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死亡者相次ぐ りんご園での作業事故

執筆者小原敏幸(記者)
2022年09月21日 (水)

死亡者相次ぐ りんご園での作業事故

青森局に配属され、事件・事故の担当となったばかりの去年5月、私はさっそくある死亡事故を取材することになりました。
事故が起きたのは弘前市にあるりんご園。警察に聞くと、生産者が農薬散布に使われる機械の下敷きになったといいます。

「大きな危険が潜んでいるようには見えないりんご園で、生産者が使い慣れているはずの機械で、なぜ」。

この疑問をもとに取材を進めていくと、実は農作業は危険と隣り合わせで全国でも事故が相次いでいる実態が見えてきました。

機械の便利さの陰で

スピードスプレーヤー

事故を起こしたのは「スピードスプレーヤー」と呼ばれるこちらの機械。
青森県のりんご園では、主に5月上旬から8月下旬にかけて農薬を散布するために使われます。

農薬の散布様子

害虫や菌からりんごを守るには農薬散布は欠かせませんが、この機械を使えば、広大なりんご園で効率よく農薬散布を行うことができます。
りんご生産はこの機械が支えているといっても過言ではありません。

しかし、取材していくと、機械の便利さの陰で事故があとを絶たず、亡くなる人が少なくないことがわかりました。

農作業事故の件数

青森県のまとめによると、去年までの10年間に果樹園で起きた事故は87件でしたが、スピードスプレーヤーによる事故は18件と、脚立から転落する事故に次いで2番目に多く、このうち半数近い8人が亡くなっています。

さらに農林水産省によると、全国でも事故が相次いでいて、おととしまでの10年間で死亡した人は83人にのぼります。

どのようにして事故が起きたのか。
亡くなった生産者の家族に話を聞くことができました。

事故は突然起きた

弟の三浦真さん

弘前市のリンゴ生産者、三浦真さんです。
三浦さんは14年にわたって、兄の静一さんとリンゴ農園を経営していました。

事故現場

去年5月、兄の静一さんはいつものように午前5時ごろから1人で農薬を散布していました。
しかし、その日は夜になっても静一さんが帰ってきません。
心配した真さんが警察や消防と探したところ、誠一さんはスピードスプレーヤーの下敷きになった状態で見つかったといいます。

現場はなだらかな斜面が下った先。

真さんは、スピードスプレーヤーが重みで動きだして、静一さんの方に向かっていったと考えています。

三浦真さん
「あの畑で50年も農業をしていて、はじめてこんな事故が起きてしまった。今でももう手探りの状態で、真っ暗なトンネルを歩いている感じです」。

どのようにして事故は起こるのか?

なぜ事故が相次ぐのか。
農作業事故の調査などを専門に行う研究機関「農研機構」の担当者、志藤博克さんに聞きました。

① 車体の重みによる事故

車体が動き出してしまうことがある

農研機構・農業機械研究部門 志藤博克さん
「機体には薬液タンクがついていて、農薬の量はおよそ500リットルある」。

一般的なスピードスプレーヤーはタンクいっぱいに農薬を満タンに入れると、総重量はおよそ3トンに達します。

このため傾斜地で停車させた場合、ブレーキをしっかりかけていないと、重みに耐えきれずに車体が動き出してしまうことがあるといいます。

② 横転・転落

横転する恐れがある

また、斜面などの不安定な場所で減速せずに曲がると、後部にあるタンク内の農薬が振り子のように働いて横転する恐れがあるといいます。

農研機構・農業機械研究部門 志藤博克さん
「例えば重いリュックサックを背中に背負って体を回転させたときにリュックサックに体が振られるという感覚がある。同様の現象がスピードスプレーヤーの車体にも起こっている」。

スピードスプレーヤーの死亡事故のおよそ4割を横転事故が占めています。

③ 挟まれ事故

さらに、スピードスプレーヤーのほとんどは運転席がむき出しのため、低く張り出した枝に引っかかるおそれがあります。

JA共済は枝に挟まれる事故について、注意喚起の動画を作成しています。

JA共済は枝に挟まれる事故について、注意喚起の動画を作成しています。
動画では、スピードスプレーヤーに乗って作業している人が、しっかりと散布されているか確認するために一度後ろを見て、数秒後に前を振り返ると、迫っていた枝にぶつかってしまうというケースが再現されています。
死亡した人の約3割は、この事故によるものだといいます。

農研機構・農業機械研究部門 志藤博克さん
「農業機械は非常にゆっくり走る。だから少しぐらい後ろをみても大丈夫だろうとついつい思うが、油断しているとふと前に振り向いたときに思いもしないところまで走っていた、ということがある。先入観と現実とのギャップが存在する」。

事故防止のポイントは?

どうすれば事故を防げるのか。志藤さんは次のことを指摘しています。
まず、操作上の注意点です。

▽傾斜地では駐停車しないこと、
▽散布中は、よそ見をせず、急なハンドル操作をしないこと

などが大切です。

また、作業の前に、事故のリスクをへらすため

▽園内の危険な箇所を調べておくことや
▽そうした箇所に目印をつけておくこと、
▽注意点を示した取扱説明書を改めて確認すること

が効果的です。

一方で、個人で注意するだけでは限界もあります。
そこで、国はメーカーや専門家とともにスピードスプレーヤーの機体自体の安全対策について議論を進めているほか、県でも農作業の安全について講習会を開くなど事故防止に取り組んでいます。

青森県のりんご生産量日本一を支えるスピードスプレーヤーでの農薬散布。
事故を防ぐため、生産者の方々は今一度、作業の仕方を点検するとともに、行政側も事故防止のための対策を進めていくことが求められています。

取材後記

りんご農家を取材していく中で、りんご栽培にとって農薬散布がどれほど重要な作業なのか学んだ一方、作業が常に危険と隣り合わせだということが分かりました。
今回はスピードスプレーヤーの事故について取り上げましたが、園地では他にも、乗用の草刈り機など、他の農業用の機械による事故や、収穫の時期には脚立から転落する、などの事故が起きています。
農業の担い手が今後ますます不足していく中で、事故は生産者の問題だと傍観するのではなく、恩恵を享受する我々も含めた社会全体が農業事故を防ぐ方策を考えていく必要がある、と強く感じました。

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