政倫審 なぜ岸田出席? その余波は

議員みずからが申し出て弁明を行う場、政治倫理審査会。
2月29日、岸田文雄が現職の総理大臣として初めて出席した。
なぜ岸田は出席したのか。
その舞台裏と余波を追った。
(矢島有紗)

(3月7日 R1「マイあさ!」で放送)
【聴き逃し配信はこちら】14日(木)午前8:28配信終了

岸田、動く

「マスコミにフルオープンで政倫審に出席する」

政倫審の開催をめぐって、与野党の調整が膠着状態に陥っていた2月28日、事態は急展開した。

自民党 浜田国会対策委員長

朝、自民党・国会対策委員長の浜田靖一の電話が鳴った。
岸田からだった。

岸田は、みずからマスコミにフルオープンで政倫審に出席する意向を伝えたのだ。
浜田は驚愕したという。現職の総理大臣が政倫審に出席するのは初めてだ。

午前11時前には岸田自身が記者団に表明した。

岸田首相

「総理が公開と言っているのだから、自分も公開するしかない」(政倫審出席議員の1人)

岸田の一手で流れが決まった。

29日と翌3月1日に政倫審が報道にもフルオープンで開かれることになったのだ。

いったい何が起きたのか

岸田の出席は、自民党の国対幹部も「まったく想定していなかった」と語る。
ある国対の幹部は、経緯をこう振り返った。

「国対的には28日朝の時点で『議員傍聴のみ』で押し通すしかないと腹合わせしていた。現場では『交渉で切れるカードがない』とため息をついていたが、総理が一発で解決してくれた」(自民党国対の幹部)

背景には何があるのか。政権幹部の1人はこう解説する。

「総理は当初から全面公開が必要だと考えていたが、出席する議員の意向を尊重したいという思いもあり、ギリギリまで推移を見極めていた」(政権幹部)

そして「なかなか決断しない安倍派の幹部らに総理が不満をにじませる場面もあった」と明かした。

当時は、与野党問わず、「総理が指導力を発揮し公開を指示すべきだ」という声が強まっていた。

岸田としては、これ以上待ちの姿勢を続けるのは得策ではないと判断し、みずから開催に道筋を付ける狙いがあったようだ。

政倫審への号砲

膠着状態が続いていた政倫審。

振り返ると、動き始めたのは、2月4日のNHK「日曜討論」での発言からだった。

2月4日の日曜討論

浜田が、自民党の派閥の政治資金パーティーをめぐる問題について問われ、こう述べた。

日曜討論に出席した浜田氏

「野党からは国会の政治倫理審査会で議論していくと提案されており、われわれとしては政倫審を使って真摯に説明責任を果たしていければと考えており、進めていきたい」

野党は、通常国会序盤から、政治資金問題を厳しく追及し、攻勢を強めていた。

自民党の国会対策委員会に所属する議員の中からは「野党の顔を立てながら進めないと新年度予算案の審議が滞ってしまう」という懸念が出ていた。

党内からは「政倫審開催はやむをえない」という意見の一方、一部には「野党に譲歩しすぎだ」という声もあったが、幹部が公の場で行った発言は重い。

浜田の発言が政倫審開催に向けた事実上の“号砲”となった。

外堀埋まる

その後、安倍派の幹部らにとっては、じわりじわりと外堀が埋まっていったと言える。

松野博一 前官房長官

安倍派で事務総長を務め、去年、問題が発覚した当時、官房長官だった松野博一は、記者団に次のように述べた。

「正式な依頼が来ていないが、依頼があれば、理由や対象なども踏まえて総合的に判断したい」

開催の方向となった以上、派閥の幹部を務めた有力議員らは“出席は不可避”と思い始めた節がある。

自民党・森山総務会長

総務会長を務める森山裕らが調整にあたり5人の出席者が固まった。

安倍派からは松野前官房長官、西村康稔・前経済産業大臣、高木毅・前国会対策委員長、塩谷立・元文部科学大臣。二階派からは武田良太・元総務大臣。

安倍派からは松野のほか、西村康稔・前経済産業大臣、高木毅・前国会対策委員長、塩谷立・元文部科学大臣。
二階派からは武田良太・元総務大臣。
いずれも閣僚などを歴任し、派閥では事務総長を経験している。

