風の吹かない選挙
組織戦と空中戦が分けた明暗

「逆風も追い風も感じない。熱気も感じない」
「気味の悪い選挙だ。こんな選挙は経験ない」
衆議院選挙の期間中、候補者や秘書から、このような話を何度も耳にした。

新型コロナ感染者数の拡大と急速な減少、自民党総裁の交代、超短期決戦…
異例づくめで、風の吹かない選挙戦。
自民党が絶対安定多数を確保する一方、立憲民主党が100議席を割り込んだ今回の選挙からは、組織の地力と、無党派層への空中戦の違いが見えてきた。
(衆院選取材班)

絶対安定多数の自民 大台割れの立民

岸田内閣が発足して27日後の投開票という異例の短期決戦となった、今回の衆議院選挙。

自民党は、選挙前の276議席から減らしたものの、事実上の勝敗ラインとみられていた過半数の233を上回り、国会を安定的に上回る絶対安定多数の261議席を単独で確保した。

一方、立憲民主党は選挙前の109議席から13減らして100議席を割り込む結果に。
立憲民主党と共産党など5つの野党は、小選挙区全体の7割を超える213の選挙区で候補者を一本化したが、この中で勝利したのは59選挙区、勝率は28%にとどまった。

事実上の与野党の一騎打ちの構図となった133の選挙区でも、連携した野党の勝利は38選挙区にとどまった。

接戦となった選挙区では、与野党候補とも手探りの選挙戦を展開していた。

自民が直面した想定外の“不満”

与野党の激戦区の1つとなった岡山4区。

自民党から立候補した橋本岳は、父の橋本龍太郎元総理大臣の地盤を継いで、これまでに4回連続当選している。
今回は野党候補が一本化され、強い危機感を持って臨んだ。

橋本は、コロナ禍で厚生労働副大臣を務めた実績をアピールし、新型コロナの感染状況が落ち着く中で、選挙情勢にも良い影響が出ることを期待していた。
自民党総裁選挙に注目が集まり、党の顔が替わったこともプラスに働くと考えていた。

ところが、コロナ禍が2年近くに及ぶ中、長年の支持者の間には、想像をこえて不満が鬱積していたのだ。
この夏、岡山県内でも医療体制がひっ迫し、コロナ対応にあたっている医師からは「橋本さんは厚生労働副大臣だったが、国民への説明が弱かったと思う」と厳しい指摘を受けていた。

総理大臣が岸田に代わり、内閣支持率は好転しても、地元の人たちから期待の声は多く聞かれなかった。
「看板は変わったけど、中身は変わってないと思う」
「見ていると変わらない感じ。誰がなっても変わらない」

確かな手応えがないままに選挙戦中盤を迎え、党本部から陣営に檄文が届く。

陣営幹部の間からも危機感が示された。
「党本部からも急告があり、報道も連日、横一線と出ている」
「全国各地で、多くのわが党の候補者が当落を争う極めて緊迫した状況にある」

公明や支持団体と“組織戦”を展開

野党の追い上げに危機感を強めた橋本が、まず協力を仰いだのは、連立を組む公明党だった。

自民党と公明党合同の総決起集会には、公明党の比例候補が参加して支持を呼びかけ、橋本も「小選挙区は橋本、比例は公明党。このことをひと言でも多く、1人でも多くの方に訴え抜いていきます」と協力を求めた。

さらに、選挙戦後半に入り、橋本が重点的に回ったのは企業や業界団体。
長年、自民党を支持してきた飲食や美容師の組合、そして、製薬企業などの“組織票固め”に奔走したのだ。

橋本は、自らの選挙カーのボディーに、支援を受ける組合や団体などから激励のメッセージを書き込んでもらい、選挙戦終盤には、激励文で埋め尽くされる程だった。

候補者一本化した野党の戦いは

一方、連携する野党が宮城1区に統一候補として擁立した、立憲民主党の岡本章子も厳しい選挙戦の渦中にいた。

前回は2万票余りの大差で自民党の候補に敗れ、比例代表で復活し、今回は雪辱を期す戦いだった。

連携した共産党の街頭演説にも参加し、委員長の志位和夫と並んで支持を訴えた。

志位は、今回の選挙戦にかける思いを強く訴えた。

「これまでの、どの選挙にも増して、燃えに燃えております」

岡本の陣営では、共産党支持者の票を上乗せすれば、自民党との差を詰められると考えていたが、共産党との連携を強めることへの批判の声も出ていた。

岡本はこう説明する。
「私は共産主義国家を目指している訳ではない。小異を捨て大同につく。とにかく今の自公政権に対峙する力をつける、その1点で結集している」

無党派層へ アプローチ模索

岡本は当初、政府のコロナ対策に対する批判票の受け皿として手応えを得ていた。
しかし、新型コロナの感染者が急速に減る中、とりわけ勝敗の鍵と考えていた無党派層の間で、選挙への関心が変化しているのではないかと感じるようになっていた。

「一定程度、感染者が収まってきているのは喜ばしいことなので、素直に喜びたい。ただ、一方で、今までコロナに対する不満や不安が選挙への関心を高める動機だった面も一定程度あったと思う。そこの部分が薄れてきているのではないか」

そう感じて、より暮らしに身近な経済政策を強調することにし、無党派層への働きかけを探り続けた岡本は、住宅街での演説を繰り返した。

「アプローチの仕方は正直、模索している。無党派といっても、今の時代、どういう方が無党派なのか。新たな時代の流れで年代もかなりバラバラだと思う。どれが正解なのかわからないので、やれることをやるしかない」

激戦の末 結果は

与野党が激しくしのぎを削ったコロナ禍の選挙戦。

 【岡山4区】

前回の選挙で2万票以上の差をつけて圧勝した橋本だったが、今回は5193票の差で議席を死守した。

苦戦を伝える情報が相次ぐ中、組織戦を展開した自民党は最終盤で引き締めを図り、全国の多くの選挙区で勝利を積み重ねたのだ。

 【宮城1区】

一方、岡本は、5315票差で及ばず、前回と同様、比例代表での復活当選となった。

「空中戦で一定の支持広げたが…」

立憲民主党代表の枝野幸男は、今回の選挙戦をこう振り返る。

「我々は空中戦で一定の支持を広げたと思うが、自民党は1票1票積み重ねる足腰が強い。ここを鍛えないと政権にたどり着くことはできないと改めて痛感している」

そして投票日の2日後、枝野は議席を減らした責任を取って代表を辞任する意向を表明した。

一方、与党に是々非々の立場をとり、ほかの野党とは一線を画す日本維新の会は、選挙前の4倍近くに議席を増やし、第3党に躍進した。

風の吹かない選挙

総理大臣の岸田文雄は、投票日から一夜開けた記者会見で「1票1票の重みを胸に、今後は政策実行の面でスピード感を発揮していく」と語った。

「風の吹かない」とも言われた今回の選挙で、国民の信任を得たとする岸田は、第101代の総理大臣に選出され、ただちに第2次岸田内閣を発足させる。

そして自らが掲げる「成長と分配の好循環」をいつ、どのように実現していくのかなど、実行力が問われることになる。
異例の短期決戦に踏み切った岸田の決断への評価は、これからだ。
(文中敬称略)