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2022年6月28日(火)

孤立する母子を救えるか 増加する“特定妊婦”

孤立する母子を救えるか 増加する“特定妊婦”

予期せぬ妊娠や貧困などで子どもを育てるのが難しく、出産前から支援が必要と行政に認定される「特定妊婦」。ここ10年で8倍の8200人に増加していますが、取材を進めると、助けを求めることもできず、また助けを求めたとしてもその声を社会にかき消されるなど、孤立を深める母親たちの実態が浮かび上がってきました。なかには孤立出産や事件につながる例も。産前から産後、自立まで一貫して支えようとする最前線の取り組みを追いました。

出演者

  • 鮫島 浩二さん (産婦人科医)
  • 桑子 真帆 (キャスター)

※放送から1週間はNHKプラスで「見逃し配信」がご覧になれます。

女性たちが語る“孤立”の現実

「特定妊婦」とは、「貧困」や「DV」、「予期せぬ妊娠」、「若年妊娠」など、複雑な事情を抱えていて、出産の前から支援が特に必要とされる妊婦のことをいいます。

この「特定妊婦」、行政によって登録されますが、把握されているだけで全国で8,000人以上に上ります。女性たちが孤立する背景には何があるのでしょうか。

去年、娘を出産した20代のあづなさん(仮名)が見せてくれたのは、何も書き込まれていない母子手帳。妊婦健診の費用が払えないと考え、妊娠9か月まで医療機関を受診しませんでした。

あづなさん(仮名)
「財力もそうやけど、住む場所とか、これからその子を育てられるのかっていう不安。自殺してる可能性もあったのかなっていう感じですね」

両親との折り合いが悪く、実家に居場所がなかったあづなさん。交際相手と暮らしていましたが、男性は定職に就かず、あづなさんが派遣の仕事で得た収入は生活費に消えていきました。住まいは1泊2,000円余りの大阪の格安ホテル。貯金は全くなかったといいます。

将来的には結婚したいとも話していた2人。しかし妊娠が発覚したとき、男性から思いもよらぬことばをかけられました。

あづなさん
「『それ、もし本当に妊娠やったら、誰の子なん』。実際にそのことばをかけられたし、真っ暗い空間に1人でぽつんっている感じ」

お金も頼る人もなく、時間だけが過ぎていく日々。

妊娠9か月のとき、見かねた職場の同僚に説得され、産婦人科を受診し、「特定妊婦」に登録されました。

なんとか出産できた、あづなさん。しかし、妊娠中は血圧が高くなっていて、薬の服用が必要な状況だったといいます。

そして、出産の直後、交際相手は姿を消しました。

あづなさん
「ほぼ全部既読スルーで、相手から何も音沙汰なしというか。『がんば』ってきて終わりみたいな。なんで自分だけこんな思いしなきゃいけないんだって気持ちもあった」

あづなさんのように「特定妊婦」に登録されると、自治体の担当部局が保健所や医療機関などと連携して、それぞれに必要な支援につなげます。

全国に、およそ8,000人いる「特定妊婦」。しかし、この数は氷山の一角にすぎないことが分かってきました。

年間600件以上のお産がある大阪府の病院では、助産師がすべての妊婦と面談し、家族構成や経済状況を聞き取っています。

助産師
「どうですか?誰か手伝ってくれる?」
妊婦
「ちょっと不安。やっていけるか」

この病院を受診する妊婦のうち、「特定妊婦」は3%です。しかし、「特定妊婦」として登録されていないものの、支援が必要と病院が判断した女性はその10倍に上るといいます。

助産師
「本来は先週、受診予定だったんですけど、来ていない」
助産師
「お金が無いから受診できへんの?受診できへん理由、何やろ?」
助産師
「そこがわからない。言うてる間に出産やから」
助産師
「心配」
助産師
「すごい怖いな」
阪南中央病院 母性看護専門看護師 菊川佳世さん
「私たち、話は聞くことはできるし、想像することはできるんですけど、実際にそこにアウトリーチするってことは病院ではできないので。そこは限界かなと思います」

