都内の中学校に通っていたヒロトさん(仮名・15歳)は、担任の男性教員から股間など体を触られる性暴力の被害に遭ったといいます。
「犯罪ではないか」「教員と離すよう配慮してほしい」と学校側に訴えましたが、被害の報告は迅速にはなされず、その間、教員は教壇に立ち続けました。
さらに事実関係を確認する場では、校長から「これからも先生(加害教員)と仲良くできるよね?」などと言われたといいます。
教員による児童や生徒への性暴力などを無くすための法律“わいせつ教員対策法”が施行されて1年がたちます。性暴力が発覚した時に、教育現場がどう対応するのかなどが定められましたが、法律の内容が十分理解されておらず、適切な対応がとれていない現状が見えてきました。
(首都圏局/ディレクター 二階堂はるか)
ヒロトさんが通っている中学校に男性教員(30代)が赴任してきたのは2021年4月、ヒロトさんが中学2年生の時でした。
教員は週4回ある英語の授業を担当し、当初は、「他の先生とは違って対応がとても柔らかく、笑顔で接してくる優しい印象だった」といいます。
しかし、男性教員は授業中、巡回する際にヒロトさんの頭や肩などを触るようになり、次第に耳たぶやお腹、腰などにも触れてくるようになったといいます。ヒロトさんは「嫌だな」「気持ち悪いな」と思い始めました。
ヒロトさんが中学3年生にあがると教員は担任になりました。そしてその直後の2022年5月、ヒロトさんにとって“決定的な”出来事が起きました。
掃除の時間、友人と掃除道具で遊んでいたヒロトさんは、教員から口頭で注意されたといいます。その後、トイレの清掃をおこない、教員からチェックを受ける際に股間を触られました。
ヒロトさん
「先生が来たら急に肩をつかまれて、トイレの個室の中まで押されて『次やったら(ふざけたら)個人レッスンだからね』と言われました。そのときに先生は掃除のチェックをするためなのかトイレの便座のふたを開けたのですが、同時に股間をちょんちょんちょんって3、4回軽くなでました。
本当に一瞬の出来事で、僕は何があったのかあまり理解できなくて立ち止まってしまいました。手が間違って当たってしまっただけなら、一瞬で手が通りすぎていきますけど、股間のあたりで手が止まっていたので、これはわざとじゃないかと思いました」
ヒロトさんは帰宅後、母親のユミコさん(仮名)に相談。ユミコさんは翌日、学校を訪れ副校長に「犯罪ではないか」「息子の精神的ショックが大きいので先生と離してほしい」などと訴えました。
ところが、副校長からは「校長がすでに帰宅してしまったので対応できない」と言われたといいます。
その後もユミコさんは電話で同様の相談を副校長にしましたが、「校長がいないので話ができていない」「もう少し待ってほしい」という対応が続いたといいます。
その間、教員は教壇に立ち続け、給食の時間などヒロトさんと顔を合わせる機会がありました。
校長が教員への聞き取りを行ったのは、被害が起きてから4日後。教員は服の上からヒロトさんの股間を触ったことは認めましたが、性的な目的はないという認識だったといいます。
その日のうちに校長室に呼ばれたヒロトさん。そこには校長と副校長のほかに股間を触った教員もいました。
ヒロトさん
「突然、校長室に呼ばれて何が起きるかわからなくて怖かったし、部屋には大人が3人いて人数の差で嫌だなって思いました。事実確認をされたあと、校長からは『いままで先生と仲良くやって来たんだから、これからも仲良くできるよねぇ?』などと言われました。『ねぇ?』のところがすごく大きかったり、2、3回言われたりして迫ってくる感じで、穏便に済ませたいような雰囲気でした。
痴漢は許せないので僕が『警察に行きます』と言うと、校長がちょっとびっくりした様子で『それはちょっと…』という感じで下を向いて黙ってしまって。
担任の先生は僕に頭を下げて『本当に申し訳ないと思ってる』と謝罪していましたが、最後の方は逆切れのような態度になって『友達みたいな関係だったよね』『君は何を望んでいるの』って怖い感じで迫ってきました。被害を隠そうとする態度に不信感しかありませんでした」