2月21日、自民党は5人が政倫審に出席する意向だと野党側に伝えた。

そして、次の日、与野党は28日と29日の2日間、政倫審を開催する方向で調整を進めることを確認した。

公開のあり方で“迷走”

しかし、その後の調整は困難を極めた。

国会外観

野党側がテレビ中継も含めた全面公開を求めたのに対し、自民党は原則通り非公開での開催を主張した。

野党側は「国民に対する説明の場だ」として猛反発。
自民党は議員のみ傍聴を認める案を提示したが、合意には至らなかった。

さらに、5人のうち西村と武田の2人の審査を先行して行い、冒頭のみカメラでの撮影を認めることなどを水面下で提案した。
しかし、この提案を直後に取り下げるなど、自民党が“迷走”した感は否めない。

結局、当初予定していた28日からの開催は見送られることになった。

政倫審の野党側の筆頭幹事、立憲民主党の寺田学は自民党の対応を批判した。

立憲民主党 寺田学衆院議員

「党のガバナンスがほぼ機能していない状態だ。このような自民党は見たことがない」

また、立憲民主党のある幹部も、こう切って捨てた。

「折り合わなかったのではない。こちらは開催に向けて合意する用意はあった。自民党が自滅しただけだ」(立憲民主党の幹部)

“不協和音”強まったか

こうした事態を打開したのが岸田の一手だったのは間違いない。

岸田首相

浜田の発言から3週間以上にわたって調整が難航した政倫審の開催が、岸田の出席表明によって、わずか1日で決着。
岸田と安倍派、二階派の幹部が出席し、政倫審は開かれた。

ある政府関係者は次のように話す。

「総理が指導力を発揮し、控えていた新年度予算案の衆議院通過にも道筋をつけた」(政府関係者)

しかし、その一方で、党内の余波は大きかった。

調整がなかなかつかず、岸田自身が動いたことを、ある国対幹部は忸怩たる思いで周辺にこう語った。

「総理をひっぱり出すことになってしまった。国対としては決して良いとは言えない結果だ」(自民党国対の幹部)

出席のあり方をめぐる調整が、本人たちと緊密に意思疎通しながら行われたのか、疑問を口にする議員も少なくない。

実際、政倫審の場で、武田は次のように述べている。

武田良太 元総務大臣

「公開であろうとなかろうと、細かい条件を付けたことは一切ない」

また、塩谷からは、恨み節とも取れる言葉が聞かれた。

塩谷立 元文部科学大臣

「前提として非公開だから、それで手を挙げたのに、どんどん条件が変わってくるようでは、本当にどうなってるのかなという思いだ」

また、国対が苦境に陥る中、党幹部が前面に出て党内の調整にあたらなかったという批判の声も上がっている。

「茂木幹事長が動いた形跡がない」(重鎮議員)

さらに、岸田自身への不満も聞こえてくる。

「自分が5人を説得しないのなら幹事長らに指示してやらせるべきだった」(党幹部)

「突然、派閥解消を表明した時と同じで、パフォーマンスにすぎない」(閣僚経験者)

派閥の政治資金問題で、ぎすぎすしている自民党。

自民党外観

政倫審開催までの一連の顛末で、党内の“不協和音”が強まったように見えるという指摘も少なくない。

説明責任は

2日間にわたる政倫審はどう見られたのか。

自民党内の一部には、全面公開したことで、「一定の説明責任は果たしたと言える」という受け止めがある。

一方で「記者会見などで聞いた話ばかりだった」という指摘も出ている。

公明党代表の山口那津男も、5人の説明について手厳しい。

公明党 山口代表

「関心に沿うような説明がなされたかというと必ずしもそうではない点があった」

野党側は、「実態解明にはつながらなかった」と批判を強め、関係議員の参考人招致や証人喚問を求めるなど、さらに追及する構えだ。

政治とカネの問題が今後も尾を引くのは間違いないだろう。
引き続き説明責任や実態解明に向けた取り組みとともに、政治資金規正法の改正など抜本的な再発防止策が求められることになる。

(※文中敬称略)

(3月6日 ニュースウオッチ9、3月7日 R1「マイあさ!」で放送)

政治部記者
矢島 有紗
2009年入局。初任地は大津局。政治部では官邸や野党の取材を経て現在、自民党国会対策委員会を担当。