「歴史上の人物を診る【第3弾】」⑤ ~葵の上と六条御息所~

24/05/17まで

健康ライフ

放送日:2024/01/26

#医療・健康#カラダのハナシ#歴史#大河ドラマ

放送を聴く
24/05/17まで

放送を聴く
24/05/17まで

【出演者】
早川:早川智(はやかわ さとし)さん(日本大学医学部 教授)
聞き手:田中孝宜 キャスター

葵の上の死は六条御息所の生き霊によるものではない?

――早川智さんは産婦人科の医師であり、微生物・感染症のご専門でもありますが、一方で歴史上の人物と病気との関連について研究されています。
今回のテーマは、源氏物語の主要な登場人物である女性たち「葵の上(あおいのうえ)」と「六条御息所(ろくじょうみやすどころ)」です。
早川さん、このお2人はどんな女性なんですか。

早川:
葵の上は光源氏の従姉妹(いとこ)にあたる女性で、彼の最初の正妻です。光源氏より4歳年上の姉さん女房でしたが、その関係は冷淡でした。それでも結婚9年目には懐妊します。
六条御息所は光源氏より7歳年上の義理の姉であり、愛人でした。光源氏にとっては憧れのお姉さんだったと思います。ただこの方、非常にプライドが高いと同時に嫉妬深く、葵の上には生き霊として、物の怪(もののけ)になって取りついたとされています。
葵の上の病床を見舞った光源氏には、妻に取りついた六条御息所の生き霊が見えたとされています。
葵の上は難産の末にお子さんをお産みになりまして、光源氏とも夫婦の情愛がやっと通い合うようになったんですけれども、起き上がることができず分べん後9日目に突然胸の痛みを訴え、苦しんで亡くなってしまいました。

――葵の上の突然死も六条御息所の生き霊が関係していたんでしょうか。

早川:
物語では、六条御息所の生き霊に取りつかれて急死したとなっています。難産も、六条御息所の生き霊の物の怪が原因とのストーリーになっています。
ただ、今でこそお産のときに亡くなる方は極めてまれなんですけれども、昔は命を落とす女性も多かったと考えられますので、実際のところ生き霊は関係ないと思います。現在も安産祈願でお参りすることは当たり前なんですけれども、平安時代は出産の現場にまで加持祈祷(きとう)が持ち込まれていたそうです。当時の妊娠・出産が今では想像できないほどの危険を伴うもので亡くなる人も多く、そうしたことが目に見えない物の怪の仕業として考えられたのではないかと思います。平安時代の“周産期統計”というのはないんですけれども、4人に1人は出産で命を落としたんじゃないかという説があります。

――生霊が原因ではなかったとすると、葵の上は何が原因でお亡くなりになったと考えられますか。

早川:
「エコノミークラス症候群」です。

――エコノミークラス症候群、ですか?

早川:
はい。これは産婦人科医としての私の見解なんですけれども、葵の上が胸が苦しくなって急に亡くなったということから、産じょく期にエコノミークラス症候群、つまり「深部静脈血栓症」。下腹部や太もも、ひざの後ろを走る深部静脈に血の塊、血栓と申しますけれどもこれができて、肺に飛んで塞栓(そくせん)症を起こしたのではないかと考えます。
分べん中や分べん直後の死亡であれば、羊水が血液中に入って肺に詰まる“羊水塞栓”が考えやすく、今日でも妊産婦死亡の原因の第1位ですが、産後9日目に羊水塞栓が起こるということはあり得ません。

――産後に、下腹部や太ももなどの静脈に血の塊ができることがあるんですか。

早川:
妊娠中から産じょく期には血液が固まりやすくなります。それが肺に飛ぶのが深部静脈血栓症で、欧米では妊産婦死亡の最大の原因です。肥満の人や免疫の病気、遺伝的に血液凝固異常がある人に起きやすいんですが、健常者でも長く横になっているとリスクが高まります。したがって、今では帝王切開も含めまして分べん後にはできるだけ早く起き上がって歩いていただくのが鉄則になっております。
葵の上の場合、産後の回復が悪く、ただでさえ運動不足の貴族女性ですからずっと横になって、召し使いが食事をお持ちになった。で、子どもの世話も乳母がしていたでしょうから深部静脈血栓ができても不思議はありません。それによるエコノミークラス症候群ではないかと考えております。

――なるほどねえ。

早川:
それから「産後うつ」の状態でもあったかもしれないと考えます。六条御息所が生き霊として葵の上に飛んできたんではなく、幻覚として光源氏を苦しめ、それによって葵の上にも精神的なストレスがかかり、うつ状態になったと思います。そのストレスから結果的に長く横になっていることになり、深部静脈血栓ができたとすれば六条御息所の生き霊の仕業といっても間違いではないかもしれません。

葵の上のモデルは中宮彰子?

――葵の上は、実在のモデルなどはいるんでしょうか。

早川:
紫式部が仕えた一条天皇の中宮彰子(しょうし・あきこ)、藤原道長(ふじわらのみちなが)の長女ですが、彰子の出産場面が「紫式部日記」に詳しく述べられていて、その場面が取り入れられたんではないかと思います。
彰子の場合も陣痛が弱かったせいか、分べん経過が長引き、僧侶、修験者、陰陽師(おんみょうじ)など多くの人たちが呼ばれて物の怪退散の加持祈祷が行われた様子が描かれています。この場面は、源氏物語の葵の上の出産シーンにそっくりです。
「源氏物語絵巻」を見ると、やや小太りのふっくらした女性が当時の理想とされているんですけれども、彰子もきっと小太りだったのではないか。特に、藤原道長の一族は遺伝的に糖尿病の素因があった。したがってぜいたくな食事をし、運動不足だったことを考えると、彰子も妊娠性糖尿病による難産だったんではないかと考えます。

――光源氏にしても葵の上にしても、実在の人物をモデルに描かれていると考えると、なんとなく感慨深いですね。

早川:
そうですね。源氏物語の特徴は千年も昔に、具体的な当時の貴族社会の描写とともに、19世紀以降の近現代小説のような心理描写があるところだと思います。当時の人々の価値観や仏教思想も伺われますけれども、一方では健康と病気、そして恋の悩みなど、さまざまな人間模様は現在もあまり変わっていないんではないかと思います。

光る君へ

日曜日 [総合] 午後8時00分/[BS・BSP4K] 午後6時00分

詳しくはこちら


【放送】
2024/01/26 「マイあさ!」

放送を聴く
24/05/17まで

放送を聴く
24/05/17まで

この記事をシェアする

※別ウィンドウで開きます