1. ホーム
  2. 地域づくり情報局
  3. 一人も取りこぼさない社会をめざして
  4. 社会福祉から取り残されてしまう人たちを支援に繋げる(2)

地域づくり情報局

一人も取りこぼさない社会をめざして

大阪府豊中市のコミュニティソーシャルワーカー・勝部麗子さん。地域や家族から孤立する人々に寄り添い支える日々を綴ります。

記事一覧へ

2023年08月28日 (月)

社会福祉から取り残されてしまう人たちを支援に繋げる(2)

キャリア教育の中に社会福祉の情報を

  コロナ禍で生活が困窮した人たちと、支援を通じて繋がっていくなかで、本来なら頼れるはずの社会保障に繋がれていない人たちが多くいる現状があることがわかりました。社会福祉の情報にアクセスできないだけではなく、そもそも、困難に陥ったときに社会保障に頼って良いのだということすら、多くの人に認識されていない状況があります。このような現状を変えていかなければならない、ということも、コロナ禍を通して私たちがぶつかった大きな課題のひとつです。

  そんな中で、現在、地域の中学校で行われているキャリア教育について知る機会がありました。中学3年生、15歳にむけて行われているこのキャリア教育は「トライやる・ウィーク」といって、神戸から始まったもので、さまざまな実体験を通して子どもたちが自分なりの生き方や仕事を具体的にイメージしていけるように支援していくプログラムです。多様な仕事の現場を体験するなど、充実した内容ではあるのですが、そのプログラムの中で社会保障について学ぶ時間は、ほんのわずかしかないのです。

  子どもたちに将来の仕事についてイメージしてもらうことももちろん大事ですが、それがうまくいかなかったとき、自分が社会の中でつまずいたときのリカバリーをどうしていくかということも、同じぐらい大切だと私たちは考えています。キャリア教育の一環の中で、社会保障や社会福祉についても伝えることはできないだろうか。そう考えた私たちは、地元の中学校に問い合わせ、社会福祉のお話をする機会を設けて頂けることになったのです。

困ったときに頼れる制度があることを知る

  人生の中で困難に陥ったときには、社会保障があり、それを頼るのは、憲法で保障されている権利なのだということ。社会保障は私たちの健康で文化的な生活を支えてくれる制度であり、私たちには幸福追求権があるのだということ。そんなことも含めて学校でお話をさせていただきました。そして社会には、誰かが困った時にはその人を助ける、ソーシャルワーカーという存在・仕事があるということも、子どもたちに伝えました。すると、自分の身近に、助けてくれる人たちがちゃんといるのだということを全く知らなかった、という声が多く寄せられました。

  そんな中で、自分たちも支援に関わりたいと、フードバンクに取り組んでくれる中学生も現れました。また「人を頼ってもいいんだ、と初めて思えた」という若者にも出会いました。

  私たちは若者たちについて新たに知ることになった現状を、職場で共有し、こうした若者たちをどうしたら救えるのかということを改めて話し合いました。いろんなアイディアが出ましたが、そのなかでとても良い提案がひとつありました。それは、「人生ゲーム」のような「双六(すごろく)」を作って、人生の中で出会うさまざまなトラブルに対して、どうしたらそれを乗り越えることができるか、生活を立て直し、道を開いていくことができるかを、ゲームで体験してもらおうというアイデアでした。

katsube5.JPG

豊中社協のオリジナル「福祉すごろく」

ボードゲームを楽しみながら社会福祉を身近なものに

  いわゆる「人生ゲーム」は、生まれてから高齢者までの一生を扱っていますが、今回は、中学生の年齢に合わせて、15歳から、ある程度社会生活が軌道に乗る年齢である35歳までの20年間を対象にしたゲームにすることにしました。それ以上だと、あまりに先が長すぎて、中学生にとっては想像しづらいだろうということも考慮に入れました。

  さっそく職員でプロジェクトチームを立ち上げ、すごろく作りが始まりました。中学校を卒業して、高校にいくのか、それとも就職するのか。高校にいくなら定時制にするのか、通信制にするのか。その過程でどのくらいのお金が必要になるのか、就職した場合、どのくらいの収入があるのか。そのようなシミュレーションから始めました。

  また、両親が事故に遭う、会社のリストラに遭うなどのトラブルで経済的に厳しくなったら、どのような支援が受けられるのか。高校や大学に行ってもうまく行かず中退してしまったら、どのように軌道修正し、生活を再建していくのか。自分が交通事故に遭ったら? 恋人からデートDVを受けたら? 誰もが遭遇する可能性があるさまざまな課題を書きだしていきながら、その場合にどのような支援があるか、解決策があるかを話し合いました。そうして、生きていく中でいろんな人たちが助けてくれるという独自の「福祉すごろく」を作ることができました。

katsubegame.png

すごろくで困ったら「社会保障カード」で助けを求める

 すごろくを進める中で、さまざまな困難に遭遇します。そのたびに社会保障のカードを見つけ出して、助けてくれる人たちがいるのだということをみんなで確認しながら考えていく。ゲームを楽しみながら、社会保障について知り、いつか実際の人生でトラブルに遭遇した時も、きちんとサポートに繋がれるようにするために・・・。そんなボードゲームを作ることができました。

