“投げ銭”急拡大
空前のブームで何が
ライブ配信やSNSなどで、ファンが気に入ったコンテンツに対して送金するシステム「投げ銭(せん)」。長引くコロナの影響で活動の場を失ったアーティストなどが、オンライン上でライブ配信を行うケースが増加し、巨額の収入を得る人気の「ライバー」が次々と登場している。一方で、未成年者が親のクレジットカードを勝手に使って送金してしまったりするトラブルも相次いでいる。デジタル空間で急速に広がる「投げ銭」をめぐって何がおきているのか。最前線を追跡取材する。 ※放送から1週間は「見逃し配信」がご覧になれます。こちらから
出演者
- 高橋暁子さん (成蹊大学客員教授・ITジャーナリスト)
- 井上 裕貴 (アナウンサー) 、 保里 小百合 (アナウンサー)
"投げ銭"が収入源 コロナで急増するライバー
東京に住む、ピアニストのアンナさん。およそ1年半前に、ライブ配信で収入を得る「ライバー」として活動を始めました。自分のスマートフォンを使い、リアルタイムで演奏を配信します。
ライバー アンナさん
「皆さん、続々来てくれてありがとう」
演奏が始まると、画面には次々と派手なアニメーションが。これがいわゆる「投げ銭」と呼ばれているものです。アニメーションは、ユーザーが購入するなどして表示できるもの。
一般的に派手なものほど高価です。アニメーションが表示されればされるほど、アンナさんの収入アップにつながります。この日は、40人ほどがアンナさんの演奏を聞いていました。
路上ライブなどでお金を投じる、投げ銭。
いわゆるおひねりのようなものですが、これがデジタル空間で行われているイメージです。ライバーはライブ配信会社に登録し、アプリを通して自分の得意なパフォーマンスを披露します。ミュージシャンやホステスにゲーム実況者。さまざまなライバーの中からユーザーはお気に入りを見つけると、お金を払ってギフトを購入。これを投げ銭として送ることができます。
ギフトは無料で手に入れられるものから数万円のものまで。送られたギフトなどに応じて、ライバーは配信会社から収入を得る仕組みになっています。
イベントなどで演奏することで生計を立てていた、アンナさん。ライバーになったきっかけは、コロナ禍で仕事がなくなったことでした。
アンナさん
「この1年数か月、ライブ配信に助けられてきました。私にとって、今はなくてはならないもの」
ライバーが所属する専門の事務所では、コロナの感染拡大後、新たに600人ほどが所属するようになりました。月に1,000万円以上を稼ぐ人も出てきているといいます。新たな才能を発掘するため、SNSを駆使したスカウトに力を入れています。
ライバー所属事務所スタッフ
「フォロワーも5,000人以上。セミナーとかやられているみたいです。しゃべるの上手そう」
コロナで在宅の時間が多くなる中、利用者も増えている投げ銭。去年の投げ銭の市場規模は500億円との推計もあり、今後さらなる拡大が見込まれています。
デジタルマーケティング関連企業 永松範之さん
「どんどんオンライン上にコミュニケーションが移っていくとか、コミュニティーがどんどんオンライン化していく流れの中で、毎年2桁の数字(%)で成長はしているのかなという状況」
"投げ銭"大流行はなぜ? お金をつぎ込む心理とは
なぜ、投げ銭のユーザーは急増しているのか。去年から投げ銭を始めたという、60代の会社員Kさん。関西地方で1人暮らしをしています。
ライバー
「Kちゃん、お帰り。Kちゃん!会いたかった、君に」
今、夢中になっているのは、ダンサーとして活動する女性ライバーです。多い月には、月収の4割ほどにあたる10万円近くを投げ銭に使っているといいます。
会社員Kさん
「このライバーさん、自分の娘みたいな年齢の方に、かわいらしくなってしまって」
コロナで人と会う機会が減り、自宅で過ごすことが多くなったKさん。新たな楽しみとなったのが、投げ銭を通じたコミュニケーションです。Kさんが投げ銭をすると…。
ライバー
「Kちゃん、ありがとう!」
ライバーからすぐに反応がありました。このつながっている感覚が、やめられない理由だといいます。
会社員Kさん
「1,000コインとか2,000コインとか使うことによって、ライバーさんとの信頼関係が厚くなる。そうしたら、どうしても調子に乗ってしまうんですよ」
さらに、思わず多額の投げ銭をしてしまう理由もあるといいます。頻繁に開催される「イベント」です。この日、行われたのは、ライバーに送られた特定のギフトの数を競うというもの。こうしたイベントでは、ランキングが発表されます。ギフトを集めれば集めるほどライバーのランキングが上がり、上位に入れば雑誌やCMのモデルになれるなどの特典が得られます。
応援する女性ライバーを上位に入れようと、Kさんは繰り返し投げ銭を行いました。
ライバー
