どうなる日本の
ミサイル防衛

東京・新宿区の防衛省のグラウンドに展開している、迎撃ミサイル「PAC3」。
北朝鮮による弾道ミサイルの発射が相次ぐなか、日本国内に落下物があった場合に備えています。北朝鮮の弾道ミサイルの能力は発射のたびに向上していると見られていて、政府・与党内では迎撃態勢を強化すべきだという声が上がっています。
日本の迎撃ミサイルシステムはどうなっているのか、そして、どのような課題があるのか。防衛省での最新の研究状況なども含めて、政治部の中村大祐記者が解説します。

高まる北朝鮮の脅威

「北朝鮮の核・ミサイル開発は、『新たな段階の脅威』だ」
安倍総理大臣が、去年の9月ごろから、国際会議の場や国会などで繰り返し使っていることばです。北朝鮮による核実験や弾道ミサイルの発射は、去年から急激に増加しており、ことし6月までの1年半で、核実験は2回、発射した弾道ミサイルは30発以上に上っています。

日本の領域に落下したことはないものの、日本の排他的経済水域やその周辺への落下も相次いでいます。ことし3月には、4発が南北に80キロ程度のほぼ等間隔で日本海に落下し、そのうちの1発はこれまでで最も日本の領土の近い、能登半島の北北西およそ200キロの海域に落下したと推定されています。

発射方法も移動式発射台や潜水艦など多様化させていて、ことし5月には、初めて2000キロを超える高度までミサイルを到達させました。

今の迎撃態勢は

日本の迎撃態勢はどうなっているのでしょうか。
日本は現在、日本海に展開するイージス艦に搭載された迎撃ミサイル「SM3」と、東京・新宿区の防衛省などに配備されている迎撃ミサイル「PAC3」を組み合わせた2段階の態勢をとっています。

大気圏の外を飛しょうしている段階で、日本海のイージス艦が狙い、撃ち落とせなければ、全国に配備された34基のPAC3で破壊する計画です。

では、万が一、北朝鮮の発射したミサイルが日本国内に落下してきた場合、本当に撃ち落とすことはできるのでしょうか。この疑問に防衛省の担当者は「具体的な態勢を明らかにすることはできないが、ミサイル防衛は着実に整備が進められており、万全に対応できるので大丈夫だ」としています。

ただ一方で、防衛政策に詳しい国会議員は「イージス艦は、北海道から沖縄までをカバーするために必要な数が展開されておらず、PAC3の展開も一部の地域だけにとどまっている。『2層防衛』となっているのは日本のごく一部で、十分とはいえない」と指摘します。

新システム導入を検討

北朝鮮のミサイル発射能力の向上が進んでいるとみられるなか、防衛省では、迎撃態勢の強化が必要だとして、アメリカの新型迎撃ミサイルシステムを導入できないか検討が進められています。

検討されているのが、イージス艦と同様の能力があり、地上に配備する「イージス・アショア」と呼ばれるシステムと、PAC3よりも高い位置での迎撃が可能で、韓国で配備が進められている「THAAD」です。

イージス・アショアの迎撃ミサイルはSM3で、イージス艦と同じですが、導入によって常時地上から大気圏外で撃ち落とすことができるようになります。

一方のTHAADは、同時に飛んでくる複数の弾道ミサイルへの対処能力が高いとされ、「2層防衛」から「3層防衛」となることから、防衛省は、これらのシステムが導入されれば、迎撃態勢が強化されるとしています。

革新的技術の研究も

さらに防衛省では、革新的な技術の研究も進められています。そのうちの1つが「高出力レーザー」です。
大きな電力を使って、数百キロワットから数メガワットという高出力のレーザーを発生させ、対象物に当てて破壊する仕組みで、弾切れの心配もなくなるうえ、光の速さで照射されるため、複数のミサイルが発射された場合も対応できるとされています。

さらに、ことしから研究が始まったのが「レールガン」です。レールガンとは鉄や銅など電気を通す金属製のレールに弾丸をはさみ、火薬の爆発ではなく電気エネルギーを活用して弾丸を発射するもので、実現すれば迎撃ミサイルよりも格段に速く、音速の7倍程度の速さで撃ち出すことができます。

