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今治のタオル帽子でがん患者にエールを

  • 2023年08月23日

7月下旬、今治市の美術館でがんの闘病記を描いた絵本の原画展が開かれました。絵本のタイトルは『タオルの帽子』。絵本が作られた背景には、闘病中の方へ向けた、ある女性のメッセージが込められていました。

(NHK松山放送局 瀬田萌々子)

生と死をテーマにした絵本『タオルの帽子』

「タオルの帽子」とはどんな絵本なのでしょう?
ふわふわのタオルケットにくるまれた赤ちゃんの表紙を目にし、興味津々に本を手にしたのを覚えています。
しかし、ページをめくると、物語は重々しいがんの宣告からはじまります。

『タオルの帽子』原画展にて撮影

癌の宣告を受けた。目の前が真っ暗?真っ白?
全身の力が抜けて 身体がなくなったような 自分がいなくなったような
急いで何かしなきゃいけないような 
何をどうしていいのか分からないような 真空の中

『タオルの帽子』より抜粋

抗がん剤治療が始まり、女性の髪の毛は副作用ですべて抜け落ちます。
不安と惨めさで心が沈んでいるとき、主人公の背中を押してくれたのが、姉からもらったタオル生地の帽子でした。
安ど感を感じた主人公は、タオルを通して色んな人に支えられた記憶が蘇ってきます。

ふと思う この感じ 前にもあった いつ?
子どものころ お風呂からでたわたしを
お母さんが ふわふわのタオルでくるんでくれたあの感じ

『タオルの帽子』より抜粋

おひさまの匂いがするタオルに顔をうずめた幼少期や、雨に打たれ涙した夜に家族に体を拭いてもらったこと、生まれたてのわが子をバスタオルでくるんだこと…
絵本では、タオルを通した記憶がよみがえり、だんだんと心が前向きになる様子が描かれています。

今治の女性の闘病経験が原案に

伊藤さんが応募した『タオル帽子』 

今年1月に書籍化された『タオルの帽子』。
絵本を企画したのは、「タオルびと」制作プロジェクト委員会です。
委員会では、今治市立図書館のホームページで2012年からタオル産業を支える職人の声をデジタル発信しています。10年記念事業として絵本制作を企画し、今治出身のアーティストMaya Maxxさんに絵と文を依頼。タオルにまつわる物語を全国募集しました。
「タオルの本質を描きたい」という思いがあったMaya Maxxさん。
集められた102作品の中から、彼女の心に響いたのが、今治市に住む伊藤幸恵さん(73)の原案でした。

辛い闘病生活を支えてくれたタオル帽子

「毛髪が一本もない。 眉もなく、まつ毛もない。私にとって、その事実は、丸裸にされている様な、とても惨めで、恥ずかしく、悔しくて心がざわつき落ち着かない状態だったのだと思います」

伊藤さんの原案より

2006年に卵巣がんを患った伊藤さんは、抗がん剤の効果がない場合は2年から3年の命と宣告を受けます。
2度の手術と抗がん剤治療を経て、一度は治りますが、2009年に再発し、闘病生活の辛さを味わいました。
そんな彼女の毎日を支えてくれたのが、お姉さんからもらったタオル帽子でした。
原画展初日、伊藤さんはMaya Maxxさんとのギャラリートークでタオル帽子をかぶったときの心の変化を語りました。

左:Maya Maxxさん 右:伊藤幸恵さん

「全身をふわぁっとタオルで包まれたような安ど感を感じたんです。その時に、親のこととか兄弟のこと、家族との色んな思いがよみがえって。タオルは体も包んでくれるけど、心も包んでくれる。いろんな人に支えられて今の命があるって、生かされているという感覚になりました」

 

生と死の瀬戸際に立たされた時、タオル帽子を通してはじめて気づいたこと。
それは、家族や周りの人に支えられて生きてきた、ということでした。
そして、タオルそのものが、そんな周りの愛を感じさせ、良いときも悪いときも、変わらず包み込んでくれるものだったのです。

タオル帽子で恩返し 地域を巻き込んでエールを送る

伊藤さんは、がんの克服後「東予がん患者と家族の会」の代表として、患者を支援する活動をしています。そんな中、手作りのタオル帽子を闘病中の患者へ届けはじめたのは2013年。
抗がん剤治療の副作用で脱毛した患者さんに、タオル帽子が良いと言われていることを知った伊藤さんは、自分自身も闘病中に背中を押された体験を思い出し、帽子の制作に取り組みました。

