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2024年1月30日(火)

“卵子提供”国内で広がる背景は

“卵子提供”国内で広がる背景は

第三者の卵子を使ってできた受精卵を自らの子宮に移植し出産する「卵子提供」。これまで20年以上必要なルール整備が進まず、多くが海外に渡って行われてきました。しかしコロナ禍以降、身近な国内のクリニックで数多く行われている実態が、仲介する複数のエージェントへの独自調査で明らかになりました。国内でのルールがない中でなぜ拡大?心身へのリスクは?法整備にはどんな課題?ニーズが高まる不妊治療の先にある実態を見つめました。

出演者

  • 白井 千晶さん (静岡大学教授)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

広がる「卵子提供」 実態は?課題は?

桑子 真帆キャスター:
卵子提供は子どもを望む夫婦、そして卵子を提供する主に20代の女性のドナーの間で行われます。多くの場合、この両者を仲介するのが「エージェント」と呼ばれる民間の業者です。そして、実際の治療は不妊治療クリニックで行われます。

治療は、まずドナーの女性から卵子を採取。夫の精子を受精させてできた受精卵を妻の子宮に移植します。妻の年齢が高くても卵子が若いため、出産に至りやすいとされています。卵子提供について、日本では法律で禁止されてはいませんが、実施するためのルールも長年整備されてこなかったため実質的に“国内ではできない”という認識が定着してきました。それなのになぜ今、国内で広がり始めているのか。問題はないのか。その実態を取材しました。

卵子提供 なぜ国内で広がる?

3年前、国内で卵子提供をうけた女性です。

国内で卵子提供をうけた女性
「治療の記録っていうんですかね」

10年近くに及ぶ不妊治療。共働きで家計をやりくりしながら1千万円ほどを費やしてきました。自分の卵子で何度、治療を繰り返しても妊娠には至りませんでした。

国内で卵子提供をうけた女性
「年齢によって(卵子の)質が悪くなっていると繰り返し言われるだけで、正直言うと、確率がゼロのなかでやっているような、ゼロに近いことを繰り返しやっているような感じがすごくしていて。でも、やめられない。見込みもないのに続けざるを得ない気持ちって本当につらかった」

不妊治療に区切りをつけたのは40代半ば。特別養子縁組を考えましたが、多くの夫婦が待機している状況を知り、断念しました。最後の手段として海外での卵子提供を検討しましたが、コロナ禍で渡航できなくなりました。そんなとき、提示されたのが日本国内での卵子提供でした。

国内で卵子提供をうけた女性
「正直ありがたいっていう気持ちもありましたけれども(クリニックの医師からは)とにかく口外してくれるなと、治療だけやるから、とにかくそれだけはお願いしたいというのをすごく言われましたし、正式に認められていない治療をやるんだ、国内で。でも、せっかくのご厚意だから受けよう、法律違反じゃないしって言い聞かせてました」
国内で卵子提供をうけた女性
「懐かしいですね」

エージェントを通じて20代の日本人女性から卵子の提供を受け、妊娠。2022年、元気な女の子を出産しました。

国内で卵子提供をうけた女性
「子どもの姿を見ると頑張ってきてよかったかなと。いろんな葛藤があったけれど、よかったなと思います。別に遺伝子的なつながりがあってもなくても、子どもが愛情を持ってすくすく成長してもらえれば、別にそれはいいんじゃないかなと」

国内での卵子提供はどれほど広がっているのか。その全体像は誰も把握していません。

今回、私たちは国内で卵子提供を仲介する複数のエージェントに取材。回答を得られただけでもコロナ禍以降、少なくとも340人が国内で移植を受け妊娠していたことが分かりました。


国内のエージェント
クリニックは最初はコロナで仕方ないからと引き受けてくれた。やってみると、さほど大変ではないからこのままやってみよう、他がやるならうちもやろうと広がっていった

取材メモより

国内のエージェント
必要とする人がいるので応えている。ただクリニックとの関係性上、取材を受けることはできない

取材メモより

多くの関係者が口を閉ざす中、当事者たちの事情を知ってほしいとエージェントが取材に応じました。

国内のエージェント
「現在進行中の方のファイルと、すでに治療を終えられた方のファイルはこちらに」

この業者は、10年ほど前から海外での卵子提供を仲介してきましたが、仕事や介護を抱える夫婦にとって負担は大きかったといいます。

国内のエージェント
「基本的に最低2回の渡航が必要になり、事前の検査、最終調整も含めて(海外での)滞在が長くなりますので、その点が非常にご負担であったかなと」

国内での卵子提供が今、現実的な選択肢になりつつあると感じています。

国内のエージェント
「これまでの(不妊)治療の延長上として、受け止め方の変化があった。(海外に)行かないという事実だけで。『すごいお金持ちの人だけができる治療』から少し変わったかな」