支援につながらない、多くの女性たち。自分で自分を責め、"助けを求めようとしない"現実も見えてきました。

交際相手の子を妊娠した30代のゆいさん(仮名)は、男性に産みたいと伝えましたが、人工妊娠中絶を勧められました。両親とは死別。頼れる人はおらず、病院や自治体に相談することも考えられませんでした。

ゆいさん(仮名)
「結局、妊娠したのは自己責任じゃないですか。彼と、そういうことをしたのも分かっていて妊娠して、おなかが大きくなって、病院に行っていなくて、責められるんじゃないかっていう。『なんで今そういう状況なの?』って言われるのが怖かったですね」

一度も医療機関を受診しないまま、自宅で破水。しかし、向かったのは…。

ゆいさん
「高い建物を探して、結構遠くまで歩いて飛び降りようとしたんですけど、結構高く作ってあるじゃないですか、(屋上の)塀みたいなのは。おなかが大きいから上半身までは出たんですけど、それ以上いかなくて、体が落ちなくて。結構陣痛が強くなってきていて、もうどうすることもできない」

ゆいさんは救急搬送され、母子ともに一命を取り留めました。

妊婦の中には、1人で育てられないと考え、重い決断をする人もいます。性暴力の被害に遭い、予期せぬ妊娠をしたという20代の女性。この日、支援団体に付き添われ、中絶手術を受けに来ました。宿った命に愛情が芽生え、両親に産みたいと相談しましたが、理解してもらえなかったといいます。

20代の女性
「(両親は)すごくショックを受けていて、怒ってもいたし、産むなんて無理だって。おろしなさいって。でも産みたい気持ちはなくなってないから、まだ整理はついていない。赤ちゃん殺すんだなって」

子どもをきちんと育てられる環境があったなら。

その思いが最後まで消えませんでした。

20代の女性
「ごめんなさいって気持ちがずっとある。たぶん苦しい気持ちとかが、続くんだろうな」

“孤立”の背景に何があるのか

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
きょうのゲストは、産婦人科医の鮫島浩二さんです。よろしくお願いいたします。鮫島さんは、20の医療機関と連携して「特定妊婦」の支援事業を立ち上げたり、実態調査を行ったりしています。まず「特定妊婦」の数についてですが、この10年で8倍に増えている。なぜ、このように急増しているのでしょうか。

スタジオゲスト
鮫島 浩二さん (産婦人科医)
特定妊婦の支援に取り組む

鮫島さん:
もともと潜在的にいたのだと思うのですが、国のほうで支援が始まって、この数が出てきたんだと思います。ただ、まだ支援の途中なので、実数はもっと多い数なのではないかなと思います。

桑子:
氷山の一角にすぎないということですよね。しかも最新のデータが2019年ということで、このあとコロナ禍に入っているわけです。そうなると、今どれほどの数になっているのかと思うわけですが、鮫島さんは自身のクリニックで診てこられて、どんな実感を持っていらっしゃいますか。

鮫島さん:
「特定妊婦」ということばを使わなくても、妊娠の初期でアンケートを取ったりしているのですが、実際に子どもを「育てる」、「産む」ということが非常に難しいと考えていらっしゃる方々が、コロナ前後の約2年間を比べると1.7倍に増えていたという実数があります。

桑子:
独自の計算をしていらっしゃるわけですね。そして、VTRを見ていると相手の男性と途中で連絡が取れなくなってしまう。大きな問題を感じますよね。

鮫島さん:
これは以前からそうですけど、「妊娠」、「出産」は女性だけの問題のように扱われますが、必ずその陰には男性がいるわけで、その男性が自分の責任を回避して逃げてしまうということが多いです。そのベースにあるのは、やはりSNSで簡単につながって、簡単に切れると。そういう人間関係のベースがあるんだと思います。

桑子:
切れるのも簡単になってしまう。あと、孤立をしてやむなく自宅で孤立出産をせざるを得ない女性もいるわけですが、母子ともにリスクというのは大きいですよね。

鮫島さん:
例えば今、日本の帝王切開率を見ても25%ぐらいですから、4人に1人は帝王切開でお産をしています。それは、赤ちゃんと本人を救うためにやっている行為で、このぐらいお産というのは本当は危険な行為なんです。そこはみんな認識しないといけないと思います。

