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豪雨被災の老舗旅館「わんこ日和」で再起を

  • 2023年02月21日

ことし1月、新型コロナ、豪雨の被災という2度の苦難を乗り越え、営業を再開した老舗旅館が芦北町にあります。
代々受け継いできた看板を守り続けるために、再起をかけた社長が銘打ったのは、「犬と泊まれる温泉宿」でした。

(熊本放送局 記者 西村雄介)

創業144年・老舗旅館の苦難

(田中正一さん)
「『復活します』という言葉を言いたくなかった。言ったことは守らないといけないから。本当に復活ができるのか、自信がなかった」

語るのは、田中正一さん。創業144年となる芦北町の「野坂屋旅館」の5代目の社長です。

八代海に面した美しい砂浜と、「海の貴婦人」とも呼ばれる白い帆掛け船を使った「観光うたせ船」で知られる芦北町。その中心部にあった野坂屋旅館は、長年、観光客だけでなく、冠婚葬祭などの場として、町の人たちに親しまれてきました。

しかし、3年前に感染拡大が始まった新型コロナウイルスで、宿泊客と利用者が激減し、売り上げが9割減少。

追い打ちをかけたのが、県内を流れる1級河川、球磨川などが氾濫した記録的な豪雨でした。旅館の近くを流れる佐敷川もあふれ、旅館の1階部分、1メートルが浸水する被害を受けました。

(田中正一さん)
「泥でぬかるんで、なかなか歩けない、宴会用の座布団やふとん、厨房機器もすべてが使えなくなった。そういう現状をみて、何から手をつけていいのだろうと。本当に呆然となりました」

「旅館を閉める役割なのか」社長の苦悩

中心部にあった旅館の建物は解体を余儀なくされ、再建をするかどうか。田中さんは家族と長い時間をかけて議論を続けます。

資金を集め、コロナと豪雨を乗り越えて再建を果たしたとしても、地方の人口減少が進むなかで、看板を守れるか、不安が次々に襲ってきました。

(田中正一さん)
「苦しんで、暗中模索して、どうすればいいんだろうと。旅館を閉めることも考えました。私で5代目になりますが、『旅館を閉めることが私の仕事なんだろうか、それをするために私はいるんだろうか』と」

その田中さんが、すがる思いで始めた「犬と泊まれる温泉宿」。きっかけは、熊本県出身で大阪在住、犬と生活をしている友人から「犬と一緒に泊まれるホテルや旅館が少ない」という話を聞いたことがきっかけでした。

(田中正一さん)
「岡山にわんちゃんと泊まれる宿があって、コロナでも予約がとれないと。九州には、犬と泊まれる宿が少ないから考えてみたらどうかと提案をもらって、実際に、家内と岡山まで泊まりにいった。頑張ったら、芦北でもできるかもしれないと。苦しい時代に生き残っていくための選択肢が何もなかった。そこに、細い光が見えてきたような思いでした」

次世代に次ぐ思いで再起

長い歴史と伝統を変える怖さあった一方で、前に踏み出せたのは「次の世代に『野坂屋旅館』を引き継いで行きたい」という思いがあったからでした。再建を祝う式典では、目に涙を浮かべ、これからの誓いを述べました。

(田中正一さん)
「代々引き継いできた野坂屋だから。もう1回、チャレンジをしたいと。ひとつひとつ乗り越えてやっていきたい。ここはゴールではなく、スタートです」

大好きな芦北町 知ってもらう場所に

さまざまな苦難を乗り越えて、のれんをあげた「野坂屋旅館 別邸 わんこ日和」。

営業再開の初日、早速、5つある客室が満室に。

訪れたワンちゃんも、体験したことがない新たな環境に興味津々です。

客室のすべてに、ワンちゃんも入れる「源泉掛け流し」の温泉のプールを設けているほか、肌の汚れを落とす「マイクロバブルバス」やドッグランなどがあり、ワンちゃんにも至れり尽くせりの宿に生まれ変わりました

初日、妻と訪れた八代市の男性は、3年前の豪雨が起きた時、ボランティアで野坂屋旅館を訪れていました。

(八代市・男性)
「豪雨の被害からここまで立ち上がり、とても良い旅館に生まれ変わった。本当にすごいことだと思います。これからもずっと応援をしていきたい」

3年ぶりに板前として包丁も握る田中さん。久々にふるまう料理には、芦北町の名物、太刀魚を準備。おもてなしの心は今もまったく変わりません。

野坂屋旅館を、あと100年続く旅館にするため、田中さんは今後も変化を恐れず、挑戦を続けていきたいとしています。

(田中正一さん)
「今までの道のりを振り返ると、支援をしてくれたみなさんへの感謝が一番だし、次世代に、引き継ぎたい、一緒にやっていきたいという思いで、ここまでできて、幸せと思っています。だからこそ、一生懸命、取り組んで、お客さんに喜んでもらえるようにしたいですし、借金も残っているけれども、苦難もすべて楽しんで、笑顔がたくさん生まれるようにしたい。愛犬家の人たちに『わんこ日和、行ってみたらどう?』と言われるような場所、また、海も山も、全部が大好きな芦北町、そして、熊本、九州の良さもまた、知ってもらうきっかけとなる場所になることを目指していきます」

  • 西村雄介

    熊本局記者

    西村雄介

    2014年入局・熊本局が初任地
    2016年から水俣病の取材を継続
    熊本地震・令和2年7月豪雨も発生直後から取材

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