「ありがとう。みなさん、ありがとうございます。たくさん盛り上げてくれて」
会社員Kさん
「やっぱり(応援するライバーの)ランク維持とか、上へ上がれば上がるほど自分自身の満足感もあるし」
この1年半で投げ銭に使った総額は、120万円といいます。時には生活費を切り詰めることがあるほど、すっかりファンになっています。
取材班
「これグッズなんですか?」
会社員Kさん
「オリジナルのTシャツなんですよ。こうして応援しているから、(ライバーが)送ってきたりします。私の自慢できる品物です」
会社員Kさん
「食べるものを切り詰めたりとか、今はできる範囲は、このまま行くつもり」
投げ銭に夢中になるユーザーたち。家計簿アプリを基に分析したところ、この1年で利用者は10倍にまで増加していることが分かりました。
ユーザーの中には、競うように高額の投げ銭をする人も。
あるアプリで公表されている、投げ銭をしたユーザーのランキング。先月の1位は、およそ1億4,000万ポイント。金額に換算すると、なんと4,000万円相当に。1,000万円相当を超えた人は、少なくとも19人に上っていました。
これほどの多額のお金をつぎ込んでいるのは、どのような人たちなのか。
ランキングの上位に入っていた男性が、取材に応じました。男性は30代の個人事業主。去年の夏ごろから投げ銭にはまったといいます。
取材班
「どのくらいのお金を使っているんでしょうか?」
個人事業主の男性
「(今までに)だいたいトータルで4億円」
なぜ、1年余りで4億円ものお金を投げ銭に使ったのか。男性は、コロナの影響で海外旅行や接待を伴う飲食店などに行けなくなったことが原因だと話しました。
個人事業主の男性
「普段だったら遊ぶためのお金というのが、行き場所がなくなっちゃったわけですね。じゃあ何をしようかとなったときに、ライブ配信で自分の応援している女の子に課金してアイテムを送る」
男性は、知り合いにも高額の投げ銭を行う企業経営者などが多いといいます。
個人事業主の男性
「みなさん企業のオーナーさんだったり、あとはお医者さんだったり、例えばお金をこれだけ投げました、そうするとライブ配信に行けば『あの人すごいよね』とか、その枠に来るだけで盛り上がる。どんどん課金額が膨らんでいって、最終的にそれくらいになる。本当に数億円投げている人たちは、ゴロゴロいる」
"投げ銭"急拡大 空前のブームの背景は
保里:本当に幅広い層の人がこの世界に引き付けられて、4億円も。投げ銭の域を超えるような世界でしたね。
井上:ITジャーナリストの高橋さんに聞いていきます。どうぞよろしくお願いします。投げ銭について調査されていますが、今どうしてこれほど拡大しているのでしょうか。
高橋さん:日本でこれほど受け入れられやすいのは、「推し文化」という土壌があったからだと思います。アイドルなどを応援する、「推し文化」。つまりAKB48的なものだと思います。応援することでメンバーの中で順位を上げるとか、CDやグッズを買って応援する。こういうような応援が推し文化というもので、このビジネスモデルのオンライン版がこのような投げ銭なのかと思います。
井上:心理をくすぐるわけですね。
保里:ライブ配信アプリ、今さまざまありまして、国内で累計ダウンロード数が多いものですと1,000万を超えているものもあるということです。高橋さん、このように投げ銭のユーザーも増加しているということですが、コロナ禍の影響というのはどこまであったのでしょうか。
高橋さん:とても大きいと思います。イベントとか、行事とか、人との対面のコミュニケーションというのが非常に制限されて、多くの人が孤独に陥りましたね。それによってその孤独を埋め合わせるものとしてこのようなものが機能し、オンラインの居場所になったんだと思います。例えばこういうライブ配信に行きますと名前を呼んでもらえる、そしてまた行ったら「また来てくれましたね」と名前を呼んでもらえる。そして絆が深まって、オンラインの居場所化していくということが頻繁に見られます。
井上:居場所になるということですが、そこからなかなか抜けられない、過熱してしまう要因というのは何でしょうか。
高橋さん:そこには「承認欲求」というのが大きく関わってきます。もっと投げ銭をしたくなるような仕掛けというのが随所に見られまして、例えば投げ銭をすればするほど特別な称号が手に入るとか、支援する人たちの中でも自分のほうが多く支援しているという優越感を感じられるような仕掛けなんかもあるんです。また、画面の中では始終誰かが投げ銭している状態となりますので、投げ銭をするのが当たり前だ、自分もその中にいたらしなければという気持ちにさせられる。いわゆる「エコーチェンバー現象」の状態となりますので、それによってより一層投げ銭を促進させられているというのが指摘できるかと思います。