桑子:
こうした女性たちをどうサポートするのかということですが、今、「特定妊婦」の居場所を作ろうという新たな支援が始まっているんです。これまでの支援では、母親と子どもが一緒に暮らせる「母子生活支援施設」というものがありました。

ただ、「母子生活支援施設」では女性は出産前から滞在することはできなかったのです。これが今、産前産後、その後の自立まで一貫して支える施設ができ、孤立を防ごうという取り組みが始まっています。

母子に居場所をつくる支援の最前線

大阪市の委託を受け、「特定妊婦」に出産前から住まいを提供している、施設の室長の廣瀬みどりさんです。

社会福祉士や助産師、保健師など4人の専門スタッフとともに生活をサポートしています。

ボ・ドーム ダイヤモンドルーム室長 廣瀬みどりさん
「廣瀬です。入っても大丈夫?」

廣瀬さんが訪ねたのは、大阪の格安ホテルで暮らしていたあづなさん(仮名)です。

廣瀬みどりさん
「なんか手伝うことあったら手伝うけどな」

あづなさんは出産の直前に「特定妊婦」に登録され、ここに入所しました。廣瀬さんから引っ越しの手伝いや病院の付き添いなどの支援を受け、無事に出産することができました。

あづなさん(仮名)
「ただただほっとした。ここにいて大丈夫なんだって」

廣瀬さんは、出産前からつながることが支援するうえで大切だといいます。

廣瀬みどりさん
「妊娠、出産っていうのは、もう本当に大事な、人が変わるチャンスなんかなと。やっぱり1人の不安感ですよね、いちばん。そのときに誰かに寄り添ってもらえるっていうことは、ありがたいなっていう心がいちばん動く時期なんかなと」

廣瀬さんたちのように、産前から支援する施設は全国に15か所。国や自治体から補助を受け、社会福祉法人や医療機関が運営しています。

廣瀬さんたちが目指しているのは、実家のような役割を担うことです。

廣瀬みどりさん
「ミルクのこれだけ洗っとこ。また飲ませなあかんやろ。掃除機だけ、かけよか」

発達障害があり、掃除や料理が苦手なあづなさん。廣瀬さんは基本的な生活スキルを丁寧に教えます。

さらに就労支援。食品製造の仕事を紹介し、週3日働くことを通し、自立を促そうとしています。

あづなさん
「だいぶ変わりましたね。親とかにも人を頼るな、自分で頑張れみたいなことは言われてきてたから。そこから考えたら、いろんな人に頼っていいんだっていう再確認ができた」

廣瀬さんたちは、これまで支援が行き届かなかった女性たちも支えようとしています。

全国におよそ200ある「母子生活支援施設」では、母親と子どもが一緒に暮らすことが入所の前提となっています。子どもが長期にわたって乳児院に保護されたり、里親に預けられたりすると、母親は退所を余儀なくされるのです。廣瀬さんたちは、そうした子どもと離れた母親も受け入れています。

20代のすみれさん(仮名)は、妊娠中、精神的に不安定となり、ことし3月に産まれた子どもを乳児院に保護されました。

廣瀬みどりさん
「この間、面会行ってどうやった」
すみれさん(仮名)
「めっちゃかわいかった。ほっぺた、めっちゃプクプクしとった。ほんまは今すぐ一緒に暮らしたいけどな」
廣瀬みどりさん
「子どもは安全で保護されたけど、いつも思うんです。親はどうなるのと。親もやっぱり何かサポートできることがあることで、(親子の)再統合が可能になる。本当に子どもの最善の利益ではないかと、私は思っています」

廣瀬さんは、すみれさんが退所した後も地域に居場所を持てるように支援しています。

この日、訪れたのは、すみれさんの地元にある、子どもから大人まで誰でも集える食堂です。すみれさんは児童養護施設で育ち、親と一緒に暮らした経験がほとんどありません。廣瀬さんは、困ったときに頼れる人とのつながりを作ってあげたいと考えています。

