気になるのは隣の維新
兵庫県知事選挙

「維新を脅威と見るのか」 「維新の“色”は恐れず」

いずれも知事選挙をめぐる、自民党内の論争に登場した文言だ。
大阪の話ではない。舞台は隣の兵庫県。7月18日投票の知事選挙をめぐって自民党が真っ二つに割れている。

何が起きているのか。
(川島進之介、初田直樹)

自民党、分裂の夜

3月18日夜。自民党の兵庫県議11人が神戸市内の貸会議室に密かに集まった。

「禅譲ではなく、新時代のリーダーを」

7月の知事選挙に副知事を推すことを決めていた兵庫県議会の自民党議員団の方針に反して、総務省出身の若手官僚の擁立を決定。

兵庫県知事選挙が、自民党結党以来初めて保守分裂選挙となることが決まった瞬間だった。

副知事→知事の歴史

分裂の兆しは、去年秋から感じられた。

自民党議員団は去年9月、知事選挙の検討委員会で、候補者の選考を開始。

「本命」とされていたのが、副知事の金沢和夫(64)だ。


11年にわたって副知事を務め、井戸知事の後継者と目されてきた。

兵庫県では、現職の井戸敏三まで4代連続、59年間にわたって、内務省・自治省(現在の総務省)から来た副知事が知事に就任するケースが続いてきた。
太平洋側から日本海側に至り、「兵庫五国」とも言われる広い県土をまとめるには、国とのパイプや調整能力が重んじられてきたと言える。

金沢も、総務省の大臣官房審議官などを経て、2010年に副知事に就任。

阪神・淡路大震災からの借金が残り、厳しい財政が続く兵庫県の行財政改革を主導した。また、県全土を回り、沿岸部の高潮対策や、南海トラフ大地震への備えなど防災面でのインフラ整備にも力を入れるなど、井戸県政を中心となって支えてきた。

立候補に際しての記者会見で、こう強調した。

「政策に継続的に取り組むことが重要です。知事が替わるつど中身が変わるようでは県政の発展は望めません。県政を継続・発展させていくというのが私の基本姿勢です」

新型コロナ対策でも県対策本部の事務総長を務めるなどさらに経験を積み、“満を持して”知事選挙に臨む、はずだった。

気になる“大阪の影”

候補者の検討が始まったころ、自民党の一部の県議たちからは、金沢を擁立する方針に異論が出始めていた。
取材に対し、彼らが異口同音につぶやいていた言葉がある。

「維新と戦えるか」

自民党の検討委員会が、県議を対象に行った聞き取りに対しても維新を警戒する声が相次いだ。

ある県議は、こう胸の内を明かした。
「地元では、これまで自民を応援していた人からも、『新型コロナの対応で大阪府の吉村知事はよくやっている、がんばっているじゃないか』と言われる。やはり維新が怖い」

新型コロナウイルスの感染拡大以降、関西では、吉村が連日のようにテレビに出演し、露出度を高めていた。

一方、兵庫県知事の井戸はそこまで表に出ることはなく、時に「大阪はいつも大げさ」などといった独特の言い回しが批判を浴びることもあった。

2人の知事の政治スタイルの違いが比較して語られることもあり、「吉村への評価が兵庫での維新人気に結びつけば、知事選挙にも影響が出るのではないか」
県議の一部はそう危惧していた。

大阪の隣県である兵庫では、維新が着々と勢力を伸ばしてきた。

おととしの統一地方選挙では、県議会、神戸市議会、そして、大阪に近い西宮市議会や宝塚市議会でも議席を増やした。

同じ年の参議院選挙では、日本維新の会の候補が自民党と公明党の候補を押しのけて、初めてのトップ当選。
比例代表でも自民党の63万票余り(29.3%)に次ぐ47万票余り(21.7%)を獲得した。