伊藤幸恵さん

「せっかくタオルが名産の今治に生れたのだから、ここから発信したいと思いました。私がタオル帽子で救われたように、みなさんにも希望を持って闘病してほしいという思いから、タオル帽子を届けようと思ったんです」

タオル生地は、伊藤さんが地元のタオルメーカーと直接交渉し、無償で提供してもらえるようになりました。
活動を始めた当初、飛び込みで訪問したタオルメーカーから、沢山の生地をもらい今治の人の優しさに驚いたといいます。

「何軒か断られると思って訪ねたのに、最初の2軒でタオル生地を快く提供してくださいました。見ず知らずの私にやさしさを分けてもらい、後押しして下さったから今があります」

活動が知られるようになると、地元の企業や福祉施設、中学校などでもボランティアで帽子を作りたいと声があがるように。
伊藤さんは、そのたびに指導に出向き、手作りされたタオル帽子を一つ一つ集めていきました。
この10年で伊藤さんらが作ったタオル帽子は1000枚を超えます。

患者目線でつくられるタオル帽子

取材の日、患者会のメンバーとともにタオル帽子を作る様子を見せてもらいました。
一つ一つ手作りのタオル帽子ですが「普通の帽子と何が違うの?」という疑問がわきます。
尋ねてみると、闘病中に帽子を使っていた伊藤さんだから分かる、タオル帽子の利点がありました。

 

① 肌になじむ
脱毛により、はじめて外気にさらされる頭皮は敏感です。
しかし、タオルは常に触っているもので体全体になじむため、安心感があったといいます。
また、肌との摩擦が軽減するよう、伊藤さんらは、縫い代を丁寧に倒しまつり縫いをする工夫をしています。

② 吸収性 
伊藤さんは、脱毛してはじめて、頭皮からでる油や汗の量に驚いたといいます。
毛髪がないと、頭皮がてかてかになってしまいますが、タオル帽子は吸収性がよく、簡単に洗濯できるため役に立つのです。

③ 襟足を覆ったデザインに 
髪の毛があることが前提にデザインされた一般的な帽子。
伊藤さんは闘病中、脱毛を隠したい気持ちがありましたが、つるつるの襟足が見える帽子は、かえって髪がないことが目立ってしまったと説明します。
そんな経験から、ゆったりしたデザインで襟足をカバーし、見た目への配慮もしているのです。

市内の病院に寄付されるタオル帽子

伊藤さんらの作ったタオル帽子は、これまで市内16の病院に寄付されました。地域がん診療連携拠点病院の済生会今治病院は、伊藤さんが定期的にタオル帽子を届けている病院の一つです。
当院では、がん相談支援センターという総合窓口や抗がん剤治療を受ける化学療法室で、希望する患者さんにタオル帽子を手渡していて、現在月に5枚から10枚ほどが届けられているといいます。
この10年間、患者の手元にタオル帽子がわたるのを見つめてきた、社会福祉士の松岡誠子さんに話を伺いました。

社会福祉士の松岡誠子さん

「これから始まる治療に不安でいっぱいの患者さんが、タオル帽子を選ぶときは顔が穏やかになり、一生懸命うれしそうに選ばれます。同じ治療をして乗り越えた方が、今度は辛い思いをした人の力になりたい、という思いで作られているので、患者さんも頑張ろうと思えるのではと思います」

タオル帽子を受け取った人の反応は…

織田久美子さん(75)は、伊藤さんのタオル帽子を受け取った一人です。
2019年、乳がんが発覚。乳房切除術(全摘)をしたものの、がんが悪化していることが分かり、抗がん剤治療を決意しました。
抗がん剤治療中は娘さんの自宅から通院していた織田さん。
脱毛した姿は、一目でがんと分かってしまうため悲しませたくないと、お孫さんの前ではタオル帽子をかぶっていました。

お孫さんと織田さん

伊藤さんが代表を務める、東予がん患者と家族の会は、第2水曜日に今治市立中央図書館にてがんサロンを開いています。
織田さんはこの日、がんサロンに足を運び伊藤さんと当時を振り返りました。

伊藤さん:私は髪の毛が一気に抜けたんよ。怖いくらい 
織田さん:そういう時はさすがに落ち込みますね。でも、また毛は生えてくるから、と開き直ってた。 
伊藤さん:私も笑いたくなかったけど、笑ってた。自分で色んな事をして無理やりにでも元気づけて…。
織田さん:やっぱり前向きでいることは大事。人の命はいつか終わるのだから、それまで自分らしく生きようと思った。

