員の海外視察
倍増していた!

往復にはビジネスクラス。ドイツに到着早々、ビールで乾杯。翌日は観光名所をめぐり、昼食は歴史あるビアホールでソーセージとビールを堪能。
これは観光旅行ではない。地方議会の議員の、海外視察の様子だ。
昨年度、税金を使って海外視察をした都道府県議会は、最も少なかった平成23年から2倍以上に増えていることをご存じだろうか。意義のある視察が、行われているのだろうか。
(高松局 馬場勇人)

「ビールも含め視察だ」

発端は、冬の気配を感じ始めたおととしの11月。市民団体が開いたある会見だった。
タイトルは「香川県議会海外視察旅費返還請求訴訟について」
県警担当を拝命して早3年。政務活動費の返還を求める住民訴訟なども間近で見てきた。
「今度は視察か」
そう思いながら眺めていると、ある金額に目がとまった。
「返還請求額 4361万5922円」
おととし6月までの1年足らずに行われた4件の海外視察にあてられた税金だという。1件の視察に1000万円以上かかっていることになる。一体どんな視察をしているんだろうと思った。

おととし6月に行われた「ドイツ・スイス・イタリア」9日間の視察を見てみよう。
この1か月前には、県議会で「欧州における観光振興及び環境政策等の現状や取り組み状況を視察するとともに、パルマ市との交流促進を図る」という視察の目的が示されていた。マッターホルンのふもとにある町で観光をいかした地域づくりについて講演を聞き、香川県と交流協定を結んでいる美食の都イタリア・パルマ市を訪れるといった話だった。

図の左側は議員が帰国後に提出した「視察報告書」に書かれている9日間の日程。連日、視察や官公庁への訪問が続いている。一方、図の右側は現地の旅行会社が現地のガイドやドライバー用に作った日程表だ。

報告書で「ミュンヘン視察」をしたとしている2日目の午前中。

旅行会社の日程表には「Half day sightseeing tour(半日の観光ツアー)」と記載されていた。

この日の午後には地熱発電所の視察が入っていたが、その前の昼に、400年以上歴史のあるビアホールで飲酒していたことを、帰国後の委員会で議員が認めている。

4日目に行われていたのは、アルプス山脈のふもとにあるユングフラウ地方の視察だ。午前8時すぎから2時間、登山鉄道を乗り継いでヨーロッパ最高点にある駅へ。標高3571メートルにある展望台で写真撮影したあと、登山鉄道で3時間ほどかけてふもとに戻る日程だった。

報告書には「観光鉄道、鉄道ネットワークがもたらす効果などを調査した」とある。
誰にどこで説明を受けたのか、具体的には記されていないが、「鉄道開通により氷河観光や登山が簡単に楽しめるようになり、この地域が山岳観光の聖地として発展してきたとの説明を受けた」とある。

報告書でマッターホルンのふもとにある町を終日視察すると書かれていた5日目には、旅行会社の日程表では「full day hiking guide(全日ハイキングガイド)」と書かれていて、この日はハイキングガイドがアテンドしていたことが分かる。

現職県議の1人はこう反論する。
「メニューは旅行会社が決めているものだから、我々を批判されても困る。飲酒したことについても、ヨーロッパでは昼間からビールを飲むのが文化だから、それも含めて視察だと考えている」

報告書の内容に疑問

ビールに観光地、それでもその後の議会での活動に役立っていれば、意義はある。確認したところ、参加した議員のうち4⼈が、議会で視察を引き合いに出して発言していた。中には「ヨーロッパ最古の木造橋が焼失後すぐに復元されたために多くの観光客が訪れている」として戦時中に焼失した高松城の復元を提言する議員もいた。

では、視察報告書の内容はどうなっていたのか。

34ページにわたる報告書を入手して調べてみると、11か所の文章や写真が、インターネット上の百科辞典、「ウィキペディア」などから転用されていたことがわかった。

報告書の内容には、疑問のある内容もあった。
視察したドイツの地熱発電所に関して「香川県の再生可能エネルギーの導入促進など、環境政策の参考になった」と書かれているのだ。しかし、環境省が平成26年までの2年間に行った調査によると、香川県で地熱発電の導入や事業化は、現状でははぼ不可能だとされている。

ほかにも平成28年8月に5泊7日の日程で行われた議員6人による南カリフォルニアやニューヨークへの訪問は、懇談会の案内文などを除く実質的な報告書はA4で7ページ。式典や視察の概要が書かれていたのは合わせて37行しかなく、現地で聞いた話を引用している部分などは一切なかった。「ニューヨーク市内視察」と書かれたページには、「ニューヨーク市内の集客力の高い交流拠点であるNYヤンキーススタジアムや バッテリーパーク、グランドセントラル駅などの施設整備状況等を視察した」と記載されていただけだった。

なぜこんな報告書が

こうした報告書のケースは香川県議会だけではない。
和歌山県議会が平成28年度以降に行った10件の視察のうち、3件の報告書がA4で1ページだけだった。

なぜ、こんな視察報告書が許されるのか。
香川県議会や和歌山県議会は視察後に報告書を提出することになっているものの、これまで一般に公開されてこなかった。(香川県は現在ホームページで公開)

海外視察の経験がある元香川県議も、有権者の目に触れにくいことから、報告書に何が書かれているか、気にも留めていなかったという。
「今まで海外視察は2回行っているが、一度も報告書は書いたことはないね。誰が書いているのかもわからない。議会事務局の職員が書いてたのかもしれない」

事務局職員が「代筆」

報告書の提出や公開に関しては地域によってルールがまちまちで、47都道府県議会のうち4つの県議会では視察の報告書をホームページなどで公開していない。

また、新潟県議会や大阪府議会など10の府県議会では視察後、報告書を議会に提出しているものの、議会事務局の職員が代筆や一部の加筆、修正をしていた。

鹿児島県議会に至っては平成25年度以降、6回の海外視察を行っているが、報告書を作ったことが1度もないという。鹿児島県議会の事務局は「報告書を作ることが目的ではない」と釈明する。

いま、増えている海外視察

これまでも繰り返し必要性が議論されてきた地方議員の海外視察。
実は今、一時凍結していた海外視察を再開している議会も少なくない。
かつて「事実上の観光旅行」と批判されたことや、自治体の財政悪化などを理由に海外視察を休止する議会が相次ぎ、平成23年度には11議会まで減少したが、昨年度(29年度)税金を使って海外視察をした議会は29議会に増えた。

長野県議会も県民からの批判を受けて、13年間にわたって海外視察を凍結していたが、県内の企業が中国や東南アジアなどに進出していることを受けて「議員も県内企業の海外での活動状況を調べる必要があるのではないか」との声があがり、4年前から再開したという。

意義のある視察とは

このような動きについて、地方議会に詳しい山梨学院大学の江藤俊昭教授に話を聞いた。

「海外視察には3つのポイントが大切だ。1つ目は政策課題を出発前に明確にすること、2つ目は帰国してから当該の自治体にどう活かすのか、3つ目はいつの議会で質問するとか、具体的なアクションを決めること。少なくともこれらを実施すべきだ」

ことし4月に行われる統一地方選では全国41の道府県議会の議員選挙が行われる。
あなたの地元の議員が行った視察が、本当に暮らしの向上や地域の発展に役立っているか、投票前にいま一度、目を凝らしてみてもいいかもしれない。

高松局記者
馬場 勇人
週刊誌記者を経て、平成27年入局。高松局で一貫して警察・司法担当。現在は県警キャップ2年目。趣味は海外旅行。