日本維新の会の馬場幹事長は、記者会見で、「兵庫県知事選挙には独自候補を擁立する」と明言。

兵庫を大阪に次ぐ“第2の拠点”と位置づける構えを見せていた。

新たな候補 浮上

こうした中、自民党内である候補が浮上した。

大阪府の財政課長、斎藤元彦(43)だ。

神戸市出身で総務省から大阪府に出向し、関係者によると、早くから知事選への意欲をにじませていたという。


最初の接点はおととし11月、斎藤が姫路市内で「関西の経済成長」をテーマに講演。このとき接触を持った県議からの口づてで、その存在が広まっていった。

若手から始まった動きにベテランの県議も加わり、10数人の“斎藤派”が結成され、擁立を模索していく。

彼らの思惑は、「若さ」や「改革」をアピールできるという点だけではない。
大阪府の課長として、松井前知事(現大阪市長)、吉村知事のもとで仕事をした経験から、「維新も乗れる候補だ」との期待もあった。

維新との戦いを回避し、共闘路線を模索するという思惑が透けて見えた。

年の瀬が迫った去年12月、分裂に向けた動きは一気に加速する。

“電撃引退表明”

“先制攻撃”を仕掛けたのは井戸だった。

12月11日。
県議会最終日に今期限りでの知事引退を宣言したのだ。
「年内に進退を表明することはない」と言われてきた中での突然の表明となった。


後継に副知事の金沢を担ぐシナリオを描いてきた自民党県議たちの動きは素早かった。

議会閉会後、間髪を入れずに、議員団としての候補者検討委員会を開き、その日のうちに多数決で金沢擁立を決定する。
“斎藤派”の県議たちは「強引だ」「納得できない」と激しく反発。廊下まで怒号が聞こえるほど会議は紛糾した。

井戸は、記者会見で「私の去就がはっきりしないと候補者選びが進まない」と意図を説明。
その後、議員団は金沢に正式に立候補を要請した。

“斎藤派”の県議たちは、金沢の擁立を一気呵成に進めるための“奇襲作戦”だと受け止めた。

「やられた。あからさまな『斎藤潰し』だ」と、怒りをあらわにした。

“除名にはさせない”国会議員のささやき

それでもなお、“斎藤派”は、水面下で模索を続けた。
しかし、議員団として金沢擁立を決めた以上、「反党行為」とされれば、除名などの重い処分を受ける恐れもある。さらに、維新が乗ってくるのか、それ以外の独自候補を立ててくるのか、読めない状況が続いた。

県議たちは、維新とのパイプが乏しかった。
自民党を割って出ても、維新が第三の候補を立ててきて、仮に負けるようなことがあれば…。県議たちの心は揺れていた。

こうした中、動いたのは、県選出のあるベテラン国会議員だった。

“斎藤派”の1人は、この国会議員から、「たとえ分裂してもわれわれが除名にはさせない」と言われたと振り返る。国会議員は官邸にも近く、県議たちは、“お墨付き”が得られたと感じたという。

動いた維新

そして、冒頭の秘密会合を経て、3月24日、県議11人は自民党の会派を離脱。斎藤が立候補の意思を固める。

このタイミングで口を開いたのは大阪市長の松井だった。

「人材として有望だ。改革への熱い思いを持っている」


さらに、吉村も「兵庫の若いリーダーにふさわしい。全面的に応援したい」と、“斎藤に乗る”姿勢を鮮明にした。

実は、地元の「兵庫維新の会」は、現職の党所属国会議員ら複数の候補の中から独自候補を擁立しようと検討を進めていた。しかし、立候補を断られるなど調整は難航していたという。
松井の発言から1週間もたたないうちに“大阪主導”で斎藤への推薦方針を決めた。

慌てたのは“斎藤派”の自民党県議だ。
「動きが速すぎる」「このままでは“維新の候補”になってしまう」
もともと、維新が乗ってくることに期待感はあったが、こうなってくると話が逆だ。

斎藤は会見を開いた。
「長期政権からの禅譲、単なる継承では、新しい時代に挑戦できません。兵庫と大阪がしっかりと連携し関西のダブルエンジンとしてけん引していくことが重要だ」

ただ、維新の推薦について問われると、「会派を離脱した自民党県議11人とまず話をさせていただいく」と“配慮”を見せた。

自民推薦の行方は

自民党は県連としての意見集約に入ったが、意見は割れた。
4月7日には、県議と神戸市議で構成する選挙対策委員会で投票が行われ、13対5で金沢の推薦を申請するべきだという意見が上回った。

