ページの本文へ

  1. 首都圏ナビ
  2. ちばWEB特集
  3. “希少”コククジラ骨格 生徒たちの手で3Dデータ化

“希少”コククジラ骨格 生徒たちの手で3Dデータ化

  • 2023年01月30日

先日大きな話題となったマッコウクジラの「淀ちゃん」。大阪湾の淀川河口付近に現れたものの、残念ながら死んでしまい、死がいは和歌山県の沖合に沈められました。一方、千葉県では死がいで見つかってから7年近い歳月を経て、先日、再び“姿を現した”希少なクジラがいます。それは、房総半島の先端部にある南房総市の海岸に打ち上げられた「コククジラ」。今月になって、当時砂浜に埋められたコククジラの骨を掘り出し、3Dデータ化する取り組みが行われたのです。作業には3D技術や海洋生物を学んでいる中学生らも参加しました。取り組みの模様と背景を取材しました。

(千葉放送局記者 大岡靖幸)

漂着したコククジラ

南房総市でコククジラの死がいが見つかったのは、7年前の2016年3月。市内の漁港の防波堤に打ち上げられた、体長8.9メートルのまだ子どものメスでした。
このコククジラの死がいは大きく注目され、すぐに近くの海岸に運ばれて調査が行われたのち、解体して砂の中に埋められました。砂の中で肉を分解させて骨だけにし、骨格標本を作るためで、このニュースは当時NHKでも放送されました。

画像提供:(一財)日本鯨類研究所

コククジラは成体(=大人)の体長が12メートルから14メートルのヒゲクジラの一種で、クジラの中では中程度の大きさです。北太平洋の東側と西側に分布していて、このうち西側、日本沿岸を含む中国からオホーツク海を回遊する「アジア系」と呼ばれるグループは120頭ほどしか生息していないとされ、絶滅が心配されています。

標本が足りない

クジラの専門家で東京海洋大学の中村玄・助教によりますと、コククジラは生息数が少ないこともあり、国内で展示されている骨格標本はわずか6体。展示されていないものを含めてもアジア系コククジラの標本は10体に満たないということで、この数では「全然足りない」のだそうです。標本は生物研究の基本です。特に生物の分類を研究するには骨格同士の比較が不可欠で、成体の標本がオス、メスそれぞれで最低10体は必要なのだとか。標本の少なさがコククジラの研究の大きな支障になっているのです。

とはいえ、骨格標本が少ない真の理由は別にあります。日本の海岸に打ち上げられるイルカやクジラの死がいは年間300頭近くに上り、多くは地中に埋められるといいます。しかし、その多くの死がいはそのまま地中に放置され、朽ちてしまいます。その最大の理由が資金不足。死がいを埋めて骨にするだけで300万円から500万円もかかり、博物館に展示されるような全身骨格標本にするには、合計で1000万円ほどもかかるからです。限られた予算で運営する博物館などが簡単に出せる額ではありません。さらにクジラのような大型の標本を展示するスペース不足の問題もあり、なかなか標本にすることができないのです。これは希少なコククジラも例外ではありません。

7年ぶりの掘り出し

このため、今回のコククジラの掘り出しでは実現に向けた特別な工夫がありました。
その1つが、若い世代への3D技術の教育と結びつけたことです。今回の取り組みは、3D技術の教育や普及活動をすすめる団体「日本3D教育協会」(吉本大輝代表)が、日本財団の支援を受けて2021年度から始めた「海洋研究3Dスーパーサイエンスプロジェクト」という活動の一環として実施されています。日本は海外と比べて3D技術に関する教育が大きく遅れているとの危機感から、3D技術を活用した海洋生物の研究を通して、さまざまな分野で活躍できる人材育成を行おうというねらいです。昨年度の1期生と今年度の2期生あわせて18人の中学生(当時)が受講していて、今回の骨の掘り出しにはこのうち16人が参加しました。
もう1つの工夫が、ネット上で寄付を募るクラウドファンディングの活用です。昨年11月から12月にかけて募集が行われ、骨の掘り出しと3D化、それにプロジェクト自体への支援として103人から147万円あまりが集まりました。