妊娠・出産へのリスクは “卵子ドナー”は

ルールが整備されないまま広がる卵子提供。妊娠・出産にリスクはないのか。卵子提供で出産した女性について2022年度、全国調査を行った池田智明医師です。

対象となった女性の26%およそ4人に1人が脳出血などのおそれがある「妊娠高血圧症候群」を発症していました。これは、一般的な40歳以上の高齢出産に比べ2倍以上高い割合だといいます。

三重大学医学部付属病院 病院長 池田智明医師
「今回の26%という率は、年齢に比較して高い。高齢だということプラス体外受精をしないといけない。それから全く他人の受精卵を使うということ。複合的にリスクが高くなる」

本来は、早い段階でリスクを把握し管理する必要がありますが、ルールがない現状ではそれも難しいといいます。

池田智明医師
「卵子提供をうけたということをおっしゃらずに産科施設を受診される方も多い。妊娠高血圧症候群、癒着胎盤といったような死につながるようなリスクがあるわけですので、それはきちっと把握しておきたいというのが分べん施設の思いです」

一方、産まれてくる子どもと遺伝的につながることになる卵子ドナー。その実態も知られていません。ネット上での募集に応じ7年前、ドナーになった会社員の甲斐なつきさんです。

卵子ドナー 甲斐なつきさん
「自分の体がすごく健康なので何か貢献したいと思って、きっかけは本当にただそれだけ」

実際にやってみると身体的な負担は思った以上に大きかったといいます。

甲斐なつきさん
「もう、このような感じで」

卵子の採取にあたっては2週間、毎日、注射を打ち続ける必要がありました。本来1か月に1~2個しか成長しない卵子を一度に数十個採取するためです。

甲斐なつきさん
「これは本当に採卵の直前」

薬の副作用で腹水がたまり、おなかが膨れ上がることもありました。こうした負担や拘束時間への補償は70万円ほどでした。これまで海外で6回、国内で3回卵子を提供してきた甲斐さん。子どもを望む夫婦に喜んでもらえることが卵子提供を続けてきた最大の理由だったといいます。

甲斐なつきさん
「ご依頼ご夫婦からのお手紙をもらって。『精いっぱいの愛情で育てていきたいと思います』と書いてあって。この手紙を読んで、たくさん泣いてしまって。私が貢献して良かったなと本当に思いました」

ただ、ルールがない中でドナーが孤立してしまう状況も見えてきました。

卵子ドナーの女性
「自己注射なので自宅で決められた量を打つ感じです」

2022年、国内で卵子を提供したこの女性。注射を打ったあと腹部に痛みを感じましたが、1人で不安を抱えるしかなかったといいます。

卵子ドナーの女性
「エージェント担当者に言うと、ちょっとそれは皆さん起こりうることなので、ここまできて中止はできないのでなんとかやってください。何か助けを求める、相談するところもないですし、実際にドナーをやったことがある人とつながる手段は今はないので、1人でやっている感じがすごく強いと思います」

さらにその後、自身も2人の子どもを授かったことで卵子提供の現状への疑問が深まっています。

卵子ドナーの女性
「私と夫はドナーになる、提供することに対してポジティブであるけれども、子どもたちがどう思うか。生物学的な、私には親権はないけど、きょうだいがいることについてどう思うかを(提供した)当時、考えていなかった。よくも悪くも深くそれがどういうことなのか、社会的にどういう影響のあることかを考えさせられるきっかけがないまま(卵子提供)プログラムに臨むことになっていた」

ルールない中で何が?

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
ここからは、卵子提供で親になった人たちからの聞き取りを行ってきた白井千晶さん、それから科学文化部、山下記者とお伝えしていきます。

この卵子提供が現実的な選択肢となりつつあるというお話がありましたけれども、ルールがないことでどんな問題が起きているのか、白井さんに大きく3つ、挙げていただきました。まず身体的リスクということですね。

スタジオゲスト
白井 千晶さん (静岡大学 教授)

白井さん:
身体的リスクについては、卵子のドナーの方、それから子どもを持ちたいと思う方、両方にあると思います。ドナーについてみると、先ほどのVTRのように身体的な何かがあった時に相談する先がないということもあります。子どもを持ちたい側にとっても自分が出産に適しているのか、妊娠を継続できるのかということをセカンドオピニオンを得たりとか相談する先が限られていると思います。

桑子:
そして2つ目。情報共有ができないということですね。

白井さん:
情報共有できないことについては、先ほど口止めされているということがありましたけれども、ドナーになる方にとっても、それから子どもを持ちたいと思う人にとっても相談することができるということがとても重要です。またVTRにはなかったのですが、クリニック同士、それからエージェントも情報共有がしにくくなっていますし、クリニックとエージェントの間の情報共有もしにくくなっていると思います。

桑子:
クリニックの間でできないと、どういう問題が起きてくるのでしょうか?