同じ日にヒロトさんの母親・ユミコさんも学校に呼ばれましたが、学校の対応はユミコさんにとって納得できるものではなかったといいます。
ヒロトさんの母親・ユミコさん
「被害がわかってからずっと『加害した先生と一緒にいる息子の気持ちを考えてほしい』『担任を変えてほしい』と要望していたのですが、学校側は『申し訳ありません』を繰り返すだけでした。
担任を変えることがきょう、あすでなかなかできないことなのはわかっているのですが『何とかします』という姿勢が全く見えませんでした。『本人を反省させます』『もう二度とそういうことをしないようにしますから』と言っていて、担任を変えるということにシフトしようとはしないんですね」
「これ以上、学校に訴えても何も進展しない」と感じたヒロトさんと母親は、その日のうちに警察に通報、教員は強制わいせつの疑いで逮捕されました。教員は警察に対し「触ったことは間違いないが、スキンシップのつもりだった」などと話していたといいます。教員は数日後に釈放されましたが、亡くなりました。警察は自ら命を絶ったとみています。
ヒロトさんの中学校を管轄する教育委員会を取材すると、男性教員からヒロトさんへの性暴力があったことを認めました。さらに、学校側の対応が不適切だったという認識も持っていました。
去年4月に施行された法律には、教員による子どもへの性犯罪や性暴力の防止や早期発見、子どもの保護や支援のあり方などが定められています。
被害の相談に応じた教員などは「犯罪の疑いがあると思われるときは、速やかに、所轄警察署に通報」し、犯罪があると思われるときは「告発」しなければなりません。しかしヒロトさんのケースの場合、学校側が速やかな通報をしなかったため、警察にはヒロトさんが自ら通報しました。
また、学校は「直ちに当該学校の設置者(教育委員会等)にその旨を通報」しなければなりませんが、教育委員会に連絡をしたのは、ヒロトさんが被害を相談した4日後でした。
さらに、報告するまでの間、被害を受けたと思われる子どもと教員との「接触を避ける等」の「保護に必要な措置を講ずるもの」とされていますが、教員は教壇に立ち続け、ヒロトさんとの話し合いの場にも同席していました。
法律に基づいた対応ができなかった理由について、教育委員会は次のように回答しました。
ヒロトさんの中学校を管轄する教育委員会
「当時学校は、法律が施行されたことは文部科学省から通知されていたので知ってはいましたが、教員が行った行為が性暴力だという認識をもって初動対応をしていませんでした。学校の対応は問題だったと認識しています。
男子生徒にとって、いまもつらい思いが続いていることは重く受け止めています。今後もフォローは続けていきたいと思っています」
法律が施行されて1年がたちますが、なぜその内容が浸透していないのか。教育行政学が専門の日本大学文理学部の末冨芳教授は「教育現場では性暴力への認識が低い」と指摘します。
日本大学文理学部 末冨芳教授
「教育の現場で性暴力への対応が重視されていない現状があります。大学の教職課程や教員になってからの研修などでは、学校教育法に明記されている『体罰』に関しては学びますが、性暴力や暴言暴力などは含まれていません。性暴力について学ぶ環境がないのです。そのため性暴力への意識が低いのだと思います。
土台がしっかりしていなければ、いくら法律や制度を確立したとしても、軟弱な基盤に何をたてても倒壊するだけです。授業の必修科目や教員の研修などで性暴力を学ぶこと、また性暴力の事案を隠ぺいするなどした場合は教員評価や校長評価にダイレクトに直結していくことも大切だと思います。
そもそも、子どもの権利は守られる、尊重される、それは当たり前だ、という認識が学校現場に抜けているのではないでしょうか。まずこの基盤をつくるべきです。それは社会全体にも言えることだと思います。子どもの権利を尊重していない、大人より下の存在として見る、子どもはどう扱ってもよいなど、大人側の子どもへの意識を変えていくことこそ重要だと思います」
