伊予郡松前町 愛媛県唯一 “視覚障害者専用”グループホーム
- 2023年08月17日

買い物に出かけたり、好きなアーティストのライブに出かけたり…。
多くの人が楽しむ“当たり前の日常”を視覚に障害がある人の生活でも保障したいと奮闘する、1人の男性が愛媛県にいます。
自身も視覚障害者であるという男性の思いを取材しました。
(NHK松山放送局 河村柚花)
“視覚障害者専用”のグループホーム
松山市から車で20分ほど行った伊予郡松前町に、その男性が運営するグループホーム「こいこい」があります。

入居するのは、視覚に障害がある40代から80代の男女7人。
愛媛県内でただ一つの視覚障害者に特化したグループホームです。
スタッフ7人が24時間交代で常駐し、食事の時には料理名だけでなく材料も説明し、“見栄え”も想像できるように工夫して接しています。
施設はガイドヘルパーとも連携していて、自分たちのタイミングで好きな用事のために出かけることもできる、自由さが特徴です。
入居者の1人、宮本泰史さん(49)は、緑内障で15年ほど前に視覚障害になりました。
これまでにも肢体不自由の人と一緒に住むグループホームにいたこともありましたが、自分が望む暮らしの形を実現するのは難しかったといいます。

「以前の施設では、目が見えないから車いすの人と接触したり、手すりがない場所があって、出歩くことが怖くなっていました。このグループホームは、ガイドヘルパーと外出もできるし、風呂も毎日入れる。目が見えている時の生活に戻るような感じです」
視覚障害でも豊かな生活を送りたい
こちらが、この施設を立ち上げた金村厚司さんです。

金村さんは明るく入所者に声をかけるなど、いつも元気いっぱい。
そんな金村さん自身も全盲で、ほとんど見えていません。
金村さんがこのグループホームを作った背景には、自分自身が苦労した経験があります。
異変に気づいたのは15歳の時。
黒板の文字が見えづらくなり、眼科を受診したところ、眼圧に異常が発見されたのです。
金村厚司さん
「目の異常が発見されたときには"早めに気がついたらよかったね"っていわれるくらい症状が進んでいました。同級生からは"あいつはもうだめになった"とか、聞きたくないようなことを言われたりして…。目が見えている一般の流れに乗っかっている社会からドロップアウトしたような感覚でした」

その後、20代後半から白杖がないと出歩けなくなり、30代で全盲に。
待ち受けていたのは、思い通りにいかない生活でした。

金村さんは目に障害が見つかってから趣味でギター演奏を始めました。
でも、楽器店でライブが開催される情報を得ても、なかなか行きづらい状況にありました。
連れて行ってくれるガイドヘルパーを利用できなかったためです。
視覚障害者の外出をサポートするガイドヘルパーは、当時、国の制度で利用できましたが、あくまでも通院や買い物といった、生きていくには不可欠な用事が優先
趣味や娯楽で利用しようにも、利用しづらい状態でした。
緑内障や糖尿病、事故や先天性の病気などで目が見えない、見えにくいといった視覚障害者は、全国でおよそ31万人いるとされています。
高齢化の傾向が続く中で、その数はさらに増えることが予想されています。
それなのに視覚障害者への支援はまだまだ十分に行き届いていないと金村さんは痛感しました。

「一般の人が行くようなところに“あなたは目が悪いからいけませんよ”っていうのは、おかしいやないですか。自分が視覚障害になって、バリアとか壁とかを多く感じたんです。だから、視覚障害の方の選択肢が広げられるような環境を、もっと作りたいなと思ったんです」
そこで2002年に視覚障害者の生活を支えるためのNPO法人を設立。
東予と中予にガイドヘルパーを展開し、就労支援のサービスも始めました。
そして9年前に作ったのが、いつでも好きなときに出歩くことができる、このグループホームです。
都市部以外にもガイドヘルパーを
愛媛県には5000人以上の視覚障害者がいます。
その多くは都市部から離れた地域にも暮らしています。
金村さんはこうした地域で暮らす人たちをサポートしようと、新たに南予地域でガイドヘルパーの育成も始めています。

南予地域に住む、視覚に障害がある松浦常子さんは、自分たちの予定に合わせてガイドヘルパーを確保することは難しいといいます。

「一緒に外出してもらいたいというときに、一緒に行ってもらう人がいないというのが一番困りました。家族もそれぞれ仕事持っていますし、家族だっていつもあてにしてもらったら困るでしょう」
2023年7月、金村さんはこの地域で初めて、ガイドヘルパーを養成する研修を開催。
12人が参加しました。
こうしたガイドヘルパー養成講座は全国でも開催されていますが、金村さんのような障害者本人が講師となるケースは珍しいそうです。
ガイドするときに注意すべきポイントや障害者自身が抱える悩みなどを、金村さんは自身の体験をふまえながら伝えます。
たとえば。
人口が少ない地域では自動車は欠かせない交通手段ですが、ガイドヘルパーが運転する車に視覚障害者が同乗してサービスを受けることは許されていません。
そこで公共交通機関を利用することになりますが、便数が少ないため、事前に時刻表などを確認する必要があります。その一手間が視覚障害者にとっては大変な作業なのです。
実体験から来る金村さんの講義に、参加者たちは熱心にメモを取っていました。
研修では2人1組のペアになって、外でも実習を行いました。
1人が視覚障害者役となってアイマスクを着用して、実際に視覚障害者が直面する状況を想定しながらガイドを体験します。

たとえば、駅。
四国には多くの無人駅がありますが、切符の購入から段差の補助などをガイドヘルパー1人でこなせなければなりません。

段差の高さ、踏み出す歩幅の大きさなど、細かく、タイミング良く声をかけることを金村さんは指導していきました。
松浦常子さん
「今までガイドヘルパーが不足していた人口の少ない地域でも、視覚障害者が生活を送りやすくなることで、今後は、視覚障害者がこんなことやりたい、とかこんな自分になりたいといった環境整備ができたら、もっといいなと思います」
取材を終えて
金村さんは、「目が見えなくなったことで、精神的なつらさと、制度が使いづらく出歩けないつらさの両方を経験した」と語っていました。
そんな中、同じ境遇の視覚障害者をそのつらさから解放してあげたいと、目が見えなくなってから福祉の勉強をし、自らが視覚障害者が生活しやすい社会に変えていこうとする姿に感銘を受けました。
今回のように、中心部から離れた地域に住む視覚障害者は、ガイドヘルパーが不足し外出しづらいなど、視覚障害者を取り巻く環境にはまだまだ課題があります。
そんなバリアを一つずつ壊していく金村さんの取り組みを、今後も取材し続けていきます。