白井さん:
例えば事例検討ですとか、困ったケースがあった場合、判断に迷ったケースがある場合にどのようにするかという仕組みができていないと思います。

桑子:
それによってリスクが共有されないというのは怖いことですよね。そして、精神的負担というものもあるんですね?

白井さん:
精神的負担はドナーの方、それから子どもを望む夫婦、子ども自身が当てはまると思います。この生殖技術は他の医療技術とは違って、子どもが産まれる技術ですからドナーにとっても、それから親になる人にとっても子どもにとっても一生続くことなんです。それでも、人生の局面、局面においてそれを相談する先がないというのは大きな精神的負担になると思います。

桑子:
今の日本の現状について、どういうふうに感じていらっしゃいますか?

白井さん:
日本の現状については、まさにこの当事者である三者に法制度がないことによってしわ寄せが行っていると思います。

桑子:
日本国内で全く行われてこなかったわけではないんですよね?

白井さん:
そうですね。日本の国内でも独自の基準を持って実践を続けてきたところもありますが、全体として見ると法制度、ルールがないことによって当事者にしわ寄せが行っていると思います。

桑子:
では、なぜルールがないのか。進まぬルール整備とありますが、実は、日本では今から20年以上前になりますが、2003年に国の審議会が一定の範囲で容認すると結論づけているんです。ただ、同時に必要な制度の整備が行われるまでは実施されるべきではないと条件がつきまして、今に至るまで必要な整備がされていません。なぜ20年以上、ルールが作られないままなのでしょうか?

山下 由起子記者(科学文化部):
実は、2003年にこの結論が出されとき、2004年にも国会で法律が整備されて必要な制度ができると考えられていました。ただ、結局、法整備まではたどりつかなかったのです。当時、議論で中心的な役割を果たした専門家は今の状況は想定外だと話しています。

慶應義塾大学 名誉教授 吉村泰典さん
「2004年には、こういったこと(制度)はちゃんと決まるだろうと思っていた。こういった当事者は非常にマイノリティであったということで、これが国会議員の先生方とか、そういった国の政治を行う方に響かなかった。重要性を認識しなかったということではないでしょうか。国としての基準を決めてこなかったというのは、非常に怠慢とまでは言えないけれども、本当にそういったことを僕は感じますね」

桑子:
ずるずるとここまで来てしまったという感じですね。

山下:
こうした状況の中でエージェントを介して卵子提供を行っている医療機関は、やはり自分たちが何か処分を受ける可能性があるかもしれないと考えていまして、慎重にならざるを得ないと話していました。今、超党派の議員連盟が卵子提供など生殖補助医療に関する法律作りを進めているんですけれども、今国会での提出を目指しています。20年たって、こうした制度が本当に実現するのか注目されています。

桑子:
では、日本でどんなルールが求められるのか。先んじて法整備を進めてきたのが台湾です。

どうする「卵子提供」 法整備進めた台湾

2007年に卵子提供の法律を整備した台湾。公に認められたことで安心感があると、今、日本など海外からも提供を受ける夫婦が相次いでいます。

「ちょっとだけ揺らしますが我慢してくださいね」
「この白いところが胚盤胞、赤ちゃんですね。頑張って」

法整備を進めた背景には、かつて若い女性がみずからの卵子を高額で取り引きするなど卵子提供が社会問題化したことがあります。

そこで重視したのが、商業化を引き起こさないための仕組み作りでした。台湾では卵子提供を仲介するエージェントは存在せず、すべて医療機関が主体となって行っています。

医師
「血液型をお母さんと一緒にできるドナーが当院にはいます」

ドナーに支払われる補償の上限をおよそ46万円(9万9千台湾元)に設定。見た目や学歴などを選ぶことがないよう、夫婦に伝えられる情報は血液型や人種などに限られています。

衛生福利部国民健康署 婦幼健康組 陳麗娟シニアスペシャリスト
「精子・卵子提供に関してビジネス化を避けるために、私たちは特別な規制を定めているので、患者は安心して治療に取り組めます」

