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東京組曲2020 三島有紀子監督 コロナ禍の日々を見つめた “人とつながる自由を”

  • 2023年6月12日

新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが「5類」に移行してから1か月。
街の様子を見ると、コロナ禍の前の日常が少しずつ戻ってきているように感じます。
こうしたタイミングで、3年前に初めて緊急事態宣言が出されたあとの生活を切り取った映画が上映されています。
多くの制限があったコロナ禍の日々をいま振り返ることで、見えてくるものがあるかもしれない。そう思い、この映画の取材を始めました。
(首都圏局/記者 桑原阿希)

映画「東京組曲2020」

上映されているのは「東京組曲2020」。
新型コロナの感染拡大が始まった3年前、緊急事態宣言が出された中での20人の俳優の生活を描いています。映画の多くの部分は、出演する俳優やその家族が実際の生活をみずから撮影したものです。

人と実際に会うのが難しくなるなか、友人とのオンラインでの会話を楽しみつつも、実際に会えないもどかしさと寂しさを感じる女性。

帰省できないなか、実家の親から送られてきた手作りのマスクを手にしながら、電話で感染に気をつけるよう伝える男性。

映画では、コロナ禍で生活が制限され、人と会ったり、逆に1人でいたりする「人とつながる自由」が失われた20人の等身大の日常を伝えています。

映画製作のきっかけは

この映画を手がけたのは、三島有紀子監督です。
映画を製作しようと思ったきっかけは、3年前に初めて出された緊急事態宣言のなか、自分が経験したある出来事だったといいます。

三島有紀子監督
「緊急事態宣言が出されて、仕事もストップし、家の中にずっといて、誰とも会えないなかでものすごい不安がやってきました。ある日、眠れずにベランダで過ごしていたら、どこからか泣き声が聞こえてきたんです。みんな、つらかったり、悲しかったりするなかで過ごしているんだなと感じました。日本中、世界中のひとが感じているその感情を記録しておかないといけないと思いました」

監督は知り合いの俳優たちに映画への参加を呼びかけ、コロナ禍での暮らしや気持ちなどを聞きとり、対話を重ねました。そのなかで、みえてきたもののひとつが「人とのつながり」だったといいます。

三島有紀子監督
「人は、つながりたいときにつながりたいということだと思います。自由に会いたい時に会いたい人に会えて、触れたい時に触れて、集まりたいときに集まって、1人になりたい時はなれてという環境が奪われたってことが大きいと思います」

人とのつながり見つめ直す

コロナ禍で、人とのつながりを見つめ直した出演者もいます。
俳優の田川恵美子さんです。田川さんは、夫と当時4歳と2歳の子どもの4人家族です。

田川さんの出演シーンでは、幼稚園が休園し2人の子どもと過ごす時間が増え、育児や家事に追われる姿が映し出されています。
コロナ禍での先の見えない生活に加え、子どもを新型コロナに感染させてしまったらどうしようという不安ものしかかっていました。

出演シーンのラストには、そうした思いが積もり、夫が子どもたちを連れて外出した時間に、大音量で音楽をかけて激しく踊り、ストレスを発散する姿が記録されています。

子どもや家族を大切に思う一方で、つながり続けることを重く感じてしまう時もあったという田川さん。
コロナ禍で閉塞感が募る生活で、田川さんが力をもらったのも人とのつながりでした。
同じような状況に悩む友人と語り合い、気持ちを共有することで、楽になったといいます。

田川恵美子さん
「自分たちがあす頑張るために、どちらからというわけでもなく会おうということになりました。『コロナはこれからどうなるんだろうね』とか『幼稚園どうなるかな』という、たわいのない話でしたが、会って1時間話すことが、こんなに『あした頑張ろう』につながる力になるんだと知りました」

田川さんは、コロナ禍の前までは、人に頼ることが苦手でしたが、こうした経験をへて、家族や友人とより向き合って生きていきたいと思うようになったといいます。

田川恵美子さん
「コロナ禍で、接したい、話したいと思った、とても濃い危機感があったことで、もっと人に対して興味を持つようになりました。これからは、大切だと思う人に後悔しない向き合い方をしていきたいです」

「5類」移行の今 見えてくるものが

初めての緊急事態宣言からおよそ3年がたち、新型コロナは「5類」に移行しました。
三島監督は日常が戻りつつあるなか、コロナ禍の日々に思いをはせることで、私たちそれぞれに見えてくるものがあるのではないかと考えています。

三島有紀子監督
「今わざわざ振り返るのは痛みを伴うかもしれませんが、あの時に失ったもの、それで今、手にしているもの、あの時失って、今もないものがあると思います。いま1度、きちんとあのときを見つめる時間を持つというのは何か結果的に未来につながっていくことなのかなと、そうであることを願っています」

取材後記

コロナ禍を経て、自身が変化したことはありますかと監督に尋ねると、「今、会いたい人に会わないと、会えないかもしれないのだと考えるようになりました。忙しくなるとその感覚を忘れてしまうので、何度も言い聞かせています」と教えてくれました。

この3年間、多くの制限のなかで生きてきましたが、日常が徐々に戻ってくると、その当時の記憶は薄れていくように感じます。ただ、さまざまな制限があった当時だからこそ見えた思いや、知ることができた価値観もありました。

この映画を取材して、私自身もいま一度、当時に思いをはせ、これからの生き方や大切な人との向き合い方を見つめ直してみたいと感じました。

  • 桑原阿希

    首都圏局 記者

    桑原阿希

    平成27年入局 富山局を経て首都圏局。 福祉・医療分野のほか、学校現場へのコロナ禍の影響などを取材。

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