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“月面農場”実現へ 千葉大学に“宇宙園芸研究センター”

  • 2023年05月23日
100人規模の居住人口を想定した「月面農場」のイメージ画像
画像提供:JAXA

「宇宙」と「園芸」。一見、関係がなさそうな2つの言葉がつながった研究センターが、このほど設立されました。設立したのは国立大学では唯一の「園芸学部」を持つ千葉大学。人類の居住範囲が月や宇宙空間、さらには火星へと広がる未来を見据え、月面や宇宙で野菜などを生産・供給する技術を開発しようというもので、いわば「宇宙での地産地消」を目指す研究です。

(千葉放送局記者・大岡靖幸) 

「宇宙園芸研究センター」が誕生

千葉県松戸市にある千葉大学松戸キャンパス。緑豊かなこのキャンパスには、国立大学として唯一の「園芸学部」があります。その松戸キャンパスにことし1月、「宇宙園芸研究センター」が設立され、5月17日に開所式が開かれました。式典には、中山俊憲学長やセンター関係者をはじめ、JAXA=宇宙航空研究開発機構など学外の関係者も集まり、設立を祝いました。

千葉大学
中山俊憲
学長

「今後、めざましい発展が期待される有人宇宙活動に対応すべく、宇宙での食料の生産と供給を目指してセンターを設置した。『宇宙園芸研究』の拠点として、世界をけん引する研究や社会貢献を推進していきたい」

JAXA
白川正輝
きぼう利用
センター長

「我が国も今後、月面活動を含めた有人探査に積極的に関与していくことになる。ロケットでの食料運搬は遠くになればなるほど高価になるため、なるべく現地で食料を生産し、宇宙飛行士を支えることが必要。このセンターの研究に期待している」

東京理科大学
木村真一
スペースシステム創造研究センター長
 

「月、さらにその先の火星へと人類が活動圏を拡げていく際、ロケットはもちろんだが、そこに人が生き、暮らしていくことが重要だ。私たちは宇宙での居住について研究しており、食と居住は切っても切れない。ぜひ一緒に研究をしていきたい」

「宇宙園芸研究センター」が設立された千葉大学松戸キャンパス(松戸市)

活発化する月探査計画

アメリカのアポロ11号が1969年7月に人類初の月面着陸を成功させてから間もなく54年。このところ、国内外で「月」をめぐる話題が続いています。ことし4月には日本のベンチャー企業のispace(アイ・スペース)社が無人着陸船による月面着陸に挑みました。残念ながらあと一歩のところで、世界初の民間による月面着陸は成功しませんでしたが、月面探査がより身近に感じられた瞬間でした。

いま、アメリカを中心に、日本も参加する国際的な月の探査計画「アルテミス計画」が進んでいます。計画では、人類を再び月に送ることにとどまらず、月面などに人類が長期間、滞在・居住することも想定されています。さらに計画の延長線上には、火星への有人探査も視野に入っています。またロシアや中国などもアルテミス計画とは別に月などの探査計画を進めていて、宇宙探査は今後、さらに活発になると見られます。

欠かせない“食料確保”

人が生きていくためには水と食料が必要です。地球を周回する国際宇宙ステーションは高度が400キロ程度と“低軌道”のため、食料はほぼ全てロケットで運んでいますが、月は地球からおよそ38万キロも離れています。地球から運ぶとなると重さ1キロあたり1億円にも上るとされる高額な費用がかかるのです。このため、地球から大量の食料を運ぶことなく、新鮮な食料を“現地”でどう確保するか、各国で研究が進んでいるのです。

一方、水については当面は地球から持ち込むことが想定されているということですが、月の北極や南極の地下などに存在するとみられることから、今後、資源量や利用の方法などの調査が行われることになっています。

6人程度の居住を想定した「月面農場」のイメージ
画像提供:JAXA

月面は過酷な環境

月面上は、よく知られるように地球上のおよそ6分の1の低重力の世界です。また、自転周期が27日あまりあるため、昼間が2週間ほど続いた後、夜が2週間ほど続きます。さらに、大気も磁場もほとんどないため、宇宙からの強力な放射線や隕石がそのまま降り注ぐうえ、月面の温度は太陽光が当たる昼は摂氏110度、逆に夜は摂氏マイナス170度まで下がり、温度差が300度近くに達するとされるなど、極めて過酷な環境なのです。

千葉大学園芸学部の後藤英司教授
扉の向こうには「月面農場」実現に向けた植物工場研究センターが

千葉大の「強み」を生かす

このため、月面に「農場」を作る場合は、地下や堅牢な施設内に人工的な植物工場を作ることが想定されています。実は、千葉大学園芸学部では従来から植物工場の研究を盛んに行ってきました。
特に、密閉された空間のなかで、LEDによる人工の光と土を使わない水耕栽培によって植物を育てる「閉鎖系」の植物工場については、世界的にも最先端の研究が行われています。

この閉鎖系の植物工場は、月の地下や宇宙ステーションなどで想定されている食料生産に最適とされています。JAXAでは、植物工場研究の第一人者である千葉大学園芸学部の後藤英司教授を座長としたワーキンググループを設置して、「月面農場」の実現に向けた検討を行い、2019年に報告書にまとめています。今回の「宇宙園芸研究センター」は、今後の宇宙開発の広がりや「月面農場」の機運が高まるなか、千葉大学の強みを生かそうと設立されたのです。

植物工場研究センターに入っていく後藤教授

センターでは何を研究?