行きすぎた商業化と合わせて、もう一つ懸念されたのが当事者同士が知らないうちに近親婚が起きてしまうリスクでした。これを防ごうとドナーの卵子提供は生涯で一度限りと定めました。しかし、そのことが今、思わぬ問題を引き起こしています。

生基・基生生殖医学センター 張甫軒院長
「これはタンクに保存してある卵子です。すでにタンクの空きが出ています」

晩婚化が進むなどして想定以上に需要が高まり、卵子不足が起きているのです。このクリニックでは、最大で1年以上待たないといけないケースも出てきました。

張甫軒院長
「無力感ですね。倫理的な側面を考えなければいけないのであれば、卵子不足をどのように解消するのか、別の方法を模索して卵子を必要とする患者に提供できるようにしなければなりません」

さらに今、新たに浮上しているのが、卵子提供で産まれてくる子どもの福祉を巡る問題です。法律では、卵子提供での出産に年齢制限が設けられておらず、およそ半数を45歳以上の女性が占めています。

近く卵子提供を受ける予定の52歳の女性。60歳でも出産できると聞き、自分も子どもがほしいと考えました。

卵子提供をうける女性(52)
「友人が卵子提供をうけて成功したんです。焦る年でもありません」
取材班
「どうしても子どもがほしかったのですか?」
卵子提供をうける女性(52)
「そうです。少なくとも夫と私の最期をみとってもらえます。子どもは夫の子ですから何も気にする必要はありませんよね」

専門家からは、子どもの目線を取り入れた法改正が必要だという声も上がっています。

成功大学 人文社会医学科 黄于玲副教授
「台湾では卵子提供の関係者はクリニック、夫婦、ドナーだけだと考えられています。卵子提供で生まれた子どもは、人間として法律の議論には入っていません。夫婦が子どもを得るためだけではなく、子どもの身体的かつ精神的な健康、個人のアイデンティティについても考慮されるべきだと考えます」

日本で求められること

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
台湾では命を売買するような商業化ですとか近親婚を防ぐために医療機関が主体となったり、あとはドナーへの金銭的な補償や卵子を提供する回数を制限したりしていましたけれども、新たな課題としては卵子が不足する、それから子どもの権利の問題も出てきているということで、日本でルールを考えるときにそもそも卵子提供を認めるのか認めないのかということも含めて、どういった視点が大事になってくると考えていらっしゃいますか?

白井さん:
まずいちばん大事なのは、この技術が子どもが産まれる技術であるということです。子どもの福祉を前提にシステムを考える必要があると思います。台湾の例から、私たちはそれを学ぶことができると思います。

桑子:
具体的に子どもの権利という問題がありますけれども、どういったことが参考にできると思いますか?

白井さん:
出自を知る権利がまず第一に前提としてあると思います。今や、子どもの出自を知る権利がないという選択はあり得ないと思います。国連の子どもの権利条約でも言っていることです。

桑子:
他の海外の事例から学び取れることはあるのでしょうか?

白井さん:
先ほどおっしゃったように、禁止するという選択をする国もありますので、これをこのまま進めていくということではないと思いますが、もし実現するとしたら、例えば商業性を排除するだけではなくて、出自を知る権利をどうするのか、ドナーが分かる状態でどのように進めていけるのかということを学ぶことができると思います。

桑子:
これから日本は卵子提供と社会として向き合っていくことになりますけれども、どういった視点を持つことが大事でしょう?

白井さん:
法制度をきちんと整備することによって、当事者たちの権利が保障されていくこと、相談先があること。そして、情報提供や伴走支援があることが大事だと思います。ただ、その際には、もっと頑張れば産めるという圧力を感じることではなく、子どもを持つ持たない、どのように持つのかという全体的な位置づけの中で卵子提供が考えられていくべきだと思います。

桑子:
もちろん産まないという選択もありまして、どういう自分の人生、ライフプランを考えていくかを考えることが大事でしょうか?

白井さん:
私たち、なかなか自分の人生を職業のことだけではなく家族をつくる、子どもを持つことで考える視点がなかなか育っていなかったと思います。いろいろな選択肢がある中で、どのように暮らしていくのかを考えていけたらと思います。

桑子:
今回、命、それから、その人の人生に関わることなのに、あまりにも社会の仕組みがぜい弱ではないかと感じました。これ以上、先延ばしにしていいでしょうか。一刻も早く議論、そして、制度づくりを進めるべきだと感じます。

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