高出力レーザーやレールガンは、アメリカを含め複数の国が技術を獲得しようと研究・開発を続けていますが、日本で弾道ミサイル防衛に活用されるまでには、まだまだ時間が必要で、20年以上はかかると見られています。

課題も

ただ、新型の迎撃ミサイルシステムの導入にも課題があります。

1つは、費用の問題です。日本全域を防護するためには「イージス・アショア」の場合は2基程度必要とされ、1基当たりの価格は800億円程度と見込まれています。

さらに、SM3を改良した新型の迎撃ミサイルは、1発あたりが40億円程度に上るという指摘もあります。THAADも1基当たりの価格は800億円程度、迎撃ミサイル1発の価格が10億円余りとみられていますが、日本全域を守るには6基程度が必要とされています。

どちらの迎撃システムを導入するにせよ、多額の費用がかかるのは間違いありません。さらに、実際の運用までにかかる時間も課題です。どちらの迎撃システムも、配備する場所の選定や自治体との調整に一定の期間がかかるとみられ、その間に、北朝鮮の核・ミサイル開発がどこまで進展するかも見極める必要があります。

防衛省関係者は「新型の迎撃ミサイルシステムを運用できるようになるには、5年くらいかかるだろう。だが、運用が開始されたときに北朝鮮のミサイルの能力が、迎撃能力を上回っていればシステムを導入する意味がない」と指摘します。さらに導入にあたっては、韓国で配備が進められているTHAADをめぐって、中国が反発していることも踏まえ、近隣諸国との関係も考慮する必要があります。

「敵基地反撃能力」提言も

こうした中、自民党内には、飛んできたミサイルをミサイルで撃ち落とそうとする今の迎撃態勢を、抜本的に変えるべきだという声が上がっています。

その柱の1つになるのが、日本に対する攻撃を防ぐため、他に手段がない場合のやむをえない必要最小限度の措置として、自衛隊が敵の基地を攻撃する能力、「敵基地反撃能力」の保有です。

ことし3月に、自民党が安倍総理大臣に提出した提言に盛り込まれました。「敵基地反撃能力」、いわゆる敵基地攻撃能力について、政府は「他に手段がないと認められるものに限り、敵の基地を攻撃することは憲法が認める自衛の範囲内だ」としています。

こうした政府の立場を踏まえ、自民党は、保有するための検討を直ちに始めるよう求めたのです。

提言の取りまとめにあたった防衛大臣経験者は「日本を攻撃する明々白々な事実があって、それに対して反撃するという意味で、いちばん撃ち落とせる確実な場所が発射する前のミサイル基地だ。こういう能力を持てば抑止力にもなる」と説明しています。

ただ、敵基地攻撃能力に対しては、民進党や共産党などの野党から、「ミサイル発射に移動式発射台や潜水艦が使われ、兆候がつかみにくくなっている中、敵基地を攻撃する能力を持つのは現実的ではない」といった指摘や、「そもそも、専守防衛の考えを逸脱するものだ」といった批判の声もあがっています。また敵基地攻撃能力について、安倍総理大臣は先の通常国会で、保有する計画はないとしています。

今後の防衛政策は

             3月2日 参議院予算委員会
一方で、安倍総理大臣は同じ答弁で、「わが国を取り巻く安全保障環境がいっそう厳しくなる中、あるべき防衛力の姿について不断の検討を行っていくことは政府として当然の責任だ」と述べました。

政府は、5年間の防衛費の総額などを定めた中期防=中期防衛力整備計画に基づいて防衛力の整備を進めていて、2019年度からの次の中期防は来年末にも決定される見通しで、今後、議論が本格化していきます。

このなかでは、ミサイル防衛政策も大きなテーマの1つになることが予想されます。北朝鮮の核・ミサイル開発の脅威が高まる中、平和的な解決に向けた外交努力を続ける一方、国民の安全を守る最善の策をどう整えていくのかという議論は必要です。

ただ、課題で指摘したように、新たな迎撃ミサイルシステムの導入には多額の費用が伴います。社会保障費が増大し、財源が限られるなか、導入には国民の理解を得ることが不可欠となります。

政治部記者(執筆当時)
中村 大祐
平成18年入局。奈良局、福岡局を経て政治部で防衛省などを担当。2017年8月からスポーツニュース部で、東京2020組織委員会やスポーツ庁などを取材。趣味はラグビー観戦。