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漫画で伝える避難所の孤独 福岡

耳が聞こえない人も安心できる場所に
  • 2023年08月22日

「聴覚障害者にとって、“避難所そのもの”が課題になっている」
そう話すのは、聴覚障害がある漫画家の平本龍之介(ひらもと・りゅうのすけ)さんです。避難所を誰にとっても安心できる場所にするために何ができるか。みずから描く漫画で発信を続ける平本さんの取り組みを取材しました。

漫画で描く音のない日常

久留米市の漫画家・平本龍之介さんは、生まれたときから耳が聞こえません。音のない日常を4コマ漫画に描き、新聞の連載や自身のSNSで発信を続けてきました。

自宅で漫画を書く平本龍之介さん
温泉でのエピソードを描いた4コマ漫画

ここ数年、大雨の被害を受けている久留米市に住む平本さん。去年6月、災害をテーマにした4コマ漫画を発表しました。タイトルは『災害による孤独』。平本さんの知り合いの女性の体験をもとに、聴覚障害者が避難所で生活することの難しさが描かれています。

『災害による孤独』

主人公が感じた“孤独感”

物語は2020年7月、福岡県内で線状降水帯が発生し、避難指示が出た久留米市の避難所が舞台です。主人公の女性は、自宅の床下が浸水し恐怖を感じて避難を決意。ひざの上まで泥水に浸かりながら、30分かけて避難所に到着しました。

ようやくたどりついた避難所で彼女が感じたのは “孤独”でした。避難所内で耳が聞こえないのは彼女ただ1人で、食料や寝具などの配布の呼びかけがあっても気付くことができません。必要な情報は直接伝えてもらうか、目で見て分かるように表示してもらわないと、耳が聞こえない人には届かないのです。

結局、彼女は周りの人とコミュニケーションをとることがないまま、停電が続く避難所で一晩を過ごしました。そして翌日の夜9時過ぎ、避難指示が続いていましたが、周囲の水が引いていることを確認し帰宅しました。

この話を聞いた平本さんは、聴覚障害者にとっての災害や避難所の課題について改めて考えるようになったといいます。

聴覚障害者の災害って何かというと、避難しても居場所がない、通訳者がいない、コミュニケーションがとれない、情報があっても聞こえないということ。周りの人とつながれないと感じることは、その場にいること自体がストレスになります。こういう不便があるんだという情報を多く届けられればいいなと思って『災害による孤独』を描きました。

積み重ねた小さな諦め

聴覚障害者にとって、相手の口の動きから言葉を読み取る「読唇(どくしん)」はとても大きな役割を果たします。そのためコロナ禍でのマスクの着用は、コミュニケーションをさらに困難なものにしました。

主に手話を使いながら会話の半分ほどは読唇で理解している平本さんも、マスクで相手の口元が隠れてしまうと、話の内容を理解するのに苦労することが増えました。

読唇を交えて談笑する平本さん

例えばスーパーやコンビニエンスストアで買い物をするときに、会計で店員から「袋はいりますか?」と聞かれても、マスクをしていたら口の動きは分かりません。感染拡大が続く状況では相手に迷惑がかかるのではと考え、マスクを外して欲しいと頼むことは遠慮したそうです。さらにレジが混雑していると、後ろに並んでいる人に申し訳ない気持ちになり、時間をかけて筆談でやりとりすることは控えました。

レジ袋だけでなく、駐車券はあるか、お箸は必要かなど、いつも口頭で聞かれました。耳が聞こえないことを伝えようとしても、補聴器をイヤホンと思い込んだ相手とトラブルに発展したことさえありました。たった一言が伝わらないことで小さな諦めを積み重ねていた平本さんは、日常生活の中で困ったことを漫画に描きました。

 

コロナ禍で描いた漫画

ヒントは“見える化”

マスクをした相手とも簡単にやりとりする方法はないか。平本さんが思いついたのが、買い物で必要な会話を絵で表し、エコバッグにプリントするアイデアでした。

デザインしたエコバッグ

「レジ袋いりません」や「ポイントカードあります」、「レシートください」など、会計でよく使う17通りのメッセージを絵と言葉で表現しました。相手に伝えたいメッセージを選んで指をさすだけで、意思疎通をはかることができます。

このエコバッグがあればマスクを外さなくても、筆談をしなくても、スムーズに会計を済ませることができます。日々の買い物で、平本さんが繰り返していた“小さな諦め”をなくすための、新しいツールが生まれました。

平本さんはこのバッグについてSNSなどで発信したところ全国から700件以上の反響があり、「使いやすい」や「こういうものが欲しかった」など様々な声が届きました。コミュニケーションの壁を取り払うための大きな手応えを感じた平本さんは、買い物以外のシーンでも相手に簡単に意思を伝えられる“ツール”の必要性を強く感じたといいます。

