バイデン新政権の
キーマンは誰か?

「トランプ」から「バイデン」へ。
何がどう変わるのだろうか。重要な手がかりの1つは“人事”だ。
バイデン新政権のキーマンはいったい誰なのか。
アメリカに精通する菅内閣の幹部、企業経営者、元駐米大使。それぞれが考えるキーマンをあげてもらい、日本が取るべき外交戦略を考えた。
(山本雄太郎 馬場勇人)

最注目は気候変動対応

まず取材を申し込んだのは、菅内閣の「経済・外交」担当の総理大臣補佐官を務める阿達雅志参議院議員(61)だ。

元商社マンでニューヨーク州の弁護士資格も持つ阿達氏は、前回のアメリカ大統領選挙の際、アメリカ国内のみずからの人脈をつたって情報を収集。民主党のヒラリー・クリントン氏優勢の見方が支配的だった中、トランプ大統領当選の可能性を早くから指摘していた数少ない人物だ。
トランプ大統領の勝利後、すぐに安倍総理大臣との電話会談がセットできたのは、阿達氏の功績によるところが大きいともいわれる。

「新政権のキーマンを3人あげてほしい」と聞いたところ、阿達氏が真っ先にあげたのは、この人だ。

「ジョン・ケリー氏。アメリカはまず内政が非常に重要になってくる。特にClimate Change=気候変動の話が非常に大きくなると思う。その担当であるケリー氏は非常に大きな地位を占めてくる」

バイデン大統領が優先課題のひとつにあげる気候変動。
この問題を担当する大統領特使を務めるのが、ジョン・ケリー氏だ。
オバマ政権で国務長官を務め、地球温暖化対策の国際的な枠組み「パリ協定」のとりまとめにも尽力した民主党の重鎮だ。
阿達氏は気候変動問題のみならず、外交でも多くの分野でケリー氏が影響力を持つことになると予想する。

「気候変動は、ほとんどすべてに絡んでくる。エネルギー・セキュリティーに直結する問題なので、経済安全保障の鍵にもなるし、外交においても非常に大きなキーになってくる。オバマ政権時代、ケリー氏は(国務長官候補の)アントニー・ブリンケン氏の上司だった。上下関係でいくと明らかにケリー氏が国務長官より上だ。いろいろな面で、ケリー氏が主導権を持つということが起こりえるのではないか」

将来の大統領候補か

阿達氏がケリー氏の次にあげたのが、副大統領のカマラ・ハリス氏だ。

父親はジャマイカ、母親がインド出身のハリス氏は、黒人としても女性としても、そしてアジア系としても初めてのアメリカの副大統領だ。
歴代最高齢の78歳というバイデン大統領に、任期中、不測の事態が生じれば、ハリス氏が大統領に昇格することになる。またバイデン大統領が4年後の再選を目指さないという判断をした場合、ハリス氏が後継の大統領候補に浮上するとの見方もある。
阿達氏が強調したのも、ハリス氏のこうした将来性だった。

「バイデン大統領の年齢的な問題も考えると、ハリス氏は最初の2年間はわりとおとなしくしていても、4年後を意識し出すのではないか。外交面でも、バイデン大統領が本当に世界中を飛び回るほどの外交ができるかとなると、副大統領の存在感が出てくる可能性がある」

経済復活の主人公

最後に阿達氏が言及したのは、経済政策のかじ取りを担う財務長官に指名されているジャネット・イエレン氏だ。

経済・金融分野の専門家で、オバマ政権時の2014年から4年間、女性として初めてFRB=連邦準備制度理事会の議長を務めた経験がある。
日本でいうと、日本銀行の総裁を務めた女性が財務大臣に就任するようなものだ。
財務長官に女性が就任するのもイエレン氏が初めてだ。

「新型コロナウイルスでアメリカも相当、財政的に債務が積み上がっている。いろいろな政策を遂行するうえで、財政をどう動かしていくかは、すべてにおいて重要になってくる。気候変動問題への対応も最終的にはお金の議論だ。アメリカ経済が世界経済に与える影響は極めて大きく、そういう意味でイエレン氏は大事になる」

阿達氏と同様、イエレン氏をキーマンの1人にあげたのがサントリーホールディングスの社長、新浪剛史氏(61)だ。

ローソンなど名だたる企業の経営にあたってきた実業家であり、経済財政諮問会議の民間議員や経済同友会の副代表幹事を務めている。
またアメリカに2度の留学経験があり、ハーバード大学でMBA・経営学修士を取得。2016年からはアメリカを代表するシンクタンク「外交問題評議会」のメンバーにもなっており、日米の政財界に精通している経営者だ。

