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"再出発"支える津軽塗

執筆者髙橋昴平(記者)
2023年10月12日 (木)

"再出発"支える津軽塗

青森県唯一の国の伝統工芸品・津軽塗。
300年以上の歴史がありますが、後継者の数は減り続けていて伝統の継承が危ぶまれています。

しかし津軽塗の技法をある場所で伝え続けている職人がいます。
この職人と、津軽塗との出会いをきっかけに再出発を誓う男性を取材しました。

作品を手掛けるのは津軽塗一筋50年の職人

作業中の福士さん

職人の福士武昭さん(69)です。
高校を卒業したあと、半世紀にわたって津軽塗を作り続けてきました。
津軽塗は完成するまでに漆を何度も塗り重ねて乾かし、研ぐという48もの工程が必要です。
1つの作品を作り上げるまでに2か月かかることも。
それでも福士さんの創作意欲が尽きることはありません。

インタビュー中の福士さん

福士さん
「他の人がやっていないことをやりたい。例えばギターに塗るとか。アクセサリーなんかもほかの職人はやっていない。職人としてやれる間はなんとか頑張っていきたい。」

岐路に立たされている津軽塗

津軽塗の作業中の箸

しかし津軽塗を取り巻く環境は年々厳しさを増しています。
津軽塗の生産額は、最盛期の1984年には21億円ありましたが年々減少。
2017年には、およそ8分の1の2億5000万円あまりまで落ち込みました。後継者不足の背景には、津軽塗が売れなくなっていることもあるのです。

福士さん
「売り上げがない。売り上げがないと弟子に給料を払うことができない。『給料はいらないから弟子にしてください』と言われることもあったが断った。自分の手で津軽塗を作るのが精一杯で、教えている時間がない。弟子を取るのは無理。」

刑務所が技術伝承の場に

青森刑務所

そんな福士さんが週に1度、熟練の技を伝えている場所。それは青森刑務所です。
10年未満の実刑判決を受けた受刑者およそ330人が収容され、受刑者が更生に向けて家具や小物などを作る刑務作業に当たっています。

このうち青森刑務所ならではの作業が津軽塗の製品づくり。
30年ほど前から服役態度がよい一部の受刑者だけに許されてきた作業です。

斎藤さん(仮名)

福士さんがいま教えているのは、窃盗の罪で実刑判決を受け、半年ほど前から服役している斉藤さん(仮名)
この日は「仕掛け」と呼ばれる漆塗りの作業に取り組んでいました。
独特の模様を作るために漆を何度も塗り重ねる、根気と集中力が求められる作業です。

受刑者を見守る刑務官

指導する刑務官も津軽塗を通じた受刑者の更生に期待を寄せています。

刑務官
「1から10まですべて1人で完結させる刑務作業はないが津軽塗はすべての工程を自分で行う。だからこそ製品ができあがった時の喜びは大きいはずだし、作業の過程で培われた忍耐力や精神力は出所後の生活に必ず生かされるはず。」

作業をする斎藤さん(仮名)

これまで何度も出所と服役を繰り返してきた斉藤さん。
津軽塗との出会いが人生の転機になったといいます。

斎藤さん
「自分は目の前のことから逃げてしまうこところがあるのだと思う。だから逃げるということをなくすために、まずは根気強く津軽塗に向き合いたい。社会に出てからも、津軽塗で学んだことを生かして1つのことを続けていきたい。」

指導する福士さん

さらに技術を吸収してほしいという福士さん。
週にわずか1度という指導機会に難しさやもどかしさも感じるといいますが、何よりここでの経験を人生の再出発のきっかけにしてほしいと願っています。

インタビューにこたえる福士さん

福士さん
「教えることはいっぱいあるが、初心者としては頑張ってやっている。津軽塗を通じて、忍耐力や集中力をつけて社会復帰してもらいたい。そして出所後、地元に帰ったら津軽塗の素晴らしさも広めてくれたらうれしい。」

取材後記

後継者不足などで伝統の継承も危ぶまれる津軽塗が、人生の再出発を誓う人たちの背中を押しているとは思いも及びませんでした。刑務所で必死に技を学び取ろうとする受刑者の社会復帰、そして津軽塗の”復興を”願ってやみません。

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