織田さんは、伊藤さんからもらったタオル帽子を今も大切に保管しています。
この先、がんになった人がいたらタオル帽子を手渡したいという思いからです。
闘病中の患者にエールを送りたいという人々の思いが、伊藤さんのタオル帽子を通し連鎖しているように感じました。

お手紙でお礼をもらうことも

「可愛いレインボーの帽子に元気がもらえそうです」

患者さんにとって辛い時期である抗がん剤治療。
タオル帽子を届け、その後どうなったかを聞く機会は多くありません。
そんな中、過去にもらったお手紙は伊藤さんらの活動の励みにもなっています。

がん患者に届けるエール

原画展を取材した日、伊藤さんは闘病中の女性に出会いました。
大急ぎで自宅にタオル帽子を取りに帰った伊藤さん。
色とりどりのタオル帽子を手に会場に戻り、女性に帽子を選んでもらいました。

医療用のタオル帽子をかぶっていた女性は、はじめて手に取ったタオル帽子をその場でかぶりました。

「本当に軽くてかぶっている感じがしないです。すごく柔らかいし、気持ちいいです」

現在抗がん剤治療中と話す女性。
同じ闘病経験をもつ伊藤さんと女性の会話には、取材者には立ち入ることのできない、独特の空気感がありました。

伊藤さん:脱毛ってある意味、今でしか味わえない雰囲気よね。
女性:だから今はね、変な言い方だけど楽しんでます。
伊藤さん:落ち込むこともありますよ。でも上見たらもうはい上がる空しかないから。
女性:今はちょっと休憩する時間なんかな、と思います。
伊藤さん:自分を大事にして、息継ぎしてください。

闘病経験をもつからこそ、同じ目線で寄り添う伊藤さん。
タオル帽子が誰に届いているのか分からない状況が続いていましたが、原画展をきっかけに、伊藤さんの思いが、直接伝わった瞬間でした。

最後に

一冊の絵本の背景をたどると、かつてタオル帽子に支えられた伊藤さんという女性の存在、そして、今まさに闘病中の患者さんへ向けた励ましのメッセージが込められていました。
そんな伊藤さんの思いを柔らかな絵に表現し、多くの人が共感できる物語になるよう文を手掛けたMaya Maxxさん。
伊藤さんの原案を読んで、Mayaさん自身が感じたことを聞きました。

Maya Maxxさん

「がんというできごとは、生まれてから死ぬまでのストーリーのひとつで、誰にでも起こりえるもの。最終的にその経験をすることは不幸せなことだけど、その経験をすることによってしか分からない本当の気持ちがあるのでは。つまり、がんの経験が、1人じゃなくてみんなが自分のことを見守ってくれる、って思える瞬間のひとつかもしれないということ。それに気づいたら、不幸せな体験は、不幸せじゃなくなるのだと思います」

「タオルびと」制作プロジェクト委員会

タオルにまつわる絵本制作の企画が、最終的に、命という壮大なテーマへと展開した今回の絵本プロジェクト。
絵本を企画した「タオルびと」制作プロジェクト委員会は、この本をより多くの人に届けたいと、昨年12月からクラウドファンディングをし、書籍化が実現しました。
現在は、愛媛県内の図書館や、今治市内の学校、全国がんセンター協議会などに寄贈されています。

取材を終えて

私が、伊藤さんの活動を知ったのは、たまたまMaya Maxxさんの原画展のチラシを目にしたことです。
しかし、伊藤さんがどんな思いをタオル帽子に込めているのか、その点は取材を進めてはじめて、立体的にわかっていきました。
何より自分が闘病中、怖い思いや辛い経験をしたからこそ、同じ目線で闘病中の患者に寄り添う事ができる伊藤さん。
「みなさんにも希望を持ってほしい」そう語る伊藤さんからは、辛い山を乗り越えた先に得た芯の強さのようなものを感じました。
私もいつか、人を慰め励ませる人になりたい。そのためには、周りに感謝して前を向いて生きていきたいと強く思わされました。

  • 瀬田萌々子

    瀬田萌々子

    2023年入局。松山赴任ではじめての地方暮らしです。学生時代に海外旅行や留学で学んだことは、地元の人にとにかく会う!と言うこと。愛媛を愛するローカルの皆様からいろんな発見を頂きお伝えできるよう頑張ります!

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