すみれさん
「おばあちゃんもおるし、みんなおるから雰囲気いいやんな。(赤ちゃんと)一緒に暮らせるようになったらいいな」
廣瀬みどりさん
「頑張らな、これからな」

母親を守ることが子どもを守ることに

<スタジオトーク>

桑子 真帆キャスター:
親になってから居場所がある。どんなに心が安らぐかと思いますが、鮫島さんのクリニックでも同じように産前から支援をされています。今、どういうことを感じていらっしゃいますか。

鮫島さん:
この大阪の支援を見て、本当に感動したというか、自分の生活を全部投げ出して世話をしているスタッフたちの姿に感動しました。私たちも、そこまではやれてないなと思うのですが、私たちもときには支援が必要な妊婦を長期にあずかって、安心できる環境で、信頼できる人たちに囲まれて生活をする、そういうような経験をさせています。

スタッフたちと一緒になって出産を迎えたりしますと、妊娠に対して非常に前向きな気持ちも持つことができますし、そこにご家族を巻き込むことで、家族との関係を修復するということもできます。そういう点では、やはりこの支援は非常に大事なのではないかと思っています。

桑子:
例えば、母親が子どもを預けるなどして、一人になってしまった。そういった母親のサポートというのも、もちろん大切なことですよね。

鮫島さん:
逆にこういう支援を受けられなかった場合、また同じような孤独を味わって、同じようなことを繰り返す可能性もあります。今、国の支援の中でわれわれがやっている支援の中でも、子どもを手放さざるを得ない状態で、一人で生きている方々、出産のダメージと、それからメンタルのダメージをずいぶん持っていると思います。やはりこれから解決していかないといけない問題ではないかなと思います。

桑子:
母親をサポートすることが、最終的には子どもを救うことにもつながるわけですが、今どういうことを訴えかけたいと感じていらっしゃいますか。

鮫島さん:
「特定妊婦」の問題は、母と子、2つの命を守ればいいという問題ではなくて、それだけでは解決しない。その後、この2つの命がちゃんと人生を続けていけるように支援をしていくことが大事だと思います。

私たちは、そういう体制を築いていくことが大事だと思いますし、孤立した女性たちを継続して支援していくことができたら、この人たちの人生は守られていくのではないかなと思います。

桑子:
今一人で「もしかしたら妊娠をしてどうすればいいか」と困っている、悩んでいる方もいるかもしれません。どういう声をかけられますか。

鮫島さん:
この問題を取り上げるに当たって「なぜそうなったのか」と、そこにこだわっていてもしょうがないので、産まれて育っている人たちを助けていく方向に視点を持っていかないといけないと思います。「妊娠かな」と悩んで、この番組を見ている方々にもお伝えしたいのですが、ぜひ医療につながりましょう。「妊娠SOS」もあります。それから病院のほうでも、皆さんがお金がなくても、保険証がなくても、親に黙っていても、助けてあげたいというスタッフはいっぱいいます。ぜひ、このことを忘れないで、まず医療につながっていただきたいなと思います。日本はみんな捨てたもんじゃないと思います。

桑子:
ありがとうございました。産前から産後にわたって施設で支援を受けている女性。こんな変化が現れています。

"もう一人じゃない" 一歩を踏み出した母親

大阪の施設に入所する、あづなさん(仮名)と室長の廣瀬さんです。

あづなさん(仮名)
「いただきますは」
廣瀬みどりさん
「いただきまーすって」

料理が苦手で、離乳食をなかなか作れなかったあづなさん。廣瀬さんに教わりながら母親として一歩一歩進んでいます。

廣瀬みどりさん
「ほ乳瓶も頑張って洗ってはるし、衛生面も気つけてはるし。ずっと続けていくのはね、時々お小言を言いながら」
あづなさん
「正直つらいこともすごく多いけど、その分(子どもの成長が)うれしいというか。本当にやれることだけ、しっかりやっていこうかなみたいな感じ」

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