もしも自分の子どもから教員の性暴力を打ち明けられたなどしたら、どうすればいいのでしょうか。
日本大学文理学部 末冨芳教授
「保護者は警察や学校にためらわずに通報、連絡してほしいです。また、子どもの権利に詳しい弁護士に頼るのも良いと思います。子どもと加害教員を離すよう弁護士と一緒に教育委員会に申し入れするなど、子どもの権利を守りながら、学校や教育委員会に対応していくことができます。警察や弁護士とつながった場合、それが記録としても残るので、事案が隠ぺいされることも防げると思います」
学校などの対応を具体的にまとめたのが東京都です。今年4月に、子どもが教員から性暴力を受けた場合を想定して、学校の初動対応をまとめたマニュアルを作成しました。
基本的な考え方として、子どもの「人権を尊重し、安全の確保が最優先」とし、「先入観を持たず、迅速かつ慎重に報告」などを徹底して「組織的に対応」すること、必要があれば性暴力などを行った疑いのある「教職員との接触を遮断」すること、「同性間であっても性暴力となることを認識」などを明記しています。
さらに、学校側の対応によって、被害後も影響が深刻化するケースがあることから、学校が子どもから相談を受けた場合にどう対応したら良いのか、手順や適切な声かけなど、具体的な例を示しながらまとめています。
例えば、聞き取りは「『いつ』『誰が』『誰に』『どうした』等、最小限の内容に留める」こと、「どうして逃げなかったの」「あなたが誘ったのでは」など、子どもを責めたり非難したりしていると受け取られかねない言葉や、「本当なの?」「どうして?」など驚がくを示す言葉などは使わないように心がける、などとまとめられています。
東京都人事部 教職員服務担当課長 加野哲朗さん
「子どもの被害の深刻化や負担を最小限に抑えるために、初期の段階で適切に対応するのが大切なので、初動対応を詳細に記載しました。また、被害に遭った子どもから聞き取りをする中で、私たち大人が『よかれ』と思ってやったことが、逆に子どもを傷つけてしまう事例があると専門家に指摘され、適切な聞き取りの方法を具体的に記載しました。
『性暴力が学校で起きるはずがない』といった思い込みを持っている現場もあると思います。マニュアルを通して『学校で性暴力が起きうる』ということを周知することで、自分も生徒から打ち明けられる可能性があるかもしれない、他人事ではないという意識付けにもつながるのではないかと考えています」
ヒロトさんの件を受け、中学校を管轄する教育委員会は去年12月、性犯罪や性暴力が発覚した場合、学校や教育委員会はどう対応するのかなど初動対応をまとめたフォロー図を独自に作成しました。
学校は即日、教育委員会に報告すること、疑わしい場合でもためらわずに警察に通報すること、事実認定については組織的に行うことなどの対応をまとめ、各学校の管理職に配布、会議などでも周知しているといいます。
男性教員から股間を触られる被害にあったヒロトさん。被害だけでなく、その後の学校の対応などでも深く傷つきました。子どもたちが性暴力のみならず、その後の対応で二重に苦しむことがないよう、「性暴力に関する意識をもっと高めてほしい」と訴えます。
ヒロトさん
「被害から数日間は人と何を話しているのか記憶にないし、気付いたら時間がたっていたし、寝られない時もありました。結構つらかったです。学校にいると胃が痛くなったり、1、2時間しか学校にいられなかったりする時もありました」
ヒロトさんの母・ユミコさん
「せっかく子どもを守るための法律ができたにも関わらず、機能していないのではと思わざるを得ませんでした。全員の先生が適切な対応を知っていてほしかったです。今回の対応で子どもにはすごくつらい思いをさせてしまっているということを、学校も教育委員会もわかってほしいです」