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海外の患者と手をつなぎ、希少難病に立ち向かう 前編

2015年11月02日(月)

WebライターのKです。

「いまの日本社会は、本気で希少難病の患者を救おうとはしてないように感じます。みんな簡単にあきらめてしまっている」と語るのは、兵庫県加古川市の大坪雅子さんです。


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大坪雅子さん。加古川駅近くの喫茶店で。



雅子さんの長女の七海さんは現在19歳、ニーマン・ピック病C型という世界で500人しか確定診断されていない「希少難病」の患者です。ニーマン・ピック病C型とは、細胞内のコレステロール類を運び出す膜たんぱく質が生まれつき欠けているために起こる先天性代謝異常症で、脳細胞にコレステロールが蓄積されると、アルツハイマー病のように急激に脳が萎縮し、医療介助が必要な寝たきりの状態になってしまう恐ろしい病気です。幼児期に発症する患者の多くは10歳までに亡くなり、20歳を過ぎても生存している患者はわずかです。
 



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娘の七海さんと雅子さん。



母親の雅子さんは、幼児の頃から七海さんの異変に気づき、1分1秒でも早く治療を始め、あらゆる手を尽くしたいと考えていましたが、残念ながらその願いはかなえられませんでした。診断が確定したのは、ようやく13歳になったときでした。長い間原因不明とされ、治療のめどが立たないままに、7歳11か月で歩行不能となり、8歳1か月で話すことができなくなり、その1か月後には食事もとれなくなるなど、症状は崖をすべり落ちるように悪化していきました。

娘の病名が決まらない時期に、居ても立っても居られなくなった雅子さんは、ネットを駆使して、娘の病気に関係する情報を集めました。国内のみならず、海外の患者家族にも連絡を取り、医学書・医学論文にも目を通すようにしました。そうした必死の情報集めによって、ニーマン・ピック病C型の進行が、海外では治療によって抑えられている例があることがわかりました。

雅子さんは、可能性が残されていることを知った喜びとともに、「なぜ医療に関してまったくの素人である自分が集められるぐらいの情報を、誰も集めようとしてくれないのだろうか」という腹立たしさと孤独感に襲われました。「希少難病だからと初めからあきらめてしまって、限られた情報さえもきちんとは集められていないのでは」、そんな疑念もわいてきました。しかし、それは裏を返せば、世界の患者家族が手を結び、自分たちの病態を示す情報などをきちんと集積していけば、医療環境の改善をもたらすことができることも意味していました。

現在、母親の雅子さんは、アメリカ、ドイツ、スペイン、ノルウェー、ブラジル、アルゼンチンなど、世界数十か国の患者家族とネットでの交流を続けています。「決して語学に堪能なわけではないので、辞書を引き引き、苦労を重ねての情報集めです。もちろん海外の情報を入手するのが一番の目的ですが、同じ難病に苦しむ家族と気持ちを共有するだけでもホッとします。そして、自分の娘の情報が新たに病気になる子どもたちの治療に役立てばという思いもあります」と雅子さんは話します。


20151102_003_1R.JPG大坪さんと交流している世界の家族。左上から時計回りに①アメリカのヘンペルさん一家。双子の姉妹が罹患しています。②スペインのロペスさん一家。罹患しているのは中央の次男です。③ブラジルのペソア一家。罹患しているのは、赤ちゃんではなく、2人の姉妹です。④ノルウェーのブレゲン一家。幼い娘さんが罹患しています。


欧米では、希少性ゆえに治療や医薬品開発が進まない難病への対策として、国内の患者だけを対象にするのではなく、国際的なネットワークを構築することによって情報交換を進め、病態把握や医薬品開発を促進しようという動きが広がっています。

1996年にはフランスが「Orphanet(オーファネット)」という希少難病に関する世界最大の情報データベース事業を立ち上げ、現在世界38か国が参加しています。患者やその家族、医療関係者、研究者、製薬会社などが多元的にネットワークを構築し、質の高い情報交換を行っています。

また、二―マン・ピック病に関しても、アメリカにはニーマン・ピック病財団があり、そのホームページは情報交換の拠点となっていて、社会への啓発活動も熱心に行っています。ほかにも、アルゼンチンの患者家族を中心にした国際ネットワークが2009年に立ち上がり、加盟国を増やしつつあります。ひとつの国の中の数少ない患者では、製薬市場が成立しなくても、世界規模になれば、開発の動きも加速します。世界の希少難病の患者やその家族、治療に当たる医療関係者が国内にとどまらず、グローバルなネットワークを形成することで、新時代を作ろうとしているのです。日本の厚生労働省もそのような世界の動きに加わっていく方針です。


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アメリカのニーマン・ピック病財団のホームページから。右上角の写真は七海さんです。



いま大坪さんが連絡を取り合っている海外のご家族との間では、環状オリゴ糖「シクロデキストリン」を、脳内に直接注入する治療についての話題が多いと言います。この治療によってニーマン・ピック病C型の進行を抑えることができるようになったという海外の家族からの報告に、雅子さんは光明を見出しています。国内でも昨年、佐賀大学医学部小児科の研究グループが、シクロ治療によって女児の脳の萎縮を止めることに成功したと発表しています。いま母親の雅子さんの切なる望みは、少しでも娘の七海さんの病気の進行を遅らせることです。「たとえ重症のままだっていいのです。病気の進行に怯えることなく、七海と穏やかな時間を過ごせれば」。失われた過去を惜しむのではなく、いまある七海さんとの貴重な日々を大切にしていきたいと考えています。


ブログ後編では、希少難病によって重症心身障害者となった娘をもつ大坪雅子さんが、「命の大切さ」について語ります。


【後編のブログはこちら】 海外の患者と手をつなぎ、希少難病に立ち向かう 後篇

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コメント

七海さんのお母さまの努力には、本当に頭が下がります。私たちも、なにも知らない、なにもわからない、でなく知ろうという気持ちを持ちたいと思います。なにもできない私ですが、応援したいです。

投稿:ドラたん 2015年11月03日(火曜日) 15時26分