生徒たちが手作業で掘り出し

掘り出し作業は、プロジェクトの主任講師を務める東京海洋大学の中村助教の指導で行われました。クジラが埋められている場所の砂は重機などであらかじめ1~1.5メートルほどの深さまで掘り下げられていて、埋まっていた骨も少し見えています。生徒たちはこの穴に降りて、骨の周りの砂を慎重に手で取り除いていきました。そして1メートル以上もある肋骨や、直径15センチほどの脊椎の骨などを慎重に砂の中から取り出してシートの上に並べていきました。

しかし誤算も。通常、標本を作るために砂に埋める期間は3年程度だそうですが、今回は倍以上の7年近くが経っているため、通常より骨の劣化が進んでいました。クジラの頭部の骨は人の背丈と同じくらいの大きさがありますが、もろくなっていたため、すぐには掘り出せず、骨を特殊な樹脂で固めてからの作業となりました。

続いて今回の取り組みの最大の特徴である3Dデータ化です。生徒たちは光学式スキャナーと呼ばれる装置で、掘り出してきた骨の周りを丁寧にスキャンしていきます。スキャンしたデータはすぐ脇にあるノートパソコンに送られて立体映像化されていくため、生徒たちはモニターを確認しながら何度もスキャナーを動かしたり、逆に骨を動かしながら、計測漏れがないよう、丁寧にスキャンしていました。

ところで、3Dデータ化にはどんなメリットがあるのでしょうか。これについて中村助教は、研究面での大きな進展が期待できるとしています。クジラの標本は極めて大きいうえ、ワシントン条約で海外への持ち出しや持ち込みが厳しく制限されています。さらに、写真では位置関係などが分かりづらいことも多いため、これまで標本を研究する場合には標本がある場所まで行くしかありませんでした。しかし3Dデータであれば、詳細なデータを海外の研究者とインターネットで送受信し、立体画像で見たり、3Dプリンターでさまざまな大きさの立体模型にすることができるようになります。こうすることで、新たな発想も思いつきやすくなると期待しているのです。

生徒たちは

参加した生徒たちはどんな感想を持ったのか、聞いてみました。

中学1年生
神奈川県から参加

「貴重な経験で、ずっと待ちに待っていました。クジラの大きさが実感できて、クジラってすごい生き物なんだなと思いました。将来は海に関係する研究や仕事がしたい」。

高校1年生
神奈川県から参加

「クジラの肋骨は2人でやっと持てるくらいで、すごく重く感じました。このプログラムで去年まで1年間学んだ後、今は大学の先生の協力でサメの研究をしていて、3Dスキャンも使うので、今回の経験を自分の研究に生かせるようしっかり勉強したい」。

中学3年生
東京都から参加

「博物館に所蔵されている骨と違い、掘ってみた骨はガサガサして流木のような感じで、思ったよりもろそうで驚きました。深海魚が好きなので、将来は研究者や深海魚の特性を生かした商品開発などがしたいです」。

今回のプロジェクトを指導した中村助教は。

東京海洋大学
中村 玄 助教

「コククジラでは北太平洋の西側の『アジア系』と東側の『カリフォルニア系』で違いがどのくらいあるのかが課題ですが、骨格を3Dデータ化することでアメリカと日本の標本を簡単に比較できるようになります。
また、生徒たちにとってもこうした専門的な現場を経験することで、例えば研究者や大学院生がどんなことをしているかを実際に体験できるので、将来の選択肢の1つとして考えてもらえたらいいと思っています」

2日間に渡った取り組みは無事に終わり、今年2月中旬以降にもコククジラの3Dデータが完成するということです。

取材後記

博物館などでクジラの骨格標本は時折見かけますが、土の中に埋めたクジラの骨を掘り出すところを見たのは初めてでした。頭では分かっていても、間近で見るとその大きさに驚きました。見るだけでもすごいと感じるのだから、実際に手で掘り出す経験をした生徒たちは本当に素晴らしい体験をしたなと思います。今回の学びを将来にどう生かしていくのか、楽しみです。

  • 大岡靖幸

    千葉放送局

    大岡靖幸

    遊軍と千葉市政、経済などを担当。 NHK根室報道室(当時)で勤務していた2005年に、北海道羅臼町で起きたシャチ10頭あまりの集団座礁を取材したことがあります。今後も機会があればぜひクジラの取材をしてみたいと思っています。  

ページトップに戻る