新浪氏は古巣のFRBを熟知するイエレン氏は、アメリカ経済をコロナ危機から復活させる主人公になると指摘した。

「財務長官の仕事は基本は財政だが、アメリカではインフレの懸念が出て長期金利が反応している。だから、財政と金融の両方を束ねてやっていかなければならない。アメリカのFED(=連邦準備制度)は独立しているが、イエレン氏は十分理解し、どう動くかもよくわかっている。財政と金融を一緒になって考えていけるはずだ」

FEDとは、アメリカの中央銀行制度の総称で、その最高意思決定機関がFRB(連邦準備制度理事会)だ。FRBは、全米に12ある連邦準備銀行とともにアメリカの金融政策を決定する。

新浪氏はイエレン氏の経済政策にも、期待をのぞかせた。

「日本企業にとっての一番の問題は、円が急激に上がったり下がったりすることだ。円が一気に95円になっちゃったりすると非常に困るわけだ。どの企業も急激な変化には対応しづらい。ただイエレン氏は、インフレにならないような政策を提言していくと思う。増税もやっていくだろう。円高にしても円安にしても、急激になる状況ではないのではないか」

外交のツートップ

新浪氏がイエレン氏に先んじて重要性を指摘した人物が、国家安全保障問題を担当する大統領補佐官のジェイク・サリバン氏。
そして筆頭閣僚で外交トップの国務長官に指名されているアントニー・ブリンケン氏の2人だ。

いずれもオバマ政権で外交・安全保障の要職に就いていた、バイデン氏の長年の側近だ。

「この2人は重要だ。バイデン大統領からすると、まだコロナ禍でもあるということ、また78歳という年齢からすると、物理的に走り回るのはなかなか難しい。外交には手腕のある人を置き、みずからは国内問題に時間を割いてやっていきたいという意図とも読み取れる。最も重要なのは、やっぱりサリバン氏だろう。全体を見回して政策関係をやることになる」

「ブリンケン氏とはお会いしたことがあるが、フランス語が堪能でたいへん立派な外交官だ。考え方はすごくシャープで、あんまりバカなことは言えないな、しっかり考えた上で話をしなきゃいけないなと思った」

「特に重要なのは中国対応だ。ブリンケン氏は人権問題には相当こだわると思う。これは(祖父がロシアでのユダヤ人迫害から逃れてアメリカに移住したという)背景、自分の歴史もある。人権の大切さは身にしみてわかっている人だ。サリバン氏と一緒に中国対応は徹底的にやっていくだろう」

やっぱりバイデン本人?

一方、政権のキーマンはバイデン大統領自身だと言い切る人もいる。
元アメリカ大使の藤崎一郎氏(73)だ。

藤崎氏は外務省の北米局長などを経て、ブッシュ政権時の2008年にアメリカ大使に就任。翌年にオバマ政権への政権交代を経験し、2012年に退任するまで、共和党、民主党の両政権を大使として間近に見てきた。

オバマ政権で副大統領だったバイデン氏とは、直接会って話したこともある。

「見た目は白髪で長身の貴族みたいな感じに見えるが、中身は、まったく普通のおじさんだ。大秀才だったビル・クリントン氏やバラク・オバマ氏、大金持ちの息子のトランプ氏と違い、バイデン氏はたたき上げのまったく普通の人だ。ただ、36年間、上院議員をやっているので、政治家としてのバックグラウンドはものすごくある。自他共に認める外交通で、アメリカ政界でこれほど外交に強い人はいない」

藤崎氏は、外交の多くをブリンケン氏とサリバン氏にゆだねると予測した新浪氏とは少し異なる見方を示した。

「ブリンケン氏、サリバン氏、そして、大統領首席補佐官のロン・クレイン氏は、いずれもバイデン大統領の分身だ。ロシアや中国といざどうするか、というときに、相談されるのはこの3人だ。3人はバイデン氏の考えがよくわかっているから、独自の外交をしようとはしない。バイデン氏からすると、自分にちゃんと相談してくれるという信頼がある」

「結局、バイデン政権は、バイデンによるバイデンのための政権だ。イエレン氏、ケリー氏という2人の大物もキーになるとは思うが、政権の中心で全部を押し切っていくのは“バイデングループ”。バイデン氏に加え、ブリンケン氏、サリバン氏、クレイン氏。このグループがやっていくと思う。外交は、バイデン氏自身が一番大きな役割を果たすことになる」

この6人に注目!

