“名門”対決の行方は
衆議院 長野3区

長野県から出た唯一の総理大臣、羽田孜。
衆議院選挙で、その羽田の選挙区が、長野県東部、戦国武将・真田氏の城跡で知られる上田市などを含む長野3区だ。

ただ、この選挙区には「羽田家」とともに、もう1つ、歴史を歩んできた“名門”の一族がある。
元官房長官の井出一太郎らを輩出した「井出家」だ。

中選挙区時代は、「羽田」と「井出」で議席を分け合ってきた。


小選挙区制度にかわり、最近では「井出家」の井出庸生が「羽田家」やその後援会と連携して、野党議員として長野3区の議席を守ってきた。

ところが、おととし、井出は急遽、自民党に移籍。
今回の衆議院選挙は、自民党の公認候補として立候補している。

「羽田家」の後援会は、井出の移籍を「裏切りだ」と訴えて、羽田の縁戚にあたる立憲民主党の新人、神津健を擁立。
そこにNHK党の新人、池高生も加わった。

各地の注目区のルポ、3回目は義理人情が入り交じる長野3区。
寒風吹きすさび始めた信州が、いま、真夏のように熱を帯びている。

(西澤文香、高田実穂)

舞台は「羽田王国」

日本有数の山並みに囲まれ、美しい自然が豊富な長野県。

県東部に位置する長野3区は、有権者40万人あまり。戦国武将・真田氏の城跡で知られる上田市や佐久市、軽井沢町など17の市町村で構成される。
故・羽田孜が長年にわたって議席を維持し、その影響力から「羽田王国」とも呼ばれる。

立憲民主党の新人、神津健(44)は、JICAやアフリカ開発銀行に勤務し、途上国のインフラ整備などに取り組んできた。
曾祖父は、地元の電鉄会社を興し、志賀高原を開発した佐久市の実業家。
さらに、羽田孜は伯父にあたり、新型コロナで亡くなった羽田雄一郎・元国土交通大臣やその後継の羽田次郎参議院議員はいとこにあたる。


一方、自民党の前議員、井出庸生(43)は、この3区で4回目の当選を目指す。公明党が推薦する。

井出は、佐久地域を地盤とする政治家一家の生まれで、祖父の一太郎は内閣官房長官などを歴任。伯父の正一も厚生大臣を務め、中選挙区時代は、羽田と議席を分け合ってきた。
NHKで8年間記者として務めたあと、政治家に転身した。

年齢もほぼ同じ。ともに政治との関わりが強い家に生まれた2人。
相手のことは意識しているのだろうか。

神津
「彼のことはあまり意識していないし、自分との違いなども気にしたことはない。選ぶのは有権者。政治家としてどうあるべきか、有権者はよく見ているのではないか」

井出
「昔は相手候補が気になったが、今は、人は人、自分は自分だと思っている。だが、先代から受け継いだ看板を守り、自分の大きな決断を理解してもらうためにも負けられない戦いだ」

「個人戦」と「組織戦」

2人の選挙活動は対照的だ。

神津の選挙スタイルは「組織戦」。
後ろ盾となっているのは、総理大臣を務めた伯父・羽田孜を支え、いとこたちを国会に送り込んだ羽田家の後援会「千曲会」。
どこを回れば効果的か、誰に会えばいいのか。地域の事情を知り尽くした選挙のプロたちが、政治経験のない神津をサポート。

公示日には、参議院議員の羽田次郎も駆けつけ、「羽田家の選挙」であることを印象づけた。
神津は意気込む。
「伯父の羽田孜や、志半ばで亡くなったいとこの雄一郎の遺志を引き継ぎながら、羽田の関係者全員で戦っていきたい」

神津が訴えるのは、「子どもの未来のための政治」だ。
困難な状況に置かれる子どもを減らしたいと、まずは貧困家庭などをなくすため、所得や男女、都会と地方などの格差の是正を主張。さらに、地方に重点を置いた、持続可能な社会づくりに力を入れるとしている。

一方の井出は、「行動なくして実現なし」をモットーとする。

政治の世界に身を投じた頃から変わらぬ「個人」での活動が中心だ。「ここは」という場所を見つけては車を止めさせ、こまめに辻立ちをする。
地元の自民党県議なども支援はしているものの、自身が訴えることにこだわり、組織には頼らない。
ひとりひとりと向き合うことを意識した結果だという。SNSでもこまめに活動を発信し、夜遅くまで丁寧に返事をする。

井出は言う。
「老若男女、全ての有権者に信条を伝えることを大切にしている。
有権者は見ていないようで見ているし、聞いていないようで聞いているものだ」

今回の選挙戦では、男女間の雇用格差など、女性に関する課題の解消や、地方の雇用や教育の拡充などを主張。
災害に対する地域の強じん化や経済活性化のためにも、選挙区内を含む約34キロが未着工となっている中部横断自動車道の早期開通の実現を目指している。

積もるわだかまり

そもそも、政治に縁がなかった神津が、なぜ立候補することになったのか。

その理由を象徴するあるはり紙が、神津の事務所の奥まった所に掲げられている。
燃えさかる炎を背景に、神津と羽田孜の顔、それに「不義を討つ」の大きな文字。「千曲会」の幹部が作ったという。

井出は、おととし12月、自民党へ移籍した。元々、みんなの党、結いの党、維新の党、民進党、希望の党と野党で過ごしてきた。

「千曲会」は、前回2017年の衆院選で、当時希望の党で現職だった井出の支援に回った。
この支援は、「千曲会」からすると大きな痛みを伴うものだった。
長年、会と行動を共にしてきた、同じく希望の党所属で、羽田孜の秘書を務めていた寺島義幸が4区に「国替え」になったからだ。
選挙で寺島は落選。そうまでして支援した井出の突然の移籍は、裏切られたような思いだと「千曲会」は語る。

結果、野党は、小選挙区制度になってから一度も自民党に明け渡さなかった3区で議席を失った。

移籍から2年がたとうとする今も、「千曲会」関係者の恨みは晴れない。
ある幹部は、「自民党に行くなら行くでいいが、礼を尽くすべきだし、説明不足だ」と憤る。

「説明はした。後悔はない」

一方、井出本人は、自民党への移籍をどう説明するのか。
単刀直入に尋ねると、
「違う道に行くことは申し訳ないと関係者には説明した。礼を尽くしたかどうかは、相手があることなので、納得してもらえない人もいるし、何とも言えない」

自らの理想を実現できる場を追い求め、政党を渡り歩いてきた井出が行き着いたのは、与党・自民党だった。

かつて選挙対策本部長を務めた、選挙区内の市長は、
「地元では『与党に移って』という話は多くあったし、希望の党を離れて無所属になった時点で、いずれ自民党に行くのではと思っていた。まっすぐで誠実な男だ。譲れないものがあったのでは」と推測する。
「紆余曲折あったが、政党を変えてきたことへの後悔はない。自民への移籍は、自分が描く未来を現実のものとするための決断だった」

野党議員としての生活が長かった井出だからこそ、自分が描く未来を現実のものにするには、政策を実現できる政権与党にいることが必要だという思いを強くしているのかもしれない。

「弱い立場の人を守りたい」

長野3区ではもう1人、「NHKと裁判してる党弁護士法72条違反で」の池高生(53)が立候補している。


ゲーム開発会社社長を務める池は第一声で、「ゲームやアニメ、漫画への規制。行政や公共団体が、そういう規制を訴える団体に対して弱腰にならないでもらいたい」と訴えた。
選挙活動はツイッターやユーチューブを中心に行っていて、お金をかけないで選挙ができる体制の構築が必要だと主張している。

池は、「いじめを受けている弱い立場の人、ネット上でひぼう中傷を受けている弱い立場の人、こういう弱い立場の人を守りたい。
この国は長い間平和になってきたが、これからも平和であり続ける保障はないと思っている。このことを国民一人一人が強く感じ、何が自分一人一人ができるのか考えないと私の子や孫の世代が本当に大変な思いをすると思う」と話す。

さらに、「自民党の総裁選では、旧態依然とした自民党の悪いところが復活したと思う。かといって立憲民主党が共産党と手を組むであるとか、これは非常に国民の理解が得られるのかは疑問だ。はやく自民党の対抗となる政党、もしくは自民党にとってかわる政党ができないと、と思っている。遊説や演説はしないが、私の足で長野3区、もしくは長野県を歩いて、どんな素晴らしいものがあるのか、もう一度再発見し、それをユーチューブで紹介していければと思っている」と訴えている。

一歩も譲れぬ戦い

久々の名門対決となった長野3区。全国各地で事実上の与野党一騎打ちの構図が増え、激戦となる選挙区が増える中、この地の戦いは、真田の時代を彷彿とさせるような熱気に満ちている。

(文中敬称略)

長野局記者
西澤 文香
民放を経て2019年入局 神津氏を担当 趣味は舞台鑑賞とゴルフ
長野局記者
高田 実穂
2020年入局 長野局が初任地 井出氏を担当 趣味は温泉巡り