野党候補乱立 “うどん県”で何が?

夏に迫る参議院選挙。
「うどん県」香川では、すでに5人が立候補を表明している。
とりわけ野党側は、統一候補で臨んだ前回・2019年の選挙から一転し、各党が候補者を擁立する乱立の様相を呈している。

何が背景にあるのか。香川選出の2人の野党幹部の動きから紐解いた。
(楠谷遼 富岡美帆 竹脇菜々子 石山寛規)

同じ日に立候補会見

3月28日の香川県庁。
午前中、立て続けに記者会見が行われた。

午前8時半から始まったのは、立憲民主党が夏の参院選に擁立する新人候補者の発表だ。
香川県連代表で、党の政務調査会長、小川淳也が同席した。

その1時間半後に行われたのは国民民主党の候補者の立候補表明。
傍らには県連代表も務める、党代表の玉木雄一郎の姿があった。

報道陣の関心は、「なぜ候補者調整ができなかったのか」という一点に集中した。

「国民民主党とはかなり話し合って今日に至っている。調整する可能性は低い」(小川)
「いろいろなことを調整した。国民民主党の政策を体現できる候補者で戦いたい」(玉木)

2人の間には、埋めがたい溝があることを印象づけた。

「統一候補」から「乱立」に

去年の衆院選では、小川と玉木がそれぞれ小選挙区で議席を得たものの、香川は古くから保守地盤として知られる。

過去の参院選では、4回連続で自民党候補が勝利。
前回・2019年の参院選では、野党側が無所属の統一候補を擁立して戦ったが、4万5000票あまりの差を付けられて、自民党の現職が危なげなく勝利した。

そして、この夏改選となるのは、岸田内閣で官房副長官を務める自民党の現職・磯崎仁彦(64)だ。
これに対する野党側。これまでに立憲民主党が元土庄町議会議員の茂木邦夫(35)、日本維新の会が元参議院議員秘書の町川順子(63)、国民民主党が弁理士の三谷祥子(54)、共産党が党県委員会常任委員の石田真優(40)を擁立することを決め、立候補を表明している。
「野党統一」の前回から一転、「野党乱立」の様相を呈している。

“暗黙の了解”あった

候補者擁立に向けて、口火を切ったのは玉木だった。

去年12月中旬、国民民主党として独自に候補者の擁立を目指す考えを表明。

これに対し、立憲民主党は具体的な擁立の動きを見せていなかった。
衆院選が終わったあとの去年11月、小川は立憲民主党の代表選挙に立候補した。
敗れたが、その後、党の政務調査会長に就任。初の党執行部入りを果たした。
その後、沖縄や神奈川など地方各地を巡っており、なかなか地元に帰れないでいた。
小川自身も、こう振り返る。
「12月に党の新執行部がスタートして、候補者を探すことができるような状況ではなかった」

こうした状況もあり、関係者の間では、玉木が候補者を擁立すれば協力するということが、暗黙の了解になりつつあった。

年明けの1月、参院選に向けた候補者の検討のため、立憲民主党、国民民主党、社民党、連合香川による「4者協議」が行われたが、具体的な方針は決まらなかったという。
連合香川の幹部は、この時の2人の様子を明かした。
「玉木さんは『自分の所で擁立したいと思っている』とは言っていたが、具体的な人がいるかどうかについては言及しなかった。一方で小川さんは、『候補者は無所属の統一候補を探すべきだ』と言っていたが、具体的な動きは無いようだった。このときから、(玉木と小川)双方が、反対の方向を見ていると感じた」

これ以降、調整に向けた動きはほとんど見えなくなる。

すれ違う2人

玉木は、支援者から候補者を紹介されたのは去年の年末から年始にかけてのことだったと、みずから明かしている。

そして1月下旬に行われた、国民民主党香川県連の会合で擁立方針は固まったものの、その取り扱いは、玉木に一任されることになった。

その後、なぜ調整が進められなかったのか。

両党の地方議員どうしでは、候補者に関する情報が共有されていたという。
しかし玉木から小川には伝えられることはなかった。この時、直接協議していれば、違った状況になっていたかもしれないと小川はこぼす。
「候補者を立てようとするほうが連絡するのが普通だ。1月の段階で、国民民主党は擁立する候補者に目星を付けていたという。その時点でひとこと話があったら、協力していた」

玉木は慎重に進めるためだったと説明する。
「いったんは決まりかけてはいたが、候補者本人と、より慎重に話し合いを進めた。そのため、正式決定にはある程度の時間が必要だ。はっきりと決められない段階では、(立憲民主党に)伝えることはできない」

小川淳也と玉木雄一郎

小川と玉木。
保守の強い香川にあって、野党勢力を芽吹かせる存在となってきた。

小川は、高松高校、東京大学と進み、旧自治省に入省した。2005年の衆院選で民主党から立候補し、比例代表で初当選した。当選6回で、去年、立憲民主党の政務調査会長として初めて執行部入りを果たした。

一方の玉木は、小川と同じく、高松高校を出て東京大学に進学した。
卒業後、旧大蔵省に入省し、民主党が政権交代を果たした2009年の選挙で初当選。これまでに5回の当選を重ね、国民民主党の代表を務めている。

