ページの本文へ

ひろしまWEB特集

  1. NHK広島
  2. ひろしまWEB特集
  3. 広島市豪雨災害伝承館 「77人の犠牲を語り継ぐ」被災者の思い

広島市豪雨災害伝承館 「77人の犠牲を語り継ぐ」被災者の思い

広島市土砂災害から9年
  • 2023年09月26日

「今でもみんな『怖い怖い』と言うんです」

広島市で77人が犠牲になった土砂災害の教訓を伝える伝承館が9月、開館しました。この施設には、当時の災害について展示するだけではなく「学ぶ」という大きな役割があります。被災者たちの、同じ経験をほかの人にしてほしくないという強い思いが形になりました。

(広島放送局記者 重田八輝)

被災地にできた伝承館

広島市豪雨災害伝承館

平成26年8月20日に起きた土砂災害の被災地の1つ、広島市安佐南区の八木地区。あの日の教訓を伝えるため「広島市豪雨災害伝承館」が9月1日、開館しました。被災した地元の人たちが広島市に要望して完成したもので、運営も担っています。

伝承館2階 展示エリア

建物は2階建て。このうち2階の展示エリアでは当時広島で発生していた線状降水帯で集中的な豪雨が起きたメカニズムのパネルやその被害を写した写真などが展示されています。また、当時の土石流を再現したCG映像を見て土砂や岩などが急激な速さで迫ってくる状況を体感できるブースもあり、多くの人が映像を見つめていました。

熊野町から来た男性
「自分の町でも西日本豪雨がありました。災害を自分事として受け止めて、これからどう生活していくのかということをここに来てより強く思いました」

広島市安佐南区から来た女性
「もし災害が起こったら家族やまわりの友達も失うかもしれない。すごいつらいことだと思いました」

“人を、家を、つぶしていった”

開館に向け、準備を行ってきた被災者がいます。松井憲さん、71歳です。

松井憲さん(71)

松井さんは、9年前のあの日のことを今も忘れることはありません。広島市では、集中的な豪雨によって166か所で土石流や崖崩れが起き、災害関連死を含めて77人が亡くなりました。

平成26年8月20日 広島市安佐南区八木地区

当時、自宅にいた松井さん。目の前まで流れ込んだ高さ80センチ以上の土砂で外には出られず救助を待ち続けたといいます。八木地区だけで53人もの命が奪われました。

松井憲さん
「山の方を見ると、本当に土砂が滝のごとく流れていって、人をつぶし、家をつぶしていった。何が起きたのかがわからなかったよね。土砂災害がここで起きるなんて当時、全く思わなかったですよ」

“怖い怖い” 被災者に残る傷

被災後、地区ではお年寄りを中心に家にこもる人が多くなっていったといいます。

「なんとか外に出てもらわなければ」

新しいコミュニティーをつくろうと松井さんたちは、ことし3月までの7年間、被災者の交流施設を運営してきました。ここではお好み焼きを食べながら気軽に話を交わすことができました。

交流施設でお好み焼きを楽しむ

ただ、町の復興が進み、笑顔を見せる人も増えてきたものの、心に受けた傷は残り続けると感じていました。

松井憲さん
「みんなね、どこか心に傷を持つんですよ。不安はずっとついている。だから少し強めの雨が降ったりすると、みんな『怖い怖い』って言うんです。つらい思いは誰に聞いてもいまだに消えない。みんな、一生持ち続けるんだろうなと思いますね」

「学びを得られる場に」

悲惨な災害を語り継ぎ、防ぐにはどうすればいいのか。松井さんたち地域住民は伝承館の計画段階から議論に加わり、施設の在り方について考えてきました。

伝承館のイメージを説明する様子(令和2年8月)

最も重視したのは、被災の状況を伝える展示だけではなく“実践的な学びを得られる場”を作ることでした。

その思いが形となったのが、伝承館1階の研修室です。防災の集まりなどで使うためのもので、2階の展示エリアよりも面積は広く、最大120人が入れるようにしました。

伝承館1階 研修室 約130㎡の広さがある

開館初日。研修室ではさっそく防災の専門家を招いて避難の考え方を学ぶ勉強会が開かれました。

「土砂災害などのリスクがある地域に住む人たちは『危険性のあるところに住んでいる意識』を持ち、事前に避難のタイミングを決めておくことが重要だ」

こうした専門家のことばを、参加者たちは1つ1つメモにとり続けていました。

広島大学防災・減災研究センター長 海堀正博氏の勉強会

伝承館ではふだんの備えや避難の方法など、およそ100のカリキュラムが用意されていて、すでに県内外の多くの団体から勉強会の依頼が次々ときているということです。

“防災につなげる”ことが復興の第一歩

土砂災害からちょうど9年となった8月20日。地元の小学校で行われた献花式に松井さんの姿がありました。ここには亡くなった人たちの名前が刻まれた慰霊碑があります。

梅林小学校で行われた献花式

地区一帯では砂防ダムや避難道路などハード面の対策が進んでいます。ただ、ハードだけではなく、事前の備えや避難方法などを学ぶことが、自然現象から命を守るために欠かせない。松井さんは慰霊碑に献花し、あの悲惨な災害を決して忘れずに伝承館で取り組み続けることを犠牲者たちに誓いました。

松井憲さん
「我々のつらい経験をほかの人にしてほしくないんですよ。そのために豪雨災害伝承館で我々がどんな災害に遭って、どのように思ったことをみんなに伝えて、防災を学んでもらってつないでいくか。これをやることが復興の第一歩だと思うんです。復旧工事は進んでますけど、我々の気持ちとしては伝承館ができて、やっと復興に一歩踏み出せるんです。その一歩、今から進めていきますよ。その報告を慰霊碑にしましたね」

取材後記

開館から2日後、私は改めて伝承館を訪れました。2階の展示エリアの奥に設置されたボードには、来館者から寄せられたメッセージがたくさん貼られていました。

「災害はいつ起きてもおかしくないから、日ごろから考える」
「ひじょう食をじゅんびしておく。みんなで生きることが大切」
「さいがいを人ごとではなく、自分ごととしてとらえる」

それを見た松井さんは「きっと、思いはみんなに伝わっているよね」と私に語りかけました。“同じ経験をほかの人にしてほしくない”という松井さんたちの思いが広まり、1人1人の命を守る行動につながっていくことを願っています。

  • 重田八輝

    広島放送局 記者

    重田八輝

    2007年入局。福井局・大阪局・科学文化部を経て2021年秋から広島局。石川生まれ千葉育ち。

ページトップに戻る