銃を捨てて投票に
南スーダンの人たちが驚いたのは

初の総選挙に向けて研修する南スーダンの人たち

アフリカ東部に位置する、世界で最も若い国であり、最も貧しい国の1つ「南スーダン」。
2011年の独立後、国内紛争による政情不安が続きましたが、現在は、暫定政府のもとで統治が行われ、2024年12月、初の総選挙が予定されています。国の民主化に向け、公平で公正な選挙が求められるなか、選挙管理委員会の職員らが日本の選挙を学びに訪れました。
日本で当たり前のように行われている選挙に、国の未来を託す南スーダンの人々を取材しました。
(山田友明)

南スーダンはどんな国?

南スーダンは、アフリカ東部に位置し、2011年にスーダンから独立した、世界で最も若い国です。

南スーダンの位置を示す地図

独立後、石油の利権や政府の主導権をめぐって対立があり、2013年からは武力衝突が広がりました。
そのあと、和平合意による暫定政府が発足して民主化への取り組みが進められていますが、治安は安定せず、今もおよそ430万人が国内外に避難するなど、国内の情勢が不安定な状態が続いています。

南スーダン国内の避難民キャンプ
南スーダン国内の避難民キャンプ

現在は、軍事勢力による暫定政府から民主政権へと移行する取り組みが進められ、2024年12月に大統領などを決める初めての総選挙が予定されています。
日本は、ODA=政府開発援助などを通じて、南スーダンでの平和の定着や経済の安定化に向けた支援・協力を続けていて、両国は友好関係にあります。

いろんなものが「ない!」

国として、10年以上選挙が実施されていない中で、公平・公正な選挙をどのように行えばいいのか。
民主的な選挙を学ぼうと、2023年11月末、およそ11,000キロ離れた南スーダンから、選挙管理委員会の職員など14人の研修員がJICA=国際協力機構の招きで日本を訪れました。
最初のミーティングで、研修員たちが語った課題は想像を超える言葉の数々でした。

南スーダンの研修員
南スーダンの実情を報告

投票に必要なものを運ぶための、道がない。車両もない。

頻繁に停電するほど、電気がない。パソコンも足りない。

とにかく、ないものだらけなのです。
総選挙の実施に向けて、1年を切りますが、インフラ環境が整わないなかで、どのように選挙を行えるのか、前途多難を極める状況です。
詳しく話を聞くと、そもそも南スーダンでは、遊牧民も多く、正確な人口もわかっていません。
国民のおよそ3分の1が避難生活を送ることから、どのように有権者を割り出し、有権者の登録を行うか、ということも大きな課題だといいます。
もはや諸外国の助け無しでは、選挙を行えない、厳しい実情が語られました。

銃から投票による政府へ

今回の研修員の中で、最高齢・79歳の男性がいました。ジョンゴレ州選管のミシェック・アジャン・アラン委員長です。

ミシェックさん

平均寿命が56歳といわれる南スーダンで、イギリスとエジプトによる植民地時代に生まれ、激動の内戦を生き抜いてきました。
祖国をより豊かな国に発展させたいと考えて教師になり、学校の校長も務めました。
しかし、半世紀以上が経った今も、国内で部族間などの武力衝突は続き、国は貧しく、識字率の低さが課題となったままです。
今回日本を訪れたのは、南スーダンに民主主義の基礎を築くことで、国内の争いを少しでも減らし、国を豊かに、そして貧困をなくし、祖国に学校を増やしたいと考えています。

南スーダンの子どもたち
南スーダンの子どもたち

「我々の育った時代は、教育を受ける機会が本当に少なく、村で唯一私だけが学校に行くことが出来て、世界で起きていることを知りました。そして今も、南スーダンでは貧困と識字率の低さが続いています。スーダンによる統治時代には、銃を持つことでしか、自由になる手段はありませんでした。様々なモノやお金がない状況で、本当にたくさんの問題を抱えています。今の政権が銃でとったものなので、投票による権力に変えたいのです。選挙で全てが解決するわけではないが、大きな一歩になると思います」

このあと、研修員たちは日本の選挙制度の歴史や選挙運動のルール、政治資金に関する規制など、日本の選挙制度についての講義を受け、理解を深めていきました。

高校生の模擬投票を見学

研修中盤の12月7日、研修員たちは群馬県前橋市の高校を訪れました。
実は、この高校では、4年前から「模擬市長選挙」を実施しています。
地元の活性化をテーマに、生徒たち自らが様々な政策を考え、実際の選挙さながらに政策を演説で伝えます。

生徒たちの発表

南スーダンでは、独立してから10年以上選挙が行われておらず、国民にどのように選挙のルールや投票の方法を伝えるかが大きな課題です。
これから初めて選挙に参加する高校生たちがどのように選挙の意義や投票の方法を学ぶのか、日本の有権者教育の一例を見学しました。

高校生たちは、「商店街の活気を取り戻すため、音楽を活用してにぎわいをつくる」とか、「観光客を呼び込むため、らんたんを使った祭りを盛り上げる」など、ユニークな政策を次々と訴えます。

その様子を研修員たちは真剣に見ていました。
特に熱心に聞いていたのが、研修員の1人、アイェテ・スーザン・ミシェル・アロリオさんです。
暫定政府の選挙管理委員会で情報・広報を担当しています。
避難生活の中で学校に行くことが出来ない子どもたちも少なくないなか、こうした有権者教育の取り組みを初めて見ました。

真剣に高校生の話を聞くスーザンさん

「私のこれまでの経験の中で、もっとも内容が盛りだくさんで、非常にすばらしいものでした。こうした取り組みが国を発展させるのだと思います」

最新の開票システムも見た

翌日、都内のある企業を訪れました。
投票用紙を交付する機械や、投票された用紙を自動で仕分ける読み取り分類機などの開発を手がける企業です。
12月に予定される総選挙では、大統領や国会議員、州知事や州の議員など、多くの選挙が実施される可能性があることから、効率的で正確な投開票を行える仕組みづくりが急務です。
日本では手作業による開披作業も多く行われていますが、識字率が低く、選挙の経験がほぼない南スーダンでは、選挙結果の信頼性を高めるためにも、投開票に機械を活用することが模索されています。
研修員たちは、実際の選挙に使われる投票券を手渡して、機械から投票用紙を受け取ると、ひとりひとりが投票を体験しました。

自動交付機から投票用紙を受け取る南スーダンの研修員

そして、最新の票読み取り機によって、瞬く間に票が仕分けられると、その速さと正確性に驚いていました。
こうしたシステムの活用ができれば、課題を解決できる可能性があると研修員たちは考えていました。

祖国に初めての選挙を

このほか、国会や茨城県内の市議会議員選挙など、各地で選挙や政治制度について学んだ研修員たち。研修最終日には、それぞれが何を学び、何を国に持ち帰って生かしたいか、発表しました。

研修を総括するスーザンさん
スーザンさん

(スーザンさん)
「公平に選挙について伝えることで、政府が信用され、腐敗も起きなくなる。SNSなどを活用して、投票制度などの情報を、大人にも子どもにも発信したい。南スーダンをよくするために、正確な情報を発信したい」

(州選管委員長・コットさん)
「賄賂は禁止され、教育は充実し、正確な開票が行われるなど、日本の選挙制度をもとに、南スーダンでも有権者教育が必要だと感じた。特に私の国にはたくさんの若者と女性がいるので、政治に彼らが参加することが望まれる」

研修で発言するミシェックさん
ミシェックさん

(ミシェックさん)
「本当に素晴らしい適正な選挙制度があるからこそ、素晴らしい発展が導かれていることを理解しました。南スーダンで最も優先して選挙に取り組むことで国の発展につながると思います。国際社会の協力のもと、プロフェッショナルな選管組織を作り、計画を立てて総選挙を実行したい」

2週間の研修を終え、この翌日、14人の研修員たちは帰国の途につきました。
取材を終えた正直な実感として、国内の政情や経済などが不安定ななか、実際に選挙を行うのは、本当に難しいことだと思います。
日本では当たり前に行われている選挙ですが、公平で公正な選挙が行われ、その結果が広く信頼されることは、決して当たり前ではないのだと、改めて感じました。
私自身、1票の重みを再度考えたいと思いましたし、今後、南スーダンでの民主化のプロセスが正常に進むのか、注視していきたいと思います。

研修を終えた南スーダンの研修員

(2023年12月8日 首都圏ネットワークで放送)

選挙プロジェクト山田友明記者
選挙プロジェクト記者
山田 友明
2015年入局。長野局、横浜局を経て2023年から選挙プロジェクト。2児の子育てに奮闘中。