似たような経歴の2人。高校・大学では玉木が先輩だが、議員歴としては小川の方が長い。

2人を周囲はどう見ているのか。

「(小川は)まっすぐなところはいいが、駆け引きには向いてない」
「(玉木は)政策決定は早いが、優柔不断なところもある」
「(二人は)仲が悪いというわけではないが、全体的にコミュニケーション不足」

2017年の衆院選では、ともに希望の党から立候補し苦労しながら議席を確保した。

政治家としての経験も積んで、永田町でも存在感を示すようになった2人を知る関係者は、次のように指摘する。

「玉木のほうが政治家として先に注目され、小川もずっと悔しさを感じていたはず。ようやく党執行部入りし、今まで以上にライバル視しているのではないか」

“決裂” 決定的に

ギクシャクする2人の関係に、決定打となる出来事が起きた。
国民民主党が、政府の予算案に賛成したのだ。野党としては異例の対応だ。

小川はSNSにこう綴っている。
「当初予算案は政権の今年1年のポリシーの全体像であり、これに賛成するということは、すなわち政権への信任を意味します。驚きました」

小川が、候補者の擁立に動いたのは、まさにこの頃からだった。
党本部からも、国民民主党が候補を擁立しないのであれば、立憲民主党で立てるよう強く求められていたという。

これに対し玉木も、ようやくこの段階になって、香川で候補者を擁立することを小川に伝えた。

関係者によると「後から候補者を立てたほうが悪者になる」という理由で、同じ日に記者会見を開くことを決めたという。お互いに対するせめてもの気遣いだったのだろうか。

香川出身の元総理大臣、大平正芳の「楕円の哲学」を引用しながら、小川は記者会見で、こう語った。
「国民民主党がかなり右よりになって、与党の補完勢力になっている。国政全体が大政翼賛会になることは極めて警戒すべきことだ。楕円の2つの軸のうち、片方の中心軸が必要だ。政治的な立ち位置で言えば、保守は分裂している。中道リベラルの旗を突きつけるのは私たちにしかできない」

玉木も翌日すぐさま反論。
「自民党に対する対抗馬として擁立しており、補完勢力ではあり得ない。何でもかんでも反対ではなく、政策実現のためには与野党を超えて実現のために連携協力を求めていくというあり方を問いたい。勝手にレッテルを貼ると、立憲民主党がやろうとしている候補者調整とか、野党の一本化ということにみずから水を差すことになる」

決裂は、もはや決定的と思われた。

しびれを切らし

前回、前々回と野党候補の一本化に加わった共産党は、立憲民主党、国民民主党より早い、3月上旬に候補者の擁立を発表した。

立憲民主党は、共産党との協力関係を白紙に戻すとしていたが、県レベルでは、衆院選を総括した上で、今後の連携のあり方を模索できないか考えていたという。しかし、期待した反応は得られなかったと関係者は証言する。
「1月くらいから、候補者の一本化を目指して立憲民主党には声をかけてきたが、返事がなかった。衆院選の総括も、その機会すら設けられなかった」

しびれを切らして擁立に踏み切った形だ。

独自路線貫く

一方、これまでも野党候補の一本化と一線を画してきた日本維新の会。
去年の衆院選で4倍近くにまで議席を増やし、野党第1党の座を、虎視たんたんと狙っている。

その衆院選に立候補した人物を擁立して、支持拡大を図る。
候補者の記者会見に同席した鈴木宗男は、あくまでも党独自の路線を貫くと強調した。
「民主主義の基本からいっても、政党政治なので、それぞれが候補者を擁立して選択肢を示し、訴えることは極めて意義のあること。それに、各党がそれぞれ候補者を出さないと、比例票は取れない」

迎え撃つ側は

迎え撃つ側の自民党からは、「これだけ候補者が出ることになれば選挙戦は非常にやりやすくなる」という声が漏れる。
与野党一騎打ちの構図が避けられることへの安堵感がこぼれる。

ただ、候補者は政府の要職に就いており、選挙区に戻れないことが予想されることから、いつも以上に、組織を挙げて支持拡大に努める必要があると引き締める声も出ている。

調整は進むのか

参院選では、全国に32ある定員がひとりの1人区が、勝敗のカギを握ると見られている。
3年前の前回、6年前の前々回のいずれ選挙でも、野党側は、すべての1人区で候補者を一本化し、与党と一騎打ちの構図を作った。
前回は10勝、前々回は11勝と一定の成果を収めた。

立憲民主党は、3月に入り、共産党、れいわ新選組、社民党と個別に党首会談を行って、候補者の一本化に向けた協力を申し入れ、調整に本格的に乗り出した。
ただ、国民民主党は、立憲民主党と距離をおく姿勢を強めており、選挙協力をめぐる党首会談の求めにも難色を示している。

予想される参院選の投票日まで、3か月を切った。
1人区で与党にどう臨むのか。そして各党が競合する「うどん県」香川の扱いはどうするのか。
野党各党に、もう多くの時間は残されていない。

(文中敬称略)

高松局記者
楠谷 遼 
2008年入局 鳥取局、経済部などを経て、去年から地元・香川にて勤務。母校訪問や懐かしの人との再会が取材の楽しみの1つ。
高松局記者
富岡 美帆
2019年入局。高松局で警察や司法を取材したのち、県政や選挙事務局を担当。幕末好き。
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2020年入局。鹿児島県出身で、現在は警察・司法担当。趣味は深酒と占い。
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石山 寛規
2019年入局。京都局を経て、去年秋から高松局。県政取材を担当。前職は証券会社。