人生を変えた「走りとの出会い」

明歩さんが走り始めたのは、わずか2年ほど前からです。
知人に練習会に誘われたことがきっかけでした。
はじめはダイエットになればと、軽い気持ちで参加したといいます。

それまで明歩さんは外出する時、家族やガイドヘルパーの腕をつかんで歩いていました。
ランニングの練習はまず、冒頭で紹介した“きずな”を持って、伴走者と歩くことから始めました。

練習を重ねるうち、ゆっくりした歩きは次第に早足に。
早足はやがてジョギングへと、つながっていきます。
会のメンバーの励ましにも背中を押され、距離も次第にのびていきました。

伴走者と走る明歩さん(左)

練習すればするほど手応えを感じられる面白さに、いつしか走ることに夢中になっていました。

「今までは本当に頑張っても、何が悪いんだかわからないけど結果が出ないことがほとんどだったんです。何をやってもうまくいかず、辞めようと思うことの方が多かったです。走ることにおいては、頑張りが結果に結びついている気がします。仲間に支えられながら、走ることに打ち込みました」

そして去年12月。
ついにハーフマラソンに初めて出場し、見事完走しました。
 “きずな”を使って歩くところから始めて、わずか1年ちょっとでの快挙でした。

ハーフマラソン完走時

明歩さんは、自身の変化を笑顔で振り返ります。

「(完走したときは)あと3分で3時間を切れたので悔しかったです。もう1回やるしかないと思いました。ここには、ちょっとでもうまくいったら、すぐ褒めてくれる人ばかりです。しかも、ただ単に褒めてくれるだけじゃなくて、細かな成長をちゃんと見て褒めてくれる人がいるんですよね。ああこの人はちゃんと見てくれてるんだなっていうのはすごく感じられることが多いです。だから、これでいいんだ、頑張れば結果がついてくるんだと思えるようになりました。今までは、無理して作り笑いをしていたんですが、今は自然に明るく笑えています」

800mは新たな挑戦

ハーフマラソン完走後、明歩さんは2023年10月28日から30日に鹿児島で開催される全国障害者スポーツ大会への出場を目指すことにしました。

走ることで大会に出るには、まだまだタイムが及びません。
そこで会のメンバーと相談して、ジャベリックスローという、やり投げのような競技で予選会に出てみようということになりました。

競技に使う70cmの棒を試しに投げてみると、筋がいいという話になり、2023年5月予選会に出場。
見事愛媛県代表に選ばれました。

そしてなぜ、陸上800mにも出場できるのか。
実は愛媛県では、陸上競技で代表に選ばれた人は、もう1種目、参加できる競技を選ぶことができます。
走ることが好きになった明歩さんは、思い切って800mにも挑戦ようと考えたのです。

マラソンよりはるかに短い距離ですが、今の明歩さんにとって最大のチャレンジが、この800mです。

走るフォームや使う筋肉、そして戦略がマラソンとは全く違います。
長距離走はペース配分を考えながら比較的ゆっくりコース(時には町の中)を走っていくのに対し、800mは競技場の狭いトラックを全力疾走に近い形で駆け抜けます。
大きな差が生まれづらく、競技者と伴走者がだんご状態でゴールまでもつれ込むことが多く、わずかなミスが順位を大きく下げます。

明歩さんは、これまで全力疾走する人の姿を見たことがありません。
そのため、視覚的にイメージを作ることが難しいのです。

その重要な伴走者を務めるのが、クラブの代表の西野真由佳さんです。
西野さんもトライアスロンに出場していて、脚力には自信があります。

西野真由佳さん

会のメンバーで、去年の全国障害者スポーツ大会の陸上1500mの弱視のカテゴリーで金メダルを獲得した高塚晴至さんに、足のあげ方や腕の振り方などのフォームをチェックしてもらっています。

走っている間は、横にいる西野さんがフォームを確認して、修正を促します。

2人の目標は、出るからには3位以内に入ってメダルを獲得すること。
タイムは着実に伸びていますが、大会まで残り2か月ほどで半分くらいに縮めなければ、届かない、高い目標です。

今後は週4回ほどに練習を増やし、より実戦に近い環境にするために競技場でも練習を行い、追い込みをかけます。

目標にはまだ遠く、練習も厳しさを増していますが、今の明歩さんにはもう諦める気持ちはありません。

「練習がしんどくて、はやく終わってくれんかなって思う時も正直ありますよ、 あるけど、頑張ったら結果が付いてくるから、限界以上に頑張れているところはありますね」

明歩さんは、こうして目標に向かって突き進む姿を、他の視覚障害者にも示していきたいと考えています。

「今まで“頑張ったらできる”とか、そういう体験談を教えてくれる人が少なかったんです。ですから、私が伝えていかないと。スポーツでも何でもいい、挑戦したら結果はついてくるんだよっていうことを、いろんな人に伝えたい」

取材を終えて

取材中、私も伴走に挑戦してみました。一緒に走ってくれた障害者の方は私よりも速く、ついていくのに必死でした。そんな時に声をかけてもらうと、背中が押されるようで、励みになりました。
これまで、私は健常者が障害者を支えるのが当たり前だと思いこんでいました。しかし伴走したとき、互いに支え合っているのだと実感しました。
同じ障害がある人々を勇気づけたいと、前を進み続ける明歩さんの挑戦を、今後も見守っていきたいと思います。

  • 品川夏葵

    品川夏葵

    2023年入局のディレクター。 趣味はスキューバダイビングで、愛媛の海制覇を目指している。

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