困ったときにどう社会福祉とつながることができるか

 2023年の3月に、ある中学校でこのボードゲームを試験的に使ってみることにしました。最近の子どもたちは、ゲームといえばオンラインがメインで、このようにみんなで顔をつきあわせてひとつのゲームをするという機会がほとんどないようです。みんなで向かい合って、すごろくのコマを進めていくのは貴重な体験になったようです。

  コマを進めて、その子が対面するさまざまな生活の課題が提示されると、それにどう対処していけば良いかをみんなで考えていく。今はまだ自分ごとではないけれど、そういう状況に陥ったとき、陥った人がいたときに、どう対処し、どう寄り添っていくかを学んでいくという形で進めました。

  いろんなトラブルを抱えて、なかなか中学校卒業までに至らない例もあれば、高校進学、大学進学と順風満帆に見えた人が、突然親御さんが事故に遭い、生活が破綻してしまうという例もありました。一方で、地道に働いていた人が突然宝くじで一攫千金するなどの例もあります。だいたい6人ぐらいのグループでゲームをしたのですが、さまざまな人生があるけれど、人生の中で問題が起こったときにどのように対処したらいいのかをみんながそれぞれ考えていく機会になったようです。

katsubesasikae.jpg

福祉すごろくを楽しむ豊中市の中学生たち

  35歳でひとまずはゴールを迎えるわけですが、その間に、奨学金を受ける、生活保護を受ける、ハローワークに行くなど、その都度、さまざまなトラブルに合わせて使える社会保障を考えていくということをゲームの中で経験していく形にしました。しかしそれでもどうにもならない場合、最後に究極の「お助けカード」があります。それが、私たち社会福祉協議会のコミュニティソーシャルワーカーです。どうしようもなくなったとき、そのカードを掲げてくれれば、私たちがその状況に応じた具体的な応援をすることができる。ゲームの中でも私たちが「お助けマン」として現れる。そんな面白い展開もゲームの中に盛り込みました。

自己責任論ではなく、社会福祉に目を向ける

 コロナ禍で生活が追い詰められていても「自分ひとりでなんとかしないといけない」とか、「自分が悪いからこうなったのだ」「自分の責任だ」と言って、路上生活者になった人たちも私たちは見てきました。支援の手を差し伸べても「こうなったのは自業自得なのだから自分のことは放っておいてください」と言われる方がとても多いのです。けれども、本当は、もっと早い段階で誰かにSOSを出せていたら、これまでの展開も変わっていたはずです。

  世の中には簡単に手を出せるけれども引き換えに大きなリスクを背負わされるサービスが多くあります。借金があっても、事前に相談して適切な債務整理もできたはずなのに、闇金に手を出してしまい、どうにもならなくなって家や家族も失ってしまう。そんな方たちを多く見てきました。なぜ、もっと早い段階で、社会保障を頼ろうとしてくれなかったのか。なぜ救うことができなかったのだろうか。そのような無念さが常にあります。

  それでも、希望はあります。福祉すごろくゲームを体験したあと、子どもたちがたくさんの感想を寄せてくれました。「今まで人に頼って良いと思っていなかった」「こんなに頼れるところがあることを知らなかった」「困ったときは公的な機関に頼ってみたい」などの言葉が、彼らの中からたくさん出てきたのです。

  今回、実験的ではありますが「福祉すごろく」を通してこのような手応えを得られたことは非常に貴重な経験でした。今後も、まずは豊中市内の中学校でこの取り組みを拡げていきたいと思っています。現在は、ゲームの内容をさらに充実させるために、若いスタッフたちと一緒に話し合いながら計画を進めていっているところです。

誰もが社会福祉につながれる社会を目指して

 コロナ禍を通して、これまで私たちが見ようとしても見えてこなかった世界がたくさん見えてきました。これまでも私たちは、地域の高齢者や子育て世帯、障害のある方たちなどの支援をしてきましたが、そこからさらにこぼれてしまう外国籍の住民や、若者たちがたくさんいることも分かりました。

  今の日本には、こういった若者たちを救うための施策が圧倒的に少ない。外国籍の人たちもそうですが、彼らが社会保障の外側に置かれてしまっています。すでに存在する制度ですら、それを使ってよい、繋がってよいということを当事者が知らないがゆえに、十分に機能できていない、ということにも気づかされました。

 若者たちが、頼れるところがないと思っても、本当は頼れる社会保障があるんだよということ。そのことをせめて知ってもらいたい、これから社会に出ていく子どもたちの頭の隅にでも、そのことを覚えておいてもらいたい。それが私たちの新たな目標のひとつになっています。

一人も取りこぼさない社会をめざして

勝部麗子さん(コミュニティソーシャルワーカー)

10年前、大阪府で初導入された地域福祉の専門職=コミュニティソーシャルワーカーの第一人者。大阪府豊中市社会福祉協議会・事務局長として、様々な地域福祉計画・活動計画に携わる。2006年から始まった「福祉ゴミ処理プロジェクト」では、孤立する高齢者に寄り添い、数多くのゴミ屋敷を解決に導いた。厚生労働省社会保障審議会「生活困窮者の生活支援の在り方に関する特別部会」委員。信条は「道がなければ作ればいい」。

ブログ内検索