西日本豪雨被害の真備町
新築住宅で平屋が3割も

おととしの西日本豪雨で、自宅の2階以上まで浸水して多くの人が犠牲になった岡山県倉敷市真備町で、新たに建てられた住宅の3割が平屋であることがNHKの取材で分かりました。専門家は早めの避難が大切だとしたうえで「万が一、逃げ遅れたとしても、避難できる2階以上の建物を地域の中に数多く用意する必要がある」と指摘しています。

西日本豪雨で倉敷市真備町では、堤防が決壊するなどして広範囲で浸水して、災害関連死を除く51人が犠牲となり、このうち8割(41人)は平屋の自宅や2階建て住宅の1階で見つかりました。

多くの建物で浸水は2階の高さにまで達し、建物の2階以上に避難する「垂直避難」さえ困難だった実態が浮き彫りになっています。

こうした中、NHKが豪雨のあとに建てられた住宅について、市に提出された「建築計画概要書」をもとに調べたところ、ことし3月末までに建設された953棟のうち、32%にあたる307棟が平屋だったことが分かりました。

去年、全国で建てられた新築住宅に占める平屋の割合の3倍にのぼります。

平屋を建てた理由について住民は「資金不足で2階建て以上の住宅を建てられなかった」とか、「高齢で足が悪いため、2階に上がるのが難しい」としています。

倉敷市真備町では堤防の機能を強化するなどの対策工事が進められていますが、2023年度末までかかるうえ、国土交通省によりますと工事が終わっても、浸水のリスクはゼロにはならないということです。

災害に強いまちづくりに詳しい東京大学生産技術研究所の加藤孝明教授は、大雨が予想される際には早めに安全な場所へ移動することが大切だとしたうえで「平屋で暮らす高齢者が多いことを前提に、万が一、逃げ遅れたとしても避難できる2階以上の建物を地域の中に数多く用意しておく必要がある」と指摘しています。

平屋で住宅再建 高齢者の事情

倉敷市真備町の中でも新築の住宅に占める平屋の割合が特に高かった地域の1つが、箭田地区の「田中団地」です。

西日本豪雨でほとんどの住宅が2階まで水につかり、34世帯すべてが全半壊しました。

「建築計画概要書」をもとに調べたところ、この地域でことし3月末までに建てられた新築の住宅は15戸。

このうち9戸、6割が平屋でした。

この団地の自治会長によりますと豪雨当時、この地域には平屋の住宅は1つもなく、新たに平屋を建てた人のほとんどは、高齢者だけの世帯だということです。

この団地に住む古澤廸夫さん(73)と節子さん(72)の夫婦も、平屋の住宅を新築しました。

40年ほど前に建てた2階建ての自宅は西日本豪雨で全壊。

直後に、7キロほど離れた倉敷市内のみなし仮設住宅に入居しましたが近くに知り合いはおらず、慣れない場所での生活にストレスを感じるようになったといいます。

真備町に戻るとまた水害にあうのではないかという不安が消えず、真備町以外の浸水リスクがない場所に自宅を再建することも考えましたが、「みなし仮設」での経験から、知り合いが多くいるところでないと安心して住めないと考え、元の場所に戻ることにしました。

また、水害のおそれがある時には「垂直避難」できる2階建ての家を建てることも考えましたが、手持ちのお金だけで再建資金を賄うのは難しく、銀行に勤める親戚に相談したところ「夫婦とも年金生活の場合は住宅ローンを組むのは難しい」と言われたということです。

また、妻の節子さんは、豪雨の前に暮らしていた自宅で階段で転んでけがをしたことがあり、夫婦ともに年を重ねて足が徐々に悪くなる中、2階との上り下りは体力的に難しくなることも考慮して、平屋を建てる決断をしました。

節子さんは「あと30歳ぐらい若ければ2階建ての家を建てたと思いますが、お金の面でも、体力的にもその道を選ぶことはできませんでした。『垂直避難』はできないので、水害に対する恐怖は消えませんが、災害の危険が迫っている時にはできるだけ早く安全な場所に避難するなど備えるしかありません」と話していました。

専門家「数多くの避難先の確保を」

災害に強いまちづくりに詳しく、倉敷市が設けた真備町の復興計画推進委員会の委員を務める、東京大学生産技術研究所の加藤孝明教授は「きちんとリスクを理解して、いざという時に逃げるという意識があれば問題ないが、浸水のリスクがゼロにならない中で新築される住宅の3割が平屋というのはやや多いという印象だ」と述べたうえで、「平屋で暮らす高齢者が多いことを前提に、大雨が予想される時に逃げ込める2階以上の建物を、地域の中に数多く用意しておく必要がある」と指摘しています。

その具体例として加藤教授は、西日本豪雨のあと倉敷市真備町で福祉事業所が中心となって整備された避難所の機能をもった共同住宅を挙げます。

2階建てのアパートをリフォームしたもので、2階の1室は、ふだんは地域の人たちの交流スペースとして活用しますが、災害時には、このアパートで暮らす人だけでなく、周辺の平屋で暮らす高齢者などが「垂直避難」できる場所として使われます。

建物の外とつながるスロープも設けられていて、車いすの人などもスムーズに2階に上がることができます。

加藤教授は「東京の海抜ゼロメートル地帯なども同様だが、平屋を選ぶ人が多いのであれば浸水することを前提に、それに対応できるまちづくりを進める必要がある。そのうえで、豪雨を経験した人が持っている高い防災意識を次の世代に確実に受け継ぐなどリスクと共生していくことが求められている」と話しています。

国や県の河川改修工事

西日本豪雨で堤防が決壊した倉敷市真備町を流れる小田川やその支流について、国や県は堤防の幅を広げて機能を強化するなどの工事を進めています。

また、小田川については水の流れをスムーズにして水位を下げるため、本流の高梁川との合流地点を下流に移動させる工事も行われています。

こうした工事について国や県は2023年度末、つまり4年後の春までに完了させることを目標にしていて、国土交通省によりますと、これが終われば西日本豪雨と同じ程度の雨が降っても、浸水は防ぐことができるということです。

その後も国は20年から30年ほどをかけて、小田川の川底を掘削するなどの治水工事を進める予定です。

しかし、それが完了したとしてもハザードマップで想定することが義務づけられている、「1000年に1度」の大雨には耐えられないほか、去年の台風19号など、最近、相次いで観測されている「100年に1度」クラスの雨でさえ、浸水リスクはゼロにならないということです。

国土交通省岡山河川事務所の井上剛介調査設計課長は「2つの1級河川に囲まれ、合流地点もある真備町は地形的に水害の危険性が高く、いかに河川整備を尽くしても浸水のリスクをゼロにするのは困難だ」としたうえで、「被災地で平屋を建てざるをえない人がいることは認識している。備えを促すためリスクをきちんと説明しなければならないと思っている」と話していました。