井上:ついつい同調してしまうような空間なんですね。
高橋さん:はい、そうなんです。
保里:せざるを得ないような心理的な状況になって、どんどん加速していくというわけですよね。このようにして過熱化しているわけなんですが、同時に今さまざまなトラブルが起きていることも分かってきています。
未成年者が数百万円!? 相次ぐ投げ銭トラブル
今、全国の消費生活センターに投げ銭を巡るトラブルの相談が寄せられています。NHKの独自取材では、ことし投げ銭について寄せられた相談件数は全国で少なくとも102件。
そのうち、半数近くが未成年の利用に関するものでした。多くが親のクレジットカードなどを勝手に使い、高額の投げ銭をしていました。1回1万円の投げ銭を何度もしたという、中学生。両親の複数のクレジットカードを使い、700万円もの投げ銭をした女子高校生もいました。
国民生活センター 相談情報部 加藤玲子課長
「新しいサービスとして投げ銭のトラブルについても、消費生活相談窓口に寄せられている状況。想定外の使い方を子どもがしていたということで、親がびっくりして相談が寄せられてくる」
相次ぐ未成年者による、トラブルの相談。中学1年生の娘が投げ銭をやめられないという親子が、取材に応じてくれました。
中学1年生の娘
「多い日だと7時間とか、朝の8時までやったりする」
好きなアイドルグループの活動がコロナ禍で減る中、去年の冬からある男性のライバーに熱中するようになりました。
中学1年生の娘
「投げ銭を投げると、好きだった配信者(ライバー)さんが喜んでくれた。『いつもありがとう』みたいな」
当初は月1,000円の小遣いでやりくりしていましたが、ほかのユーザーと投げ銭の額を競うようになっていったといいます。
中学1年生の娘
「どれだけ貢いだかというレベルみたいな、1位、2位、3位というのがある。ポイントを使っている人の方が上に行く」
取材班
「いま何位ですか?」
中学1年生の娘
「3位です。好きな人の1番になりたいと、金額でも思ってしまう」
ことしになって、母親が異変に気付きます。
母親
「私の財布のお金が、数万円なくなったことがきっかけ。娘に聞いたところ『違う』ということだったが、配信アプリのサポートランキングを見ると、どうやら課金をしていると。トータルで10万円いかないくらい」
投げ銭のためのお金を、どうやって集めたのか。さらに問いただすと、予想もしなかった答えが返ってきました。
母親
「泣きながら『実はパパ活している』と聞いて、ショックですね」
中学1年生の娘
「食事をして、お金をもらう。3回くらいして。それで全部、投げ銭をしていた。5千円、5千円、5千円と何回も投げた」
母親はすぐに児童相談所などに相談し、パパ活をやめさせました。しかし、投げ銭を完全にやめさせることはできませんでした。
母親
「タブレットを取り上げようとしたときに、『これがないなら死んだ方がまし』。好きという気持ちと、投げ銭するという行為が同一化してしまって、幼いので判別がつかなくなってしまう。寄り添って、いつか根本的に本人が気づいて変わっていくことを待つしかない」
今、母親はネット依存などの問題に取り組む家族会に参加しています。
母親
「(娘が)配信アプリにはまっていて、今、支援先を探しつつ」
投げ銭と、どうつきあっていくべきなのか。情報を集めながら模索を続けています。
"投げ銭"がやめられない… 入院する人まで
投げ銭が原因で、入院治療を受けた人がいることも分かってきました。ネット依存などの専門治療を行う久里浜医療センターでは、患者の多くがゲーム依存の人たちですが、ことしになって初めて投げ銭が原因で治療を受けた人が出てきました。
久里浜医療センター 樋口進院長
「インターネットの依存の人が入院する病棟です。投げ銭の人も入院することになる」
高額の投げ銭を繰り返していた、患者2人が入院。スマホの持ち込みを禁止するなど、ネットから遮断された病室で2か月間に及ぶ治療が行われました。
樋口進院長
「オンラインにつなげる状況だと、またお金を使ってしまうことがあって。もうオンラインに全くふれない。デジタルデトックス状態で入院治療する」
院長の樋口進さんは、投げ銭の市場が拡大する中で、トラブルを抱える人が今後増えるのではないかと危惧しています。
樋口進院長
「背景に対人関係の乏しさがある。リアルのですね。お金を投げることで自分を認識してもらったり、他の人との競争があったり、やっぱり刺激になる。世の中にはいっぱいいそうだが、問題として認識されていない。今後は増える可能性はある」
"投げ銭"急拡大 トラブルにどう対応
井上:番組を最初からご覧になりたい方は、以下のリンクをご利用ください。
・番組を最初から見たい方は「NHK+」の見逃し配信へ
高橋さん、VTRでも専門医が話していましたが、投げ銭によるトラブルに陥る人というのは潜在的にまだまだいそうだという指摘がありました。高橋さんはどう見ていますか。
高橋さん:私が取材した中でも、学生さんの中にはバイト代の中には収まっているけれどかなりの割合を投げ銭に使い込んでいる、例えばランチ代を削ってその額を投げ銭しているという学生さんもいろいろいましたので、そういうことを考えますと、潜在的にはここまでの問題には至っていないけれど、予備軍というような未成年がまだまだたくさんいそうだと感じております。
保里:投げ銭のトラブルをどう未然に防ぐことができるのかについては、子どもを守る4つのポイント。そして相談先について以下のリンクからもより詳しくお伝えしています。
・ネットの「投げ銭」 子どもの高額課金を防ぐには 専門家が解説
家庭内でコミュニケーションをとった上で解決できないというときには、抱え込まずに相談するようになさってください。
井上:さて、この投げ銭のトラブルについて国はどのように考えているのか。取材に対して総務省は、「投げ銭への社会的注目が集まっていると認識している。一方、配信会社に対する法律上の規制はなく、青少年の安全・安心のインターネット利用ができるよう周知・啓発をしていく」と回答しています。
一方、配信会社などで作る業界団体は「未成年者のトラブルについて、未成年者をトラブルから守ることは最優先事項。保護者の同意を得ることを促す表示を出したり、年齢に応じて利用制限・配信時間帯の制限を実施するなどの対策を取っているが、今後については加盟社内で対応を協議している」と回答しています。
高橋さん、こうした現状の対応ですが、これはどのように見ていますか。
高橋さん:年齢確認など制限をつけたりしている配信会社もあるんですが、あくまで自己申告制なので、対象年齢外でも使えてしまうというのが実態です。さらに、クレジットカードなどがなくても例えばバンドルカードというようなプリペイドカードですとか、コンビニ決済などを使えば課金はできてしまいます。
井上:未成年の手に入ってしまうんですね。
高橋さん:手に入ってしまいます、年齢制限がありませんので。そういう実態がありますので、抜け道がある状態となっています。実は、オンラインゲーム業界はすでに規制を始めています。例えば未成年の高額課金が社会問題化したことがありまして、そこで業界団体がガイドラインなどを用意しています。それにのっとってゲーム会社各社が自主規制として未成年の月額の課金の上限などを設定していますので、そのような対策などを具体的に話し合って乗り出してもらえるとさらに実効性が高くなるかと思います。
保里:この投げ銭、日本のみならず海外でも広がっているということですが、海外では今どんな状況になっているのでしょうか。
高橋さん:投げ銭市場が日本よりも拡大して先に進んでいた中国などでは、すでに規制が始まっております。例えば、小学生が3,000万円近く投げ銭をしてしまったとか、あとさくら的な行為ですね。ライバーたちがファン数のデータを偽造して投げ銭を多くかき集めていたという事件が起きて社会問題化しまして、それに対して国が問題視し、未成年の投げ銭は禁止するというような対策がすでに行われております。
保里:そうすると、業界内である程度コントロールできない状況になったときには、それだけの規制が発生してきてしまうということなんですね。
高橋さん:はい。国に規制されてしまう前に自主規制で対策されていったほうが、さらにこの業界が発展していく可能性につながるかと思います。
保里:コロナ禍で急拡大している日本の投げ銭ですが、今後より楽しむ形として発展していくためにはどんなことが必要になっていくと考えていますか。
高橋さん:現状Twitterなどでも投稿で投げ銭ができるようになったり、noteなどの記事に投げ銭ができるとか、投げ銭が使えるプラットホームはどんどん拡大しています。コロナ禍で収入を失ったアーティストが活躍できる場となったりもしておりますので、新しいコミュニケーションツールだったり、エンターテインメントの場だったり、それからビジネスの場にもなっておりますので、まだまだ拡大していくと思います。
また、コロナ禍で始まったものですけれども、ある程度定着しておりますので、今後期待できる場かと思います。
ただ、今後未成年の問題などに関しては、対策をしたり、議論したりする必要があるかと思います。
井上:特に、未成年対策はどんなことが今後大事になってくると思いますか。
高橋さん:業界で話し合って、年齢制限、年齢確認などをきちんとするとか、課金の上限をきちんと決めるなど、しっかりと自主規制などを行っていくことが大切だと思います。また、家庭で見守っていくことが必要ですので、周知徹底も必要かと思います。
井上:ありがとうございました。
・ネットの「投げ銭」 子どもの高額課金を防ぐには 専門家が解説