指をさすだけでメッセージを伝えられるツールを必要だと思っている人が多くいることに気が付きました。電車やバスに乗ったり、病院で診察や治療を受けるなどの日常の場面ではもちろん、災害など緊急の場面で必要になるのではと思いました。

たどりついた“指さしボード”


そこで平本さんが思いついたのが、メッセージを1枚にまとめた"指さしボード"です。特に、災害時に交わすことが多いやりとりをまとめて、避難所でも使えるものを作ろうと呼びかけたところ、久留米市と久留米市ろうあ協会も一緒になって「災害時コミュニケーション支援ボード」という新しいツールの作成が始まりました。

 

災害時コミュニケーション支援ボード

平本さんは聴覚障害がある立場から、身近で役立つアイデアを提案しました。緊急性の高い体調不良やけがは「苦しい」「しびれる」など症状ごとに表し、その程度を0から5のレベル別に伝えられるようにしました。また、スマートフォンは聴覚障害のある人にとって特に欠かせません。テレビやラジオでは十分に情報を得ることができないからです。そこで「充電がしたい」と「Wi-Fiはありますか?」という項目を加えました。

体の部位や症状を表した絵
身近なアイデアからできた項目

平本さんは“聴覚障害者のコミュニケーション”はひとくくりにできないといいます。耳が聞こえない人・聞こえにくい人、補聴器を付けている人・付けていない人。手話ができる人・できない人、筆談ができる人・できない人。聴覚障害者の中にはかつて学校教育を十分に受けることができず、文字の読み書きが苦手な人もいます。障害の程度や聞こえ方は個人や環境によっても変わります。そのため、コミュニケーションをとる方法は一人ひとり違う場合があるのです。

平本さんが目指したのは、絵と簡単な言葉で相手に意思を伝えることができて、誰もがぱっと見るだけで理解できる、“みんなのため”の指さしボードでした。試行錯誤の末に完成したボードは、ことしの6月から久留米市内の100か所以上の避難所に配布され、活用が始まっています。

誰でも使えることを目指した指さしボード

自分が伝えることができない、文字を書くことができない。コミュニケーションの方法がないと、避難所に行って誰かに迷惑をかけないかとか考えてしまうと思う。でもこのボードがあれば、絵を一緒に見て相手に伝えることができる。そういうボードを目指しました。

平本さんはこの指さしボードが、避難所にいる聴覚障害者の役に立つだけでなく、まわりの人にとっても、コミュニケーションのきっかけになるのではないかと考えています。

耳が聞こえない人や聞こえにくい人には、言いたいことが伝わらないからと諦めてしまうのではなく、コミュニケーションをとってみようと思えるように。耳が聞こえるまわりの人には、手話を使っている人や困っている人に気付いたら、まずは話しかけてみようと一歩踏み出せるように、このボードが広まることを期待しているといいます。

お互いに「どうやってコミュニケーションをとればいいんだろう」という気持ちが出ると、心の壁を作ってしまう。コミュニケーションボードがあることで、相手に話しかけてみようという気持ちになると安心できる。大きな一歩だと思います。

避難所での女性の体験談をもとに平本さんが描いた4コマ漫画『災害による孤独』は、“思いやり”の大切さを訴える場面で締めくくられています。

『災害による孤独』の4コマ目

皆さんが一緒に、「聴覚障害者はコミュニケーションがとりにくい」ということを感じてもらえれば、コミュニケーションに不安がある聴覚障害者も「手話ができなくても避難所に行ってみよう」という安心感になり、避難できるんじゃないかと思います。

耳が聞こえる人も聞こえない人にも、誰もが安心できる避難所にするために。 
大切なのは、心のハードルを下げるための便利なツールと、困っている人がいたら「話しかけてみよう」という一人ひとりの勇気でした。

 

取材を終えて
平本さんのお話で特に印象的だったのが「コミュニケーションの不安から避難所に行きたくないと思う人もいる」ということでした。その壁の高さに驚いたのと同時に、私自身が”聞こえるコミュニケーション”を前提に考えていたことに無自覚であったと実感しました。そのことを平本さんに伝えると「まずは聴覚障害のある人、聴覚障害とはなにか知ってほしい」と話してくれました。いただいた言葉をこの先どのように伝えられるか、自分なりに考え取材を続けていきたいと思います。
(取材:NHK福岡放送局 松永佳奈子)

  • 松永佳奈子

    福岡放送局 

    松永佳奈子

    ニュースカメラマン
    2022年入局

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