「宇宙園芸研究センター」では、以下の大きく3つの部門で研究が進められます。 

①宇宙園芸育種研究部門
②高効率生産技術研究部門
③ゼロエミッション技術研究部門

植物工場内で生育するイネ
コムギより少ない加工で食べられるため主食として期待される

このうち1つめの「宇宙園芸育種研究部門」では、月面や宇宙といった特殊な環境下でも安定して生育する、いわば宇宙専用の品種開発を目指します。月などの植物工場でつくる野菜類は、人間に必要な栄養素がとれ、栽培や利用もしやすいという観点から、現時点ではイネ、サツマイモ、ジャガイモ、ダイズ、それにトマト、キュウリ、イチゴ、レタスのあわせて8種類が候補として検討されています。研究ではこれらの野菜について、重力や気圧の低さ、強い放射線といった特殊な環境に対して発芽や生育がどうなるか、どう改良できるかなどを調べます。
また、高さや広さに限りがある植物工場で育てられるよう、背丈が低くなる「矮性(わいせい)」で、密集栽培できる品種や、成長が早く、味や収穫量、栄養面でも優れた品種を、ゲノム編集の技術なども活用して開発することにしています。少ない水でも栽培できる節水型品種の開発も求められています。

イネが育つ植物工場の天井部分
LED照明と温度・湿度のセンサーで遠隔制御

2つめの「高効率生産技術研究部門」では、月面などでの植物工場で効率よく野菜を生産するための技術開発を目指します。人が手をかけなくても種まきから生育、収穫まで一貫して栽培できるよう、無人化や遠隔化の技術が必須とされ、松戸キャンパス内にある実験用のイネの植物工場では、室内の温度や湿度などを自動で調整する「遠隔監視制御技術」の実証実験が行われています。

また、植物の花は咲いた後に受粉が必要ですが、一般的なハチなどの昆虫や人の手による受粉は月面や宇宙では難しいと想定されています。解決策として機械やロボットを使う方法などが検討されていますが、松戸キャンパスでは、ミニトマトの植物工場内に制御された風を送って花を揺らし、受粉させる方法の研究を進めています。

「閉鎖系」の植物工場内で花を咲かせたミニトマト
風を利用した受粉方法を研究中

3つめの「ゼロエミッション技術研究部門」では、月面や宇宙という限られた空間の中でできる限りエネルギーや物資を無駄にせず、再利用して循環させるシステムの構築を目指します。植物を食べた後の残りかすや人の排泄物などを、微生物などを使って高い効率で分解し、植物の肥料として再利用する資源再生システムを開発するということです。

千葉大学の「閉鎖系」植物工場研究センター
2段ユニットの高さは実際に月に設置可能なサイズで設計されている

“地球上の課題”にも

宇宙園芸研究センターの研究で得られる知見や技術は、宇宙だけでなく、地球上の食料生産の課題解決にも役立つと考えられています。今、地球上では温暖化などによる気候変動で気温の上昇や雨量の変化などが起き、従来通りの農業ができなくなる事例が増えています。こうした中で、宇宙の環境に適応する品種の開発は、乾燥や高温、低温地域など地球上のさまざまな環境にも対応する新たな作物の開発や育成につながると考えられています。また、宇宙に対応した植物工場の技術開発も、地球上のあらゆる場所での食料生産や増産につながり、ゼロエミッション技術は地球上でのリサイクル技術や肥料資源の活用につながると期待されています。

千葉大学宇宙園芸研究センター
高橋秀幸※
センター長

「これから人類の月面活動が活発化し、2030年代には月面で暮らす人が100人以上になると想定されている。センターではこれらの研究を統合的に進めて、完全な宇宙での植物工場を完成させたい。また、この月面や宇宙での食料生産は究極的なシステムであり、地球上の食料や環境の課題にも大きく貢献できると考えている。『宇宙園芸学』という新たな学問領域を開拓していきたい」

※高橋センター長の「高」の字は「はしごだか」

取材後記

火星の有人探査を舞台にしたアメリカのSF映画「オデッセイ」を見た方も多いのではないでしょうか。この映画では、火星にただ1人取り残されてしまったマット・デイモン演じる主人公が、火星の基地内でジャガイモを育てて食料を確保するシーンがあり、強い印象を受けました。今回の「宇宙園芸研究センター」が目指すのも、まさにこの映画が描いたのと同じ、現場での食料確保です。宇宙探査という最先端の活動でも、人が生きていく以上、まずは食べ物の確保が最優先事項なんだなと、今回の取材を通して改めて実感しました。

  • 大岡靖幸

    千葉放送局記者

    大岡靖幸

    遊軍を中心に、千葉市などの自治体や経済も担当。10年以上昔ですが、つくば報道室(当時)勤務時代にはJAXAも取材していました。子どもの頃から宇宙が好きで、小学生時代の夢は「天文学者」でした。 

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