“アメリカ通”の方々があげたキーマン3人を、それぞれが強調した順にまとめると、次のようになる。

集約すると、3人がキーマンとしてあげたのは、バイデン大統領も含めて6人に絞られる。
程度の差こそあれ、ブリンケン氏、サリバン氏の2人は、3氏がいずれも重要性を指摘した。また阿達、新浪の両氏は、ともにケリー氏とイエレン氏の果たす役割の大きさに触れている。
アメリカで大注目の6人として、顔と名前を覚えておいて損はないだろう。

最大の懸案は米中対立

こうした顔ぶれを押さえつつ、日本は、バイデン新政権とどのように渡り合っていけばいいのだろうか。
阿達、新浪、藤崎の3氏が、日米間の課題として共通してあげていたのが、世界中が案じる米中対立の行方だ。

例えば阿達氏は「日米関係は今、非常にうまくいっている」と前置きしたうえで、次のように述べた。

「深刻化する米中関係の今後の展開が、日米関係にとっても最大の懸念材料になる。米中関係がさらに厳しくなっていく場合も懸念があるし、米中が急に接近する場合の懸念もある。ちょっと変な話だが、米中関係のあり方が日米関係上の一番のテーマになる」

「アメリカも中国も新型コロナウイルスをある種のチャンスだと捉えている。アメリカは中国を押さえ込むチャンス、中国は世界の秩序を変えるチャンスだと見ている。そういう中で日本がどう絡んでいくか。日本はやはり、アメリカとの間で意思統一をしっかりしていかないといけない」

新浪氏も米中対立が日本経済に与える影響を極めて深刻に捉えていた。

「日本がこれから一番厳しくなるのは、中国との関係においてだ。アメリカの中国への対応が厳しくなった中で、日本の立ち位置は非常に難しくなっている。中国は日本の一番大きな貿易相手国であり、米中関係をどうマネージしていくかは大変重要だ。これは経済に影響する」

そして、菅政権にこう注文をつけた。

「菅政権には戦略的に曖昧でいってもらいたい。理念や防衛という意味でアメリカにつくということは明確でいい。でも、それがイコール中国と付き合わないということではまったくないということも明確にしてもらいたい。中国とのコミュニケーションも密にして、日本にとっての中国の重要性は常に伝えていってもらいたい」

日本が取るべき進路は

世界で起きていることは米中の対立だけではない。
保護主義の台頭やサイバー空間での戦いなど、これまでの国際秩序やパワーバランスが崩れ、ともすれば混乱を生み出しかねない要因が溢れている。

日本の外交戦略はいかにあるべきか。

阿達、藤崎の両氏は、国際社会が転換期を迎えている今こそ、国際協調を重視するバイデン政権と協力しながら、日本が新たな国際ルールづくりを主導していくべきだと強調した。

「トランプ政権でアメリカが『アメリカ・ファースト』を言い出したなかで、共通のルールって本当は何なんだと各国が模索し始めている。米中関係も含めて、新しい経済ルールがどうつくられていくのか。そこで日本の果たす役割も出てくる」(阿達氏)
「ルールづくりを一緒にできる仲間としてアメリカが帰ってきてくれた。菅政権にとってはラッキーかもしれない。アメリカのアジアにおける重要なパートナーは日本だ。アメリカは絶対に日本の方を向いてくる。これまで以上に向いてくる」(藤崎氏)

新浪氏は、アメリカ国内の格差拡大などを背景に、近い将来、アメリカが衰退していくおそれを指摘し、こう警告した。

「日本の覚悟として、アメリカの衰退が今後、5年、10年で起きるとなったときに、自分たちの強みをつくっていかなければいけない。例えば昔のオランダのように、貿易立国として唯一無二になれるかどうか。高齢化社会を乗り切る経済の仕組みをつくれるかどうか。お金のない人でもいい教育を受けられる国になれるかどうか。真剣に、早く手を打たないといけない。日本人はもう『アメリカなら大丈夫』というメンタリティはやめた方がいい。アメリカ頼りの国であってはいけない」

ポストコロナの国際秩序を日本が先導できるのか。
このチャレンジは決して容易ではないが、世界の中で、日本が存在感を示していくためにも、避けられない道とも言える。
日本がさらなる成長を遂げるためのチャンスでもあると捉えたい。

政治部記者
山本 雄太郎
2007年入局。山口局から政治部。自民党担当などを経て、おととしから外務省担当。茂木外務大臣の番記者。
政治部記者
馬場 勇人
2015年入局。高松局から政治部。総理番のあと去年9月から外務省担当。主にアジアと領事関係を取材。