「水害に負けん!」久留米絣の若き職人兄弟
- 2023年09月04日
江戸時代に生まれ、国の重要無形文化財に指定されている福岡県の綿織物「久留米絣(くるめかすり)」。老舗の工房を継ぎ、久留米絣の新しい魅力の発信に取り組む若い職人兄弟を襲った“まさか”のできごと。そして“まさか”の展開とは…。
伝統の久留米絣の新しい魅力を発信
夏の夜を楽しんでもらおうと、水郷として知られる福岡県柳川市で8月、アートイベントが開かれました。テーマは「水の妖怪・カッパと福岡県の伝統工芸」です。
こちらの作品は、久留米絣の技法を生かした大きな藍染めの布を使って、カッパが住む川の流れを表現しています。
夏らしく涼やかでいいなと思いました。
藍染めを手がけたのは久留米絣の若き職人、森山浩一さん(31歳)と弟の典信さん(26歳)です。
江戸時代から160年以上続く老舗の久留米絣の工房を営んでいます。より多くの人に久留米絣の魅力を知ってもらおうとアートイベントへの参加を決め、準備を進めてきました。
「なかなか手織りの生地とか触れる機会ないので、触っていただいて、手織りいいなあとか、絣いいなあって、少しでも感じ取ってもらえればありがたいですね」。
しかし、イベントまで1か月を切ったころ、思わぬ事態に襲われました。
まさか… 生命線が、断たれた
ことし7月の記録的な大雨で工房近くの川がはん濫し、久留米絣に使う木綿の糸を染める「染め場」が浸水。大事な染料の藍が入ったかめ、すべてに泥水が流れ込み、使えなくなってしまったのです。
6代目の弟、典信さんが当時の心境を明かしてくれました。
「染め場っていうのは僕らからしたら生命線になるところなので。はじめてその光景をみて、もうここからどうしていいかわかんないって状態で、終わったなって感じでしたね」。
このとき、アートイベント用の藍染めは未完成でした。染め場を含め工房の復旧のメドが立たない中、参加を断念することも頭をよぎりました。
業界の常識を覆す、まさかの支援
そんなとき、思いがけない支援の手が。同じく久留米絣の職人の坂田和生さんが、自身の染め場を使わせてくれることになったのです。
坂田さんの工場も大雨によって浸水被害を受けましたが、藍は無事でした。
全然いいよって、本当に困ってるんだったら僕ができることは何かしら協力したいと思ってますんで、常日頃から。
胸がじんわりきてます、ありがたい。
職人にとって、藍はもっとも大事なもの。
業界の常識ではライバルでもあるほかの職人に使わせることは考えられないことでしたが、坂田さんは着物離れなどが進む業界をともに盛り返していこうと協力を申し出たのです。
水害っていう外的なものによって、イベントなど久留米絣を広める取り組みが続けられないっていうのだけは、私は絶対に避けたい。産地一丸となって活性化していく。それがすごく大事なことかなと思ってますね。
感謝の気持ちや作業ができる喜びを感じながら、2日かけてあわせておよそ100メートルの布を染めました。
かなりきれいに仕上がってるんで、すごく全部ありがたいなって。いいのができそうです。
たくさんの支援のおかげで未来につながる
こうして完成した藍染めの布。会場の一番目立つ場所に飾られ、多くの人たちが触れたり、写真に収めたりしていました。
久留米絣を取り入れたちょうちんなども展示され、伝統工芸をアートとしても楽しんでもらいたいという森山さんの思いが形になりました。
新しい感じの作品ですね。被災したということですが、頑張って欲しいと思いますし、久留米絣という伝統はずっと受け継いでほしいなと思います。
このほか、会場の通路には、久留米絣ののれんがかけられました。大雨で泥水につかりましたが、ボランティアの力もかりて丁寧に洗ったものだということです。
水害にあったからイベントを諦めるわけではなくて、多くの方々のボランティアの支援もいただいて、イベントに間に合ったので、本当に、うれしい気持ちです。
来てくれた人がよかったよと褒めてくださるので、本当にほっとしますね。工房が使えない状態になってゼロにはなったんですけど、どうにか頑張って、後継の人たちに、未来につなげていけたらなと思ってます。
取材を終えて
森山さん兄弟の工房は、被災から2か月近くたった今も復旧のメドが立っていません。それでも、久留米絣の未来を見つめて行動する兄弟と、応援する“ライバル”の職人。職人どうしの絆に深く心を動かされるとともに、1日も早い作品づくりの再開を願わずにはいられませんでした。