しかし、そのおよそ1時間後、東京・永田町の議員会館に県選出の国会議員が集まり、全会一致で斎藤の推薦申請を決定。
結局、県連会長の衆議院議員、谷公一は、執行部の判断として斎藤の推薦を党本部に申請。党本部もこれを受け入れた。

ある県選出の国会議員は、一連の経過をこう解説した。

「官邸や党本部と話をしても、維新と組むことにそこまで抵抗はなかった。むしろ、衆議院選挙を前に、自民党の推薦候補が負けるくらいなら相乗りでもかまわないというのが党本部の意向だった。総理と維新の関係が良好であることも大きい」

分裂選挙突入

自民党内部にはしこりが残る。党として推薦を決定したとは言え、“金沢派”の県議は、43人のうち32人を占める。“金沢派”は谷に抗議文を提出し、こう強調した。

「大阪から侵略してくる維新に対して、調整より戦いを選択するという地方議会の意志だ」
県議の1人は、SNSにこう投稿した。
「維新から兵庫を護る」

これに対する谷の回答も、維新を強く意識していた。

「維新の“色”は恐れず、自民党の“色”を強く出せば、支持層の厚みから、必ず自民色を濃くすることができる」

かくして分裂選挙の構図が確定した。

自民党の推薦を受けられなかった金沢を支援するため、4月20日、50以上の団体の代表らからなる後援会が設立された。
設立総会には井戸がメッセージを寄せ、金沢を支援すると明言した。


「次の知事は若さだけではなく行政経験を積み、即戦力、実行力があるリーダーでなければならない。金沢さんをもり立ててほしい」

“県民不在”批判も

保守分裂の動きそのものを批判したのが共産党だ。
共産党の推薦を受けて立候補することを表明した元県議会議員の金田峰生(55)は、記者会見でこう切り捨てた。

「知事選は勢力争い、政党間の戦いではない。県民の願いをどう実現するか、政策、政治路線の選択になると思います。今の状況は、ひとことで言うと『県民不在』と感じます。県政を県民の皆さんの手に取り戻す、この対決軸が争点だ」


金田の主張の柱は、暮らしと福祉を優先した県政への転換。保健所の体制縮小など、これまでの行政の問題点が、新型コロナの感染拡大で露呈したと訴える。
第4波の感染拡大のなか、SNSで日々の活動を発信、YouTubeの活用も始めた。また、テレビ会議形式での女性団体の集会に参加するなど、ネットを活用した活動にも力を入れている。

今後、憲法を生かした政治の実現や、福祉や医療の強化を訴えていきたいとしている。

また、立候補を表明している元兵庫県加西市長の中川暢三(65)も、SNSで、自民や維新の動きを「県民のためでなく政界の内輪もめでしかない」と厳しく批判。


会見では、「従来の行政の延長ではなく、新しい行政づくりをやっていく」と述べた。

最後の焦点は

初めてとなる自民党分裂選挙に対し、連立与党を組む公明党は、まだ態度を決めず、今のところ“様子見”の段階だ。
県政与党として、自公とともに井戸を支えてきた立憲民主党と国民民主党も結論は出ていない。

こうした中、関係者が動向を注目しているのが明石市長の泉房穂だ。

ひとり親家庭や、経済的に厳しい学生への支援を次々と打ち出し、県内での知名度は高い。
記者会見で「市長としての任期を全うする」と表明したが、周辺は「『出ない』とは言っていない」と分析してみせる。

ギリギリまで知事選挙の構図は見通せない。

第4波の感染拡大の中、兵庫県には現在、大阪府などとともに3度目の緊急事態宣言が出されている。

新型コロナウイルスをどう抑え込むのか。病床の確保は進むのか。

知事の存在はクローズアップされ、その一挙手一投足が住民の厳しい視線にさらされるようになっている。

7月1日告示、18日投票の兵庫県知事選挙まで2か月。

今後の展開も予断を許さない。

(文中敬称略)

 

神戸局記者
川島 進之介
2005年入局。沖縄局、山口局、ジャカルタ支局などを経て神戸局。現在、兵庫県政キャップ。
神戸局記者
初田 直樹
新聞社を経て2017年入局。盛岡局から神戸